その夜
オーマ国からの訪問者達はゴード国王との謁見を終えた後、何事も無く魔動船に戻って行き、魔動船は陸地からの不審者の侵入を防ぐために桟橋から500mぐらい沖に移動して錨を下ろして停泊していた。
王都の騎士団は一個中隊が3名のSランクの魔導士を伴い、港の警備にあたっていた。
時刻はまだ宵の口で王都の飲み屋は賑わっていた。そんな中にケイラ工房のゲンジと醤油職人のケンの姿があった。
「いやーっ、黒船って言うから見に行ったら、ありゃー俺が見た黒船とは違うわな。横に水車みてぇなのはついてねぇし、マストも煙突も無かったからな。」
ケンが既にほろ酔い気分で大声でゲンジに話しかけた。
「黒船って、お前見たことあるのか?」
ゲンジが怪訝そうにケンに聞いた。
「おうよ、前世でわざわざ下田まで見に行ったのよ!」
ケンはそう言うとコップに入った日本酒を一気に飲み干した。
「黒船見に行ったってー?いや、お前の前世の生まれはいつよ?」
ゲンジはコップ酒ちびちび飲みながらつまみの焼き魚をつまんでいた。
「俺はなー天保4年生まれよー!」
「なんだ、お前江戸時代の生まれだったのか?」
「おうよ、そう言うお前はいつなんだ?」
「俺は昭和15年だ。」
「ほぉー若けぇんだな————!」
「俺は昭和だけど、召喚されたゼントさんは平成だとよ。」
「平成———っ!平成生まれの転生者なんて聞いたことねえぞ!はじめてじゃねえか?」
「いやっ、だから召喚って言っただろう。しかもゼントさんが召喚された時の年号は令和っていうそうだ。」
「令和? そりぇあ一聞いたことがねぇなーもうそんなに年号が進んでいるのか?まあ、俺が若い頃は年号がコロコロ変わってたがな―!がっはっはっはっ。」
ケンは酔って現世と前世の区別が完全に付かなくなっいた。
二人がそんな話をしていると、窓の外に急に閃光が走った!
「こいつぁ!」
ゲンジは大急ぎで店の外に出て店の看板を見上げると。
「あ、あれは・・・ヒャクアシ・・・。」
見上げた先にはSSランクモンスターのヒャクアシがとぐろを巻くように宙に浮いていた。
ゲンジが驚きの余りに身動きが取れず呆然とヒャクアシを見ているとヒャクアシは、そこに何もなかったかのように空に溶け込むように消えて行った。
「幻・・・・・? いや、やったんだ!ゼントさんはやったんだ————!!」
ゲンジは宙高く拳を上げてガッツポーズをとっていた。
その夜、王都の街中の至る所に閃光が走り、上空に様々のモンスターが現れては消えて行った。そのほとんどがデーモンオークやピラニアドラゴン等のSSランクのモンスターであった。
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「あの野郎!無差別にやる気だったのかよ!」
上空で現れたピラニアドラゴンを見ていたリチャードは吐き捨てるように言った。
ロイがやろうとしていた事をリチャードは薄々気が付いていたが、まさか無差別にモンスターを転移させてくるとは思っていなかったのだ。
「何が俺に利益があるだ―———! あ・・・・。」
上空で出現したピラニアドラゴンは地上に降りる前に消えて行ったのだ。
「た、助かった・・・・。」
リチャードが安堵からへなへなと地面に膝を付くと懐に入れたあった携帯電話が鳴り始めた。リチャードが慌てて電話を取るとロイの声が響いた。
『リチャード、今いいか?』
「おい、ロイ!俺をピラニアドラゴンの餌食にしようとして今いいかはないだろう!」
リチャードは憤慨していた。
『ああ、あれか。』
妙に落ち着いた口調のロイにリチャードは更に苛立った。
「な、お前な————!」
『まあ、そんなに怒るなって。その電話機を持っていれば彼奴らには襲われないようになっていたんだ。まあ、あのゼントと言う小僧のおかげで失敗しちまったがな。』
「そうだったのか、それを先に言ってくれよ。肝を冷やしたぞ。」
自分だけは襲われないと知ると、リチャードの怒りは収まった。
『それでだ、替わりの方法があるので、ちょっと付き合ってくれないか?』
「そうか、それならいいぞ。どうすればいい?」
『まずは港の俺が指定する場所に行ってくれないか?』
「分かった。」
