それぞれの戦い
来年もよろしくお願いします。
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~ゼンの戦い
ゼント達と別れたゼンはビヨンド橋の中央付近に来ていた。
夜も10時近くになり時々馬車の往来があるが、歩く人は見当たらない。
何故か一人だけ橋の欄干に持たれながらビヨンド湾を見ている男がいた。
男はゼンの方を振り向くと言った。
「良く気が付きましたね。」
「ああ、あれだけしっかり見られていれば気が付くわい。」
「そうですか?大分魔力は押えていたつもりだったんですけどね。」
「お前じゃろ、あのガメ〇を転移させたのは。」
「ご名答!飴でも差し上げましょうか?」
男は胸のポケットから棒についたキャンディを出すとゼンに差し出した。
「おお、すまんなあ!」
何故かゼンは躊躇うことなくキャンディを男から受けとり舐め始めた。
「はは、面白いお方ですね。毒でも入っていると思わないんですか?」
男がケタケタと笑うのを横目に見ながら、ゼンは口に飴を入れ欄干によりかかりかかって話始めた。
「まあ、お前さんは儂との戦闘を楽しみにしとったんじゃろう?楽しみを自分でなくすことはせんじゃろうて。」
「良くお分かりで。」
「ところで、オーマ国の関係者と思っとったんじゃが、あの転移は魔動船にとって想定外だったようじゃな。」
「ええ、そうでしょうね。彼等には言ってませんでしたから。」
「やっぱりそうかい。」
ゼンは少し沈黙した後また話始めた。
「それとこれは完全な推測なんじゃがな、あんたゼントがオーマ国からの魔物の転移を妨害するのを知ってて放置したじゃろ。」
「そう、その通りと言いたいところですが半分間違っていますね。」
男はニヤニヤと笑いながら話を続けた。
「ゼント君が妨害しようとしているのは知っていました。それは正解です。」
「でも、放置してはいませんよ。」
「どういうことじゃ?魔物の転移は失敗したじゃろう。」
「ええ、確かに魔物の転移には失敗していますが、ゼント君の仕掛けを放置したわけではありません。ちょっとだけ手を加えてあげましたよ。」
「おまえさん、何を言っておるんじゃ?」
流石のゼンも怪訝そうに男の方を見た。
「まあ、そう訝しげにしなくても良いじゃあないですか。私はゼント君がした仕掛けの上にちょっと仕掛けを追加してあげた、魔物が戻るときの転移位置をほんの少しずらしてあげただけですよ。そう、ほんの50mぐらい上の方にね。」
「何じゃと?そんな事をすればオーマ国がどうなるか分かっておるんじゃろうな?」
「ええ、良く存じていますよ。あの場所には何回かお邪魔していますからね。魔物が帰って行った場所は丁度王城の北側の騎士たちの訓練場の所ですね。61匹ものSSランクの魔物が野放しで帰って行ったんですから、あの周辺はただでは済まなかったでしょうね。実に惜しいものを見逃しました。」
ゼンは村雨を握りしめ大げさに残念そうなジェスチャーをしている男を睨みつけて言った。
「ぬしは何者じゃ!」
「私はロイ・オーラ、オーラ商会の会長ですよ。」
「ぬかせ!」
ゼンの姿が一瞬で消えるとロイの姿も消え、辺りには刃物が当たる甲高い音が何度も響き渡っていた。
~ セリナ・オーマ( オーマ国の第二王女)の戦い
「痛っ」
魔動船の中の一室で気絶していたセリナは頭を抱えながら起き上がった。
(シールドを展開しなければ危なかったわね。)
