リチャード・ケス
私がケイラ商会の店員として雇われたのは10才の頃だった。
農家の3男として生まれた私は農家を継ぐことはできないことは分かっていたため、草々に家を出て王都に出てきたのだ。
それから昼夜を惜しまずひたすら真面目に店の為に働き、25才の若さで会長に認められ大番頭にまで昇りつめたのだ。私が大番頭になってからは、下請けからの買い取る価格や買い付け方法の見直しを改革し、商会の利益を上げてきたのだ。
会長は新商品を出すように言ってきたが、商会の扱う商品は十分に豊富なので、新商品を出すよりリスクより下請けを叩いて原価を低減した方が良いと私は会長を説得した。
結局、自分ではアイデアが出せず、商会の実情を嫌と言うほど分かっている会長は、私の提案には文句は言うことができず、承認するしかなかったのだ。そう、その頃私はケイラ商会は私が牛耳っていたのだ。
ところが、大番頭になって2年程たった頃からだったか、会長から一風変わったアイデアが出始めたのだ。私が「そのアイデアは斬新過ぎるのリスクが高いからおやめになった方が良い。」と申し上げたことが何度かあったが、「大丈夫、騙されたものと思って、失敗してもお前の責任にすることは無いからやってみろ。」と言われて私はしぶしぶ会長のアイデア商品を販売してみることにした。確かに初めのうちは商売として思わしくなかったが、皆に知れ渡るとあっという間に人気商品となったのだ。
そんな事が何度か続いた後、私は流石におかしいと思い会長に聞いてみることにした。
会長はニコニコしながら事の経緯を話してくれた。
私は会長の話に耳を疑った。なんと今までのアイデアを出していたのが12才の会長の娘だというのだ!
にわかに信じられなかったが、会長が嘘を言っているようには見えず、私は「そうですか。」と言ってその場を後にするしかなかった。
それからというもの、私が店の発展のために提案した内容は会長が一度預かった後、却下されることが多くなっていった。却下理由がなんと、そのやり方だと店の利益にはなるが、「職人達にとっては負担になるからだめだ。」とか、「下請けに無理をかけるのはいかん。」とかだ!
本来店の利益を追及するのが商会だろう!多少職人達や下請けに無理がかかったっていいじゃないか!あいつらだって仕事がなくなるよりましだろう。
3年ほどこんな状態が続いた後、1その娘が店に顔を出すようになり、仕事の指示まで出すようになってきたのだ!
会長の話ではケイラ商会を起こした会長の祖母の生まれ変わりではないかということだが、そんなことがあるはずない!
私はさんざん努力して手に入れた地位なのに、何であんな小娘に顎で使われなければならないんだ!
そんな状態で悶々としていた私に声をかけてきたのがオーラ商会と言う最近王都に出来た新進の商会の会長ロイ・オーラと言う男だった。
初めは胡散臭く思っていたが、話しているとこの男とは非常に馬が合った。商売に対する考え方が俺と一緒なのだ。
奴と付き合っているうちに、ロイからケイラ商会の情報を流してくれないかという話が出てきた。成る程、ロイの目的はケイラ商会の情報だったのかと私は気が付いたが、それが何だと思った。20年もケイラ商会の為に働いてきた私をないがしろにする商会などくそくらえだ。
初めは職人からの買取価格や卸価格などだったが、去年渡したメッキの技術は最高だったな!あっという間にオーラ商会にシェアを奪われてしまって、ざまあみろだ!
ロイとはケイラ商会がつぶれた時、最高の地位で雇ってもらう約束が出来ている。こんな商会などどうなってもいい。
そんな事を考えていた時、ロイから会長や娘の行動予定を逐一連絡するように言って来たのだ。何に使うのかと問えば、「もうすぐお前がケイラ商会の会長だ!」と笑いながら去っていった。
その時はロイが何を言っているのか分からなかったが、大旦那とシェリーモンスターに襲われた時に分かった。あいつはケイラ商会の主要な人物を暗殺する気だ!さらには同じ日にニッカワ領の支店から帰る途中の会長も盗賊に襲われて殺されそうになっていたのだ。
そう、奴は本気でケイラ商会の主要な人物を暗殺する気だったのだ。彼奴は普通だったら絶対失敗しない方法を使ったのだから・・・あのゼントと言う小僧さえいなければ!