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「よし、上手くいった!」
ゲンジがガッツポーズをしている頃、ゼントはケイラ商会の一室で同じくガッツポーズをとっていた。この部屋は外に面した壁がガラス張りになっており、フィールドビヨンドの街が一望できるのだ。
「婿殿、上手くいって良かったな!」
ゼントの横にはミュウの父親がいた。
「ラオさん!本当にありがとうございました。」
ゼントとラオはがっちりと握手をした。
「本当に助かりました。王都に6人もクーマオ族が滞在しているとは思いませんでしたよ。」
ゼントは一か八かで以前ラオに貰った伝達の石を割ってラオ達クーマオ族に助けを求めたのだ。クーマオ族の里は遠く、いくら急いでも3日はかかる距離の為、近くに滞在しているクーマオ族に届かないかと一縷の望みをかけたのだ。
ゼント達が驚いた事に、石を割ってから数分で6人ものクーマオ族がゼント達の前に出現し、昨晩の内に全ての看板(転移装置)に誰にも気づかれることなく妨害用の銅板を取りつけてのくれたのだ。
これは、ラオが気を利かせて、ゼント達の王都滞在に合わせてクーマオ族の精鋭達を王都に潜入させていたことが幸いしたのだ。
「いや、あの人たちは本当に凄かったですよ!あの身軽さと速さで誰にも気づかれずに付けちゃうんだから。」
「まあ、彼らは隠密のスキルを持ってるからな。」
ラオが同じ部屋で食事をしているクーマオ族達の方を見ると、皆ゼントの真似をしてガッツポーズをしていた。
「ところで、あの一度転移したモンスター達は何処に行ったんだ?」
ラオが不思議そうにゼントに質問した。
「ああ、あれ? 皆丁重の元居た場所にお戻りになりましたよ。」
「いや、それじゃあまた転送してくるんじゃあないか?あのお皿みたいなやつを剥がせば元に戻るんだろう?大丈夫か?」
「それは大丈夫!」
ゼントは親指を立てながらどや顔をしながら言った。
「元々転移させないだけならただの銅板を張り付ければいいんだけど、あの銅板の模様は転移した時に転移元と転移先の転移装置を完全に破壊する為に刻んだんだ。」
「成る程、それで一度モンスターが転移して来たのか。凄いな!」
「まあ、模様を考えてくれたのはコネクト何だけどね。」
「さあ、ラオさん、俺達も夕飯にしよう。」
ゼントラオは皆と一緒に串焼きの肉を食べ始めた。
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「ロイ!港まで来たぞ。これからどうするんだ。」
「そうだな、もう少し西の方、漁業協同組合の建物の辺りまで行ってくれ。」
「分かった!」
リチャードはロイの指示通りに漁業協同組合の建物の前に立った。
「よし、そこで良いぞ!」
「分かった。じゃあこれから何をするんだ?」
「そこに立っているだけでいい。」
「何?どういうことだ?」
リチャードは怪訝そうにロイに聞いた。
「それはこういうことだよ!」
ロイがそう言った瞬間、リチャードが持っていた携帯電話が眩く発光し出した。
「わ、何だ?何がどうしたんだ?」
リチャードが驚いて携帯電話を捨てようとしたが、手から離れない。
「お、ロイ、これはどういうことだ!」
リヤードは携帯電話に対して大声で怒鳴った。
「まあ、最後だから説明してあげよう。今お前が持っているのは携帯電話・・・の形をした転移装置だ。」
「何だって!」
「もう一つ教えてやるよ。その転移装置のエネルギーは君の生体エネルギーだから、それが作動し終わった後、多分君は動けなくなっていると思うよ。」
「何!何だって——————!!」
リチャードがロイと通話をしている間に光は強くなり、逆にリチャードの体から生気がみるみる無くなり、転移装置の発光が止まるとまるで老人の様になっていった。
「うっ、うっうぅぅ・・・。」
リチャードは既に立っているのもやっとの状態になっていた。
「さあ、これで最後だ。上を見てみな。」
リチャードがやっとの事上を見ると、そこには巨大な黒いモンスターが浮いていた。
「うっうぁ———————————!!」
出現したモンスターは今度は消えることなく、そのままゆっくりとスローモーションでも見ているかのように落ちていった。