水蒸気爆発が起こった時ユートが船に絶対シールドを展開して守っていたが、船自体の揺動を押さえたわけでは無かった。船内の者は四方八方に飛ばされ壁や天井にぶつかっていた。セリナは絶対シールドのスキルを持っていたため、咄嗟に展開して難を免れることが出来たのだ。
(妙に静かだけど、外はどうなっているのかしら。)
艦橋に向かうためセリナが船室から廊下に出ると、至る所に乗組員が倒れていた。ある者はぐったりとして動かず、ある者は頭から血を流し、またある者は腕がありえない角度で曲がって呻いていた。辛うじて動ける者が負傷者の手当をしていた。
(酷い状態ね、でも今は彼等の手当を手伝っている場合じゃないわ。)
セリナはユートの事が心配で艦橋に駆けあがって行った。
艦橋のドアを開けると、そこも廊下と同じ様に負傷者が大勢いたが、艦橋にいるはずの外交官のボーナビルが見当たらない。
「ボーナビルは何処ですか?」
「ボーナビル様は割れた窓から外に投げ出されて・・・。」
船長が指さす方を見たセリナは思わず手で口を押えた。
甲板の破壊された砲台の一部にボーナビルが血まみれで突き刺さっていたのだ。
暫らくの間セリナ沈黙していたが、気を取り直して船長に命令した。
「船長、これからは私が指揮を執ります。まずは勇者殿を探しなさい!」
「いえ、それより船内の負傷者の手当が先だと思います。」
「口答えは許しません!負傷者の手当は平行してやりなさい!」
16才の少女とはいえ王族、船長は渋々命令に従った。
少しすると甲板で周囲を監視していた船員から報告があった。
ビヨンド湾の西側で魔法と思われる閃光が無数確認されたのだ。
「勇者殿の援護に向かいます!船をビヨンド湾の西に向けなさい!」
「姫様、おやめください!あの戦闘状態だと、近づいたらこちらも被害を被りかねません。
」
「お黙りなさい!」
風魔法で艦橋の橋まで吹き飛ばされた船長は白目を剥いて動かなくなった。
「これからは貴方を船長に任命します。あの閃光が輝く海域まで直ぐに船を進めなさい。」
セリナは近くにいた若い船員を船長に任命し、若い船員は恐怖でおどおどしながらも船の舵を取った。
(ユート様、待っててください、直ぐに貴方の傍に向かいます。)
~ヴェルス、ミュウ、リーナ、シェリー、サリーの戦い
魔動船から放たれたファイアランスとユートが放ったホーリーランスの欠片が飛び散ったことで王都の至る所で火災が発生していた。
「酷い・・・・・。」
救助に駆けつけたヴェルス達には火の手に追われて逃げ惑う人々がいた。
「ミュウさん、いまから私が火を消します!」
ヴェルスが両手を空にかざすと巨大なウォータボールが出現した。
「ちょっ、待ってヴェルス!それを落としたらまずよ!」
ミュウは焦った、巨大なウォーターボールを落とせば火は消えるが家々は壊れ、人々もただでは済まないのだ。
「大丈夫です。私に任せてください!」
ヴェルスはウォーターボールを宙に浮かせたまま次の魔法を詠唱した。
「トルネード!」
ヴェルスから竜巻の様な風の渦がウォーターボールに伸びたかと思うと、ウォーターボールは拡散し、雨の様に街に降り注いだ。
「ヴェルス、やったね!」
ミュウがサムズアップをするとヴェルスもそれに応えた。
「さあ、怪我人の救助をしましょう。」
「じゃあ我らが怪我人を連れてくるから、ヴェルスがヒールで直してあげて。」
ミュウがそう言うとクーマオ族の皆が散開していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(あの家に人がいる気配があるぞ!)