SSランクのモンスターをたった二人だ倒すなどありえん!!更にAランクの冒険者に匹敵する野盗達を一瞬で葬り去った挙句、死にかけていた護衛の冒険者達を一瞬で回復させるだと!何でそんな奴らがいるんだ!おかしいだろう!
あの小僧さえいなければ俺は今頃ケイラ商会の会長になっていたんだ!
そうあの小僧、俺が会長になるのを邪魔したのはまだ許せるが、あのスケコマシは絶対に許せん!!何人もの女を侍らせているのに、うちのメイドにまで手を出そうとするなんてありえん!!俺は30でまだ独身なんだぞ—————!!
いや、失礼、少々とりみだしてしまった。
それにしても強いからと言ってあんなどこの馬の骨とも分からん冒険者パーティを住み込みで護衛として雇うつもりだとは会長も焼きが回ったな。彼奴らが牙を剥いてきたらどうするつもりなんだ・・・・いや、まてよ、それはそれで俺にメリットがあるんじゃね?
ま、まあそんな都合が良いことは無いだろう。なにせ人助けが趣味じゃないかと思えるような奴らだからな。ケイラ商会の会長の命を助けたのにお礼はいらないと言ったとか・・・正気じゃないな、俺だったら資産の半分は要求するぞ。
お、噂をすればシェリー達が彼奴らを連れてきたな。
あいつ「醤油」と言う臭いソースをニコニコ顔で持ってるぞ!あーいやだいやだ。
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最近シェリーがゼントと出かける機会が多いので気になって調べてみると何やらケイラ工房で何かを作っているようなので、そのことを昨日ロイに話をしたところ、今日いつもの酒場で会いたいという話になった。
「よう、リチャード!久しぶり。」
若禿げで、一見人当たりの良い顔つきをしている男。中は真っ黒で貧乏人には容赦がない男だが・・・・まあ、俺も同じか。
「ロイ、久しぶり。今日は何の用だ?」
「俺とお前の中じゃないか。何か用が無いと一緒に飲んじゃあいけないか?」
「いや、そんなことは無いが、お前が要も無しに俺を呼び出すか?」
「まあ、それもそうか。とりあえず座って飲もうぜ!」
俺は椅子に座りエールを注文した。
「お前が教えてくれたことをちょっと調べてみたんだが。」
ロイは真面目な顔つきになって話し出した。
「あの、お嬢さんは曲者だな。どうも俺がやろうとしていることを妨害するつもりのようだ。」
「お前がやろうとしている事って何だよ。」
「まだ言えんが、お前にとっても利益のあることだって。まあ、あんなお嬢さんに邪魔させはしないがな。」
「まあ、せいぜい頑張ってくれや。」
「あ、お前そんな他人事のように言っちゃって。」
俺は出されたエールを一気に飲み干して言った。
「何やるか知らんし。」
「まあ、そうだな、がっはっはっはっはっ!」
俺も一緒になって高笑いをしていた。
「そうだ、今日はお前に渡しておきたいものがあるんだ。」
ロイはポケットから四角い金属の塊を出して俺に渡した。
「これは?」
それは手の甲ぐらいの平べったい長方形の金属の板みたいなのもで、厚さは1cmぐらいだろうか。平面の片側には丸い模様が二つあり、よく見るとその模様は小さい穴がいっぱいあケラ畳者だった。長方形の平面の周囲は丸くなっており、一か所にボタンみたいなものが付いていた。
俺が見たことも無いそれを物珍しそうにいじりまわしるとロイが得意満面な顔で言った。
「これは携帯型魔動電話さ。」
「え?こんなに小さいのが電話か?しかも持ち歩けるのか?」
「どうだ、凄いだろう!これがあれば俺といつでも連絡が取れるんだ。これを使ってあのシェリーというお嬢さんの動きを逐一教えてくれないか?」
俺は二つ返事で引き受けた。
それから俺達は深夜まで酒を飲み続けた。