決戦
ユートの残りの魔力はケンちゃんの魔力を上回っていたのだが、ゼントとユートの戦いは拮抗していた。
「くそ、なんでアンブロークン・サークルが避けられるんだ!?」
ユートは何度かサウザンド・スピアでゼントの動きを封じてアンブロークン・サークルでとどめを差そうとしたのだが、ゼントは必ずアンブロークン・サークルの軸線上から外れた位置に移動しシールドを張っていうるのだ。
(よし、何となく使い方が分かってきたぞ。)
ゼントはサリーとリンクした時に得た未来予知のスキルの使い方が少しづつ分かってきていた。このスキルは意識すればするほど予知できなくなり、頭を空っぽにしていると自ずと敵の動きが見えるのだ。最もこの戦闘状態で頭を空っぽにするのはかなりチャレンジなことであるのだが・・・。
「しまった!」
うっかり雑念が入り、ユートのホーリーランスを避けきれず多重シールドを展開した。
「ふぅー!」ゼントは胸をなでおろした。
(主、ケンサンノ魔力ガ残リ少ナクナッテイマス。全テ使ッテシウマウトケンサンノ生命活動ニ影響シマス。)
(あとどのくらい使えるんだ?)
(次元喰ナラ5回、多重シールドダト2回ガ限界デス。)
(分かった!限界まで来たら魔力のシェアをカットしてくれ!)
(主殿、私の魔力は全て使っていただいて構いません。)
(そんな事をしたらケンちゃんが死んじゃうだろう!)
(主殿には助けていただいたお恩がありますし、私はもう2000年近く生きているので-)
(だめ!絶対だめ!)
ゼントがケンちゃんの話を遮った時ユートの強烈な一撃が来た。
「おらおら、反撃が弱くなっているぞ!そんな事で俺を倒す気か!?」
ゼントが念話で話をしている間にも、絶え間なくユートの攻撃が続いていたのだ。
「お前を倒そうとしてるんじゃない!お前を説得しようとしてるんだ!」
ゼントはユートの剣を跳ね返すと横薙ぎに切りかかるがユートはそれをバックステップで回避するとごく近距離でホーリーランスを放った。
「なっ!」
ゼントは辛うじて多重シールドでホーリーランスを防いだ。
「ユートこんなことをしたらお前も・・・。」
近距離でのホーリーランスの発射は、撃った方も被害を被るはずである、特に今回の様に多重シールドで弾き返された場合などは・・・・。
「何でお前無傷なんだ!」
「ふっ、俺の絶対シールドは分厚いんだよ!」
ユートはゼントの突きを避けると魔剣に魔力を込めた。
魔剣は魔力により見た目の長さが3倍になって横薙ぎにゼントを襲った。
ゼントは後ろに飛ぶことで魔剣を避けようとしたが、長くなった魔剣が避けきれず後ろにのけぞる様な体勢になった。
「貰ったぞ!」
ユートは横薙ぎから大上段に切り替え魔剣を振り下ろした。
「おっと!」
ゼントは上半身を捩じると木刀で地面を突き、まるで高跳びでもするような態勢で降りてくる魔剣を飛び越え、木刀で大上段からユートに切り付けた。
ゼントはユートの動きを予知していたのだ。
ゴン!! 鈍い音がしてゼントの木刀はユートの頭にぶち当たった。
「くそっ!」
ユートは撃たれた頭を押さえながらも反撃してきたのでゼントは後ろに避けユートとの距離をとった。
「どうだ、ちょっとは効いたかな?」
ユートの頭から血が流れ落ちてきた
「貴様良くも・・・俺様を、勇者を傷つけてくれたなー!!」
ユートの魔力が一気に高まった。
(主、今ノ一撃ハユートヲ怒ラセタダケダッタノデハ?)
「コネクト、今そんなことを言っている場合じゃないって!」
ゼントは大急ぎでユートから距離とろうと駆けだした。
「逃がさん! ホーリーランス!」
ゼントを追うように4撃のホーリーランスが放たれた。
「ヤバ——————い!」
ゼントは瞬歩を使った直後に直角に曲がってホーリーランスを回避すると何故か目の前にホーリーランスが迫っていた。ユートが5撃目のホーリーランスを時間差で撃ち、途中で軌道を変えていたのだ!
