04.姉ちゃんはあることで悩んでます
始まりの街〜ウーノ〜中央部に位置するセントラル商店街。
魔王の影響が少なく魔物も少ないこの地域は物の往来が早く、加えて魔物被害による損失のリスクが小さいため自然と交易が発展してゆき、東西南北中央とそれぞれに設置された交易所の利益から発生する交易税が、街の運営の九割を賄っている珍しい街である。
その中心となるここセントラル交易街では、各地から取り揃えられた珍しい品物や他では手に入らない生鮮食品を取り扱う店が所狭しと軒を連ねており、各地の名産を目当てに商人や貴族といった様々な人間が街を歩いている。
この場所では全てが平等である……それがこの商店街のルールであり方針だ。
そして今日、姉ちゃんに連れられて僕が今日やってきたのは。
絹や綿、麻を使用した商品が立ち並ぶエリアの中でも特に女性に人気が高い名店。
【ブラ・パンティエール】である。
「って……下着売り場かよ‼︎?」
思わず町中で声を上げる。
だが姉ちゃんは何か問題が? とでもいいたげに首を傾げた。
「実はねぇ、最近なんだかまた胸がきつくなってきちゃって……いつもは適当に選んでたんだけれど、これを機にしっかりとしたものを買おうと思うの。やっぱり安物の下着はダメね、すぐに縮んじゃうんだもん。それに、針金が入っているものだと肩が凝っちゃって、もう少し動きやすいのが欲しいんだ」
肩が凝るのも下着が縮むように感じるのも、貴方のデカメロンが日進月歩膨張しているからだ……といいたいが恥ずかしいので口に出せなかった。
「いや、それはわかったけれどもなんで僕をここに?」
「だって、せっかくちゃんとしたの買うならユウ君が可愛いって思ってくれるもの買いたいもの。 色々着て見せるから、ユウ君が気に入ったものを選んでね‼︎」
なん……だと?
一瞬の内に脳内に広がる世界各国津々浦々千差万別の下着を身に纏い妖艶にポーズを決める姉ちゃん達。
もちろん僕は女性の下着姿など直視したことなどあろうはずもない思春期真っ盛り。
過分な妄想により描き出される過激な下着姿の数々から分かる通り、見たくてしょうがないしなんなら着替えも覗きたいが。
「おっぱ……いや、そ、そんな。恥ずかしいよ……」
そこは花も恥じらう15歳。
素直になれない愚かさ、そして誘惑と羞恥の間から、我ながら聞くに絶えないほど弱々しく頼りない拒絶の言葉がこぼれ落ちる。
おっぱい。
「なんで? この前まで一緒にお風呂入ってたのに?」
しかしそんな僕の心情などお構いなしにサイズの合いそうな下着をかかえ試着室へと入る姉は、理解できないといいたげに服のボタンをひとつ外して小首を傾げる。
自分も通った道のはずなのに、この姉スケベすぎる。
「ふふっ、どうしたの赤くなっちゃって? もしかしてお姉ちゃんの下着姿想像してドキドキしてるの? うれしいなぁ……うふふっ、それじゃあユウ君は、そこでお姉ちゃんのことをたっくさん考えててね?」
蕩けるような甘い声と共に、試着室のカーテンが閉まる。
体が熱くなり、このままで良いのかと思春期特有の羞恥心が必死に叫ぶが、そんな声は破裂しそうなほど早鐘を打つ心臓の音にかき消されていく。
薄い試着室のカーテンから聞こえる衣擦れの音。
いつも一緒にいるはずなのに……こんなこと想像しちゃいけないはずなのに。
このカーテンをひとつ隔てた先で、姉ちゃんはふ、服を脱いで……しかも、下着姿を……。
【緊急クエスト、緊急クエスト‼︎ 街の近くに巨大な魔物が接近中。冒険者はそれぞれ西門に集合されたし‼︎ これは訓練ではない、繰り返す‼︎ これは訓練ではない‼︎】
そんな中、街中に警報が鳴り響き、各地に設置された拡声の魔石から冒険者ギルドのギルドマスターの声が響く。