ミュウは焦げて崩れ落ちそうになっている家に入って行った。
「大丈夫かー?」ミュウの問いかけに返事が無かった。
「うっううううっ———。」
「そこか?」
ミュウが倒れた家具の傍に近づき一気に持ち上げた。
「どすこ————い!」
ミュウが持ちあげた家具の下に女性が幼い子供をかばうように倒れていた。
「大丈夫?」
「お、お願いします・・・・。娘を助けてください。」
「いや、あんただってケガしてるんだろう。」
ミュウは女性と子供を同時に抱き上げ、ヴェルスの所に走っていった。
「ヴェルス、この人達を頼む!」
ミュウはヴェルスの近くの道端に二人を寝かせた。
「はい、それじゃあヒールをかけますね。」
ヴェルスの言葉に女性は悲痛そうに言った。
「す、すみません、私達はヒールに払うお金が無いんです。」
そう、ヒールを使える魔導士は王都でも少なく、ヒールには多額に治療費が請求されるのが一般的なのだ。
「大丈夫ですよ、費用は請求しませんから。」
ヴェルスはそういって女性を安心させると親子同時にヒールをかけた。
「ああ、痛みが・・・・。」
女性は自分の痛みや傷が消え、娘の傷が消えたのを確認すると涙ながらに言った。
「ああ、本当にありがとうございます・・・・。この御恩は必ず代えさせていただきますので。」
「いえ、気にしないでください。」
ヴェルスが親子を治療している間にラオが両脇に怪我人を運んできていた。
「ヴェルスさん、こっちも頼む!結構重傷だ。」
ラオも怪我人を道端に寝かせていた。
「はい、分かりました。」
ヴエルスがヒールをかけていると、突然大勢の人が荷車を引いてヴェルス達の所にやってきた。
「ヴェルスさん、そんな道端で治療するのは感心しませんね。」
ヴェルスが声の方を見ると大勢の人々に中からシェリーが歩み出てきた。
「シェリーさん、どうされたんですか?」
「私達オーラ商会も救助に来たのよ。王都以外から来た人たちが一生懸命救助しているのに王都に住んでる私達が何もしないなんてダメでしょ!」
シェリーの後からサリーもひょっこり顔を出していった。
「これから向うの広場にテントを張るから、そこで皆の治療をしようよ。」
「サリーさんも!」
ヴェルスはシェリー達の行動が嬉しかった。天界から地上を観察している時、災害が起きた時、誰にも手を差し伸べてもらえず命を落とした人々を何度も見ていた・・・自分が地上に降りて助けたいと何度思ったことか・・・今、自分は力を制限されているが人々を助けることが出来ている事、何よりそれに手助けしてくれる地上の人々がいることに言いようのない感動を覚えていた。
程なくビヨンド港に近い広場に大きなテントがいくつか設営されていた。
「ブランケットとシェラフはをそちらのテントに人達に配ってください。ポーションはそちらの棚に置いてください。」
「ヴェルスさんの所に運ぶのは重傷の人だけにしてください。軽傷の人達にはポーションを差し上げください。」
「あ、その魔動ヒーターは一つのテントに1台ですよー。」
「炊き出しの豚汁は被災者に人だけではなく、救助に来ている皆さんにも配ってください!」
商会の店員にてきぱきと指示するシェリーとサリーの声がテントの中に響き渡っていた。
テント内はさながら野戦病院状態である。
「ハイ・ヒール」
運ばれてくる重傷者にハイ・ヒールを、重体の人にはエクストラ・ヒールをかけ続けているヴェルスの額にはうっすらと汗がにじんでいた。
高度なヒールを使い続けていたため、魔力が消耗し疲労の色を隠しきれなかった。
「ヴェルスさん、次はこの方をお願いします!」
運び込まれたのは中年の女性で、体の1/3は火傷をしており、一部が炭化している状態だった。
(この方は、エクストラ・ヒールじゃないと・・・)
ヴェルスは躊躇わずエクストラ・ヒール使って女性を治療した。
「うっ。」
ヴェルスは魔力が尽きかけてきたため、強烈な眩暈に襲われたのだ。
「ヴェルスさん!」
倒れそうになったヴェルスを支えたのはリーナだった。
リーナやウイリアムも街の惨状を見過ごすことが出来ず、救助に参加していた。さらに王宮の騎士団や魔導士団も加わったきた。
「ヴェルスさん、ヒールは暫らく魔導士の方にお願いして、少し休んでください。」
「あ、でもエクストラ・ヒールを使える方が・・・。」
そう、王宮の魔導士団でもエクストラ・ヒールを使える人間は二人しかおらず、使えるにしても一度使うと魔力が回復するまでヒールすら使えないというレベルなのだ。
そうこうしているうちに重傷者がまた運ばれてきた。
(私がエクストラヒールを使えればいいのに・・・。)
リーナは膨大な魔力を持っているのに何の役にも立っていないことに苛立ちを覚えていると急に頭に声が聞こえた。
(魔力ヲヴェルスサンにシェアシタラドウデスカ?)
(コネクトさん、そんな事出来るのですか?)
リーナの魔力はコネクトによって制限されているので、常時コネクトとリンクしているのだ。
(ヴェルスサンノ許可ガアレバ可能デス。)
コネクトの回答に喜びリーナは大声を上げた。
「ヴェルスさん!私の魔力を貰ってください!」
ヴェルスはリーナが突然叫んだので、目を丸くしていた。