「なっ!!」
ゼントはやむなく多重シールドを張った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「痛———————っ!」
セリナは魔動船の艦橋で右手を押さえながら立ち上がった。立ち上がったと言っても艦橋の床ではなく壁にである。
魔動船はユートが放ったサウザンドホーリーランスの爆発の影響をもろに受けて吹き飛ばされ、船体は傾き沈没しかけていた。今回もセリナは自身に絶対シールド張り、辛うじて難を逃れたが、船員で動く者は誰一人いなかった。
「この船はだめね。確か後ろの甲板の格納庫に小型艇があったはず。」
セリナは船の階段の手すりにしがみつきながら傾いた甲板に出ると格納庫の蓋を風魔法で破壊し、モーターボートの様な小型魔動船を風魔法で引きずりだした。
セリナは小型魔動船に乗ると呟いた。
「待っててください、ユート様。」
セリナは小型魔動船を暗雲立ち込めるビヨンド湾西岸に向かって舵をとった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(くそ、完全に魔力切れだ!)
ゼントは眩暈から地面に膝を突いて動けなくなっていた。
「ほう、どうやら魔力切れのようだな。」
ユートはゼントにとどめを刺すため木刀を構えて魔力を一気に高めた。
(くそ、もう動けない・・・。)
(主殿、周囲の魔素密度ガ『魔素ヲ操る者』ノ起動条件ヲ満タシマシタ。)
(何だコネクト、前にも似たようなことを言わなかった?)
(説明シテイル暇ハアリマセン。即刻『魔素ヲ操る者』ノ起動ヲ指示シテクダサイ!)
(分かった何でもいいから起動してくれ!)
『了解!』
周囲にコネクトの機械的な返事が響いた。
「何だ?今の声は。」
ブーン!! 何か機械的な音がするとゼントを中心に何かが放出されるように砂塵が舞った!
「貴様、一体何をした。」
ユートは周囲の大気から何かチクチクするような違和感を感じ戸惑っていた。
「また、小賢しい事をしようってんだな!そうはさせん!」
ユートはゼントに向かってアンブロークン・サークルを放った。
ゼントは迫りくるアンブロークン・サークルを避けようともせずただ突っ立っていた。
「ふん、逃げる元気もないのか。」}
ユートは勝ち誇っていたが、アンブロークン・サークルがゼントを飲み込もうとしたその時、何かに吸い込まれるように消えて行った。
「な、何だと!アンブロークン・サークルだぞ!何で壊れるんだ!」
「くそ——————!!」
ユートはホーリーランスや光のスピアを連撃したがそれらは全てゼントに至る前に消失してしまった。
「ユート、この付近の魔素は俺が全て掌握した。お前のスキルは全て無効だ。!」
普通魔法を使う場合、体内や魔剣に溜め込まれた魔素を使用するのだが、『魔素を操る者』は空間の魔素を自在に操るスキルなのだ。ただ発動条件がかなり限られ、超高濃度の魔素密度が必要であった。この領域ではユートやゼントの戦闘により空間に大量の魔素が放出されその発動条件を満たしたのだ。
「ばかな、これがお前のスキルだというのか?」
「ああ、そうだ。」
「嘘だ!お前が俺の能力を勇者の能力を越えることなんてありえない!」
「お前まだそんなことを言ってるのか!いい加減中二病から目を覚ませよ!」
「いやだ!これは俺が異世界で手に入れた勇者の力なんだ。絶対に手放しはしないぞ。」
ユートは血走った目でゼントを睨みつけた。
「仕方ない・・・か、コネクト頼む。」
『了解!スキルオフフィールド展開シマス。』
直径200m程ある巨大なドーム状にスキルオフフィールドが二人の周りに展開された。
「ユート、このスキルオフフィールドの中では俺もお前もスキルは使えない。頼りになるのはお互いの得物だけだ。」
ゼントは木刀を構えるとユートと対峙した。
「ふん、剣で貴様に劣ると俺ではないわ。こんなことをして後悔させてやるぞ。」
ユートは魔剣を構えると間髪入れずにゼントに切りかかった。
ガキーン!ユートの剣をゼントの木刀が受け、二人のスキル無しの決闘が始まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大振りに魔剣を振るうユートに対してゼントは小回りの効く戦法でユートの力技を封じていた。
スキルなしの戦いでは、一見ユートとゼントはほぼ互角の状態に見えたが、実際はゼントがユートの力量に合わせて戦っていた。
ユートはオーマ国の一流の剣士達に鍛え上げられていたのだが、エルフの剣聖ゼンに死ぬ寸前まで鍛えられたゼントの相手ではなかった。
ユートは既に息が上がっていた。
(コネクト、ミュウが見ている景色を映し出してくれないか。)
(了解!)
