Boy meets soy sauce
「全く彼奴ときたら、俺がリモートを切断しようとしたら魔力に物を言わせて強制的に従魔になったんだ。」
「あいつ等ってケンちゃんとガメちゃんかい?まあ、SS+ランクのモンスターを2匹も従魔にしたんじゃから文句はないじゃろう。」
「いや、そんなこと言ってもあんな奴らに付き纏われるかと思うと・・・。」
「まあ、余り気持ちの良いもんではないが、何かの時に役立つじゃろうて。」
「ま、まあそうかもしれないけど。」
ゼントは従魔が増えてことよりも、彼らが本人の意思とは関係なく勝手に従魔になった事に腹を立てていたのだ。
「そうだ、ゼントSS+ランクモンスターの従魔なんてすごいぞ!」
「ミュウもそんなことを言うのか・・・。」
「あ、あのうゼントお兄ちゃん、ケンちゃんやガメちゃんが従魔って何の事?」
仏頂面のゼントに話しかけてきたのは、ゼント達の会話についていけてなかったサリーである。
「君は・・・・もしかしてあの時の女の子?」
ゼントはサリーが先日野盗に襲われていた少女であることに今気が付いたのだ。
「そうです!あの時は本当にありがとうございました!」
サリーは自分の事を覚えていたことが嬉しくてにっこりと笑った。サリーもゼントが姉とばかり話をしていたので、お礼を言いそびれていたのだ。
「いや、あの事は気にしなくていいから。」
ゼントは少し照れくさそうに左手の人差し指でほっぺを掻いていた。
「それで、ケンちゃんやガメちゃんって何ですか?」
「それは、ケンちゃんがクラーケン、ガメちゃんがガメ〇っていうSS+ランクのモンスターだよ。」
「それをゼントさんが従魔にしたって言うんですか!?もしかしてリバイアサンも?」
「まあ、そう言うことになるかな。」
「すっごーい!やっぱり私のお兄ちゃんだ!」
サリーは勢いでゼントに抱き着いてしまった。
「”私の”ってどういう意味?」
「いえ・・・特に意味はありません。」
サリーはバツが悪そうにゼントから離れていった。
「そうだ、盗賊から助けてくれたお礼がまだなので、この後で家に来てください。」
「護衛の件で今日はケイラ商会に行くけど、お礼は・・・・。」
ゼントは少し考えると。
「そうだ、お礼にさ、醤油を売っている店を教えてくれないか?」
「醤油ですか?それだけでいいんですか?」
「いや、それが良いんだ!」
ゼントは半年以上醤油の無い生活をしていて、昨日思いがけず海鮮丼で醤油に出会ったが、店の人には当店秘伝と言われて入手方法を教えてもらえなかったのだ。
「醤油ですか・・・姉さん知ってますか?」
「やっぱりそう来ましたか!」
何故かシェリーがどや顔しながら胸を張っていた。
「醤油は日本人異世界転生者達にとって欠かせない物、いえ宝ですよね!この世界の人達には馴染みが無いソースなので市場には出回っていませんが、もちろん、あります!醤油職人の転生者を見つけて作ってもらっているんですよ!」
サリーは妙にハイテンションな姉に少し引き気味で顔を引きつらせていた。
「「ほ、本当か!?」」
ゼントとゼンがシェリーを超えるテンションでハモりながら歓声を上げた。
「ゼント!」「ばあちゃん!」
「うう、苦節70年、剣聖になってまで人間の国に来た甲斐があったわい!」
「あの、死にそうになりながらソーリの森を抜けた来たかいがあったよ!」
二人は抱き合って涙を流していた。
「うう、本当に喜んでいただけて嬉しいです。私も曾祖母だった頃に醤油職人を見つけた時は本当に歓声を上げて抱き着いてしまいましたから。」
何故かシェリーももらい泣きしていた。
「さあ、そうと決まったら行きましょう!醤油工房へ!」
シェリーは左手を腰に当てて醤油工房がある方向に向けて右手の人差し指を指さすと、ゼントとゼンもそれに倣った。
「そうじゃな!」「そうだ!」
サリーを含む他のメンバーは呆れかえってこの3人の行動を呆然と見ていた。
ゼント達が醤油工房に行くために工房の休憩室から工房の中に戻ってくるとそこにはゲンジが慌ただしくプレス型の準備をしていた。
「お嬢さん、ご依頼のプレス品ですが一週間できっちり準備させていただきます。」
「そうですか、私達は醤油工房に行った後、商会に戻りますので、後はよろしくお願いしますね。」
「はい、お嬢様、最高の仕事をさせていただきます。」
「そうだ、ゼントさん!」
ゲンジは工房を出ていこうとするゼントを呼び止めた。
「なんですか?」
「今度一緒に飲みませんか?おでんが食べられる屋台があるんですよ。」
「ほ、本当ですか!是非!」
ゼントは食い気味に返答をした。
「そこで、今の日本の様子とか話してもらえませんかね?」
「ええ、良いですよ。」
「よかった、じゃあプレスの製品が出来た後で、約束ですよ!」
ゲンジはとても嬉しそうに工具を持った片手を上げていた。
ゼントはゲンジと約束をすると、工房から出ていった。