コネクトの返事と共に二人の周りに張り巡らされた絶対シールドに救護所のテントの様子が映し出された。
「な、何だこの風景は!?」
「これはお前の技のとばっちりでけがをした人々を治療している仮設テントの中の風景だ。」
映像には怪我をした人に包帯をまく人、ポーションを飲ませている人、炊き出しと思われる食事を配っている人たちが映っていた。
「こんなものを見せても俺は動じないぞ!」
ユートが横薙ぎに刀を振るとゼントはスウェイバックで避けて、真下から木刀を振り上げた。
「よく見ろ!これを見てもお前は動じないのか!」
「俺はゴード国の人が怪我しようと関係無い!それを救助している人達をみて感動しろとでもいうのか!!」
ユートが大上段から振り下ろした魔剣をゼントは木刀で跳ねのけた言った。
「違う!」
「何が違うって言うんだ!」
「俺が見ろと言っているのは救助している人々じゃない!」
「えーいうるさい!お前は一体何が言いたいんだ!」
ユートの袈裟切りを避けんながらゼントは叫んだ!
「お前には彼らが食べているお椀の中が見えないのか――――――!」
ゼントがそう叫んだ瞬間画面にサリーが現れ、木のお椀に入った豚汁を目の前に差し出した。そう、ミュウに炊き出しの豚汁を渡したのだ。
「あ、あれは・・・・。」
ユートは固まったように動かなくなり、画面を凝視した。
「あ、あれは『豚汁』じゃあないか—————!!!!」
「そうだ、あれは豚汁だ!」
ゼントは胸を張ってどやっていた。
「いや、違う‼この世界に豚汁などある筈が無い。この世界の食べ物は塩を付けて焼いただけの肉と固いパン、それと旨味の無い塩味のスープだけだ!豚汁なんかがあるはずない!お前、俺に幻を見せているだろう!」
ユートはまるで子供がチャンバラごっこでもするかのようにがむしゃらにゼントに切りかかっていった。
ゼントは軽々とユートの剣を避けながら続けた。
「あれは本物だ!この国には味噌も醤油も鰹節もあるんだ!」
「う、嘘だー!」
ユートはもう泣きそうな顔になっていた。
「本当だ!俺もう食べたし。」
「ずるいぞーゼント—!」
ユートの攻撃は尚も続いたが既に剣に力が入っていなかった。
ユートもゼントの友達だけあって食い意地が張っていた。勇者で召喚されたにも関わらず、こちらの世界ではろくな食事を食べることが出来なかったのだ。基本的にこの世界の食文化では旨味と言う概念が無く、ゼントと同様に醤油、味噌、出し汁等に飢えていたのだ。オーマ国は食料のほとんどを輸入に頼っていたので、良い食材自体にも恵まれていなかったことからゼントよりも状況は悪かった。
「この国には向こう世界からの転生者が大勢いて、醤油や味噌、鰹節を再現してくれたんだ!お前はそんな人たちが本当に魔族の手先だなんて言えるのか?この国をつぶしてしまえば醤油や味噌も手に入らないんだぞ!それでいいのか?」
ゼントの理屈はめちゃくちゃであったが、食い意地が張ったユートの心に響いていた。
ユートはもう剣を振るうことは無く、疲れ切ったように杖代わりにした剣に両手をついて首を垂れて立ち尽くしていた。
「どうだ、ユート俺と一緒に豚汁を食いに行かないか?」
「うん、ゼント俺も行く。」
ユートは涙を流しながら答えた。
ゼントがスキルオフフィールドを解除するとフィールドの外にいた一人の女性がユートに駆け寄ってきた。
「ユート様—————!」
女性はオーマ国の第二王女セリナであった。
セリナは何か呪文の様にぶつぶつ言いながらユートに近づき抱きしめたと思うといきなりディープキスをしたのだ!
「え?何この娘??」
ゼントはその様子を呆然と眺めていた。