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シェリーの案内でやってきたのは王都の北の外れにある、工場が集まっている場所だった。
「この場所は食品関係の工場が集まった場所で、匂いの関係で住宅街からは少し離れた場所にあります。元々燻製や干し肉を作る工場が集まっていたのですが、現在ではソースや味噌を作る工場もあるんですよ。」
シェリーの話を聞きながらゼントとゼン、ミュウは花をくんくんさせていた。
「ばあちゃん、干し肉の匂いに混ざって醤油の匂いがするな。」
「ああ、確かにするぞい。」
「ゼント、ばあちゃん、醤油の他に鰹節の匂いもするぞ!」
「何じゃと、ミュウ!」
ミュウはクーマオ族のため、人より嗅覚が発達しているのだ。
「ええ、ここでは鰹節も作ってるんですよ。」
「そ、そうかこれでかつお出汁の味噌汁が飲めるんじゃな。」
ゼンは感極まったように目を瞑って上を向き涙をこらえていた。
「さあ、皆さん、こちらが醤油工場ですよ。」
工場に入るとそこは醤油の匂いが充満していた。
それからゼント達は工場長のケン・エルバイラを紹介して貰った。ケンは今年80才年で年季の入った皺を額に刻ませた如何にも職人という風貌だった。彼は若いころにシェリーの曾祖母に出会い、お互いに前世持ちであることで意気投合し、前世の職業であった醤油造りを始めたとのことだった。
ゼント達は醤油を醸造している大樽を見せてもらったり、試飲させてもらったりしながら楽しい時を過ごし、最後に醤油を樽で売って欲しいという要望を出したが、転生人の会の人達の予約分があるので、残念ながら一升瓶3本までしか購入することが出来なかったのだ。
「あの海鮮料理屋が当店秘伝だって言ったいた意味が分かったよ。」
「すまんな、大体が予約分なので余分は作らんのじゃよ。なにせ、醤油はこの世界の人達には馴染みが無いから、一般に売ろうとしてもなかなか買い手が付かないんじゃ。それで転生者の会の分しか作っとらんのじゃ。今度の仕込みでゼント君らの分も作っとくからそれまで我慢してくれ。」
「いえ、譲ってくれただけでもありがたいですよ。」
ゼントとケンが握手をしていると、ゼントの腹の虫が大きな音を立てた。
「おお、そう言えば既に1時過ぎじゃな。この辺には食堂が無いから、大したもんは無いが良かったら昼飯を食べていくか?」
「えーっと、それなら厨房を貸してもらえませんか?」
「構わんが、何する気じゃ?」
「醤油の匂い嗅いでたら、どうしても食べたくなったので、簡単にできるものを作りたいんですよ。」
ケンに厨房を貸してもらうとゼントは、亜空間から食材を出し始めた。
「ほう、亜空間倉庫を持っとるのか。なかなか便利じゃのう。」
「肉と卵と玉ねぎ、出し汁、砂糖、みりん・・・そしてこの醤油!」
ゼントは曲芸の様に木刀で玉ねぎを刻んで、肉を一口大に切った後、大きめのフライパンを2個取り出して出し汁、みりん、砂糖と醤油を入れて煮込み始めた。玉ねぎに火が通った後に肉を入れて煮込み、最後に溶き卵を入れて親子煮の完成である。
ケンはゼントが作った親子煮を覗き込んだ言った。
「ほう、いい匂いだな親子煮か?どうせなら親子丼にしたいが今は米は炊いてないぞ。」
「大丈夫、抜かりはありません!こんなこともあろうかと宿のおばちゃんに頼んで大量のご飯を作ってもらっていたんです!」
ゼントは亜空間からホカホカのご飯が入った大釜をドスンと言う音と共に取りだした。
「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」
丼ぶりに盛り付けられた親子丼には三つ葉が添えてあり、大皿にはゼンの作ったお新香が盛り付けられていた。
ゼンもゼントも無言で親子丼を食べており、完全に感極まっている様子だった。
「ほう、この卵のとろみが良い具合じゃな。何よりこの鶏肉の上手さ、適度な噛み応えがありこの肉汁!こんな肉汁のある鶏肉は食ったことないぞ!」
ケンは当然王都で親子丼を食べた経験はあるのだが、ゼントの作った親子丼の美味さに目を丸くしながら貪るように食べていた。
「これはいったい何の肉なんじゃね。」
ケンの質問に我に返ったゼントが答えた。
「ああ、これ?サンダーバードですよ。」
ゼントは何気に返答していた。
「ああ、サンダーバード・・・・何じゃと!サンダーバードじゃと!」
「ええ、そうですよ。」
「いや、いや冗談じゃろ。サンダーバードはソーリの森の奥にしか住んでおらんじゃろ!」
「ええ、そのソーリの森で獲ったんですから。まだ在庫があったんですよ。」
さりげなく話すゼントに対してケンは箸を落として震えていた。
「儂は今金貨何枚食ったんじゃ?」
そう、何度かこの物語で出ているが、ソーリの森の魔物は王都では超高級食材なのである。