「これは……緊急警報? 聞くのは久しぶりだけど」
「大変‼︎? 下着探しどころじゃないよユウ君、急いで向かわないと‼︎ 危ないからお姉ちゃんから離れちゃダメだよ‼︎」
「え゛ッ‼︎?……あ、そんな……」
姉ちゃんは慌てたようにそう叫ぶと、律儀に下着を魔法で元の場所に戻すと、僕の手を引いて現場へと走り出す。
ほっとしたようなどこか残念なような……魔物への殺意のような。
複雑な気持ちを交えた真顔で、僕は西門へと向かうのであった。
◇
「魔法使いを集めろ‼︎ 上級魔法でも中級魔法でもなんでもいい‼︎ ありったけの火力を叩きつけるんだ‼︎ 奴を街に近づく前に仕留めろ‼︎」
西門に到着をすると、一足先に到着をした上級冒険者が中心となって音頭をとり、迎撃の態勢を整えている真っ最中。
冒険者と一口に言っても、僕たちのようなフリーランスの冒険者とは違い。
街に常駐し自警団のような役割を担っている彼らは、金バッジ……Aランク冒険者の一団の指示に従い統率のとれた動きで隊列を形成していく。
「いつ見ても組体操みたいで楽しそうだねーユウ君。私たちも混ざらない?」
「はいはい、邪魔しないようこっちに移動するよ姉ちゃん」
どこか抜けた感想を漏らす姉ちゃんの手を引き、邪魔にならない場所で状況を確認する。
確かにまだ距離はあるものの街の西にある針葉樹林をなぎ倒しながら巨大な人型の魔物がこちらに迫ってきているのが見える。
「え、ちょっとまって? あれオーガだよね? でもあんなおっきなオーガ見たことないよ。 何食べたらあんなにおっきくなるんだろうね、ユウ君?」
「……さぁね」
「? どうしたのユウ君、さっきから反応が蛋白だけど……あ、わかった。 お姉ちゃんの下着姿見れなくて拗ねてるんだ」
「ちが……くないけど」
「うふふ……えっちなユウ君もかわいいねぇ」
「エッッ‼︎?……そ、それは今はどうでもいいだろ姉ちゃん‼︎ 今はあれをどうするのかを考えないと。あの巨体じゃ、街の防御壁ぐらい平気で破壊できちゃうよ?‼︎」
「んーそうだねぇ。 魔法が効くなら、前みたいにブラックホールで飲み込んじゃうんだけど」
僕の言葉に姉ちゃんは魔物へと視線を移すと、人差し指を唇に当てながらちらりと隊列を組む冒険者たちに視線を移す。
「構え‼︎ ……………撃ええええ‼︎」
先頭で指揮を取る冒険者の怒声とともに、隊列を組んだ魔法使いたちは先頭から順に魔法を放っていく。
【ブレイズバレッド‼︎】
【ディザスターストーム‼︎】
【アイシクルカタストロフィー‼︎】
最前列の人間が魔法を放つと、ついで次の列、またその次の列と冒険者たちは上級、中級入り乱れた魔法を放ち。
魔法の発動を終えた魔法使いはすぐさま再度詠唱を開始し、最後の列が魔法を放ち終わるとすぐさま最前列の魔法使いが魔法を放つ。
「あーなるほどね。あぁすると攻撃の手を休めずに魔法攻撃ができるんだ……頭いい‼︎」
「でも……あんまり効いてないみたいだよ」
確かに作戦としては良いものだったかもしれない。
だが、次々と襲いかかる炎の塊や氷の槍といった上級魔法の直撃を受けながらも、巨大なオーガは減速する気配を見せずにこちらへと向かってくる。
「……あらら、遠距離とはいえど上級魔法の連打ではどうにもならないと……結構強めな魔法耐性があるみたいだねぇ。 あの大きさだと、ブラックホールでも撃ち漏らしちゃうかも」
そんな様子を見ながら姉ちゃんは緊張感なくそう分析をする。
「いや、しれないね〜じゃなくてどうするのさ‼︎? 姉ちゃんの魔法が効かないってなると、本当に手立てが……」
ないじゃないか……という僕の言葉は悪戯っぽく微笑む姉ちゃんの人差し指により止められる。
姉ちゃんの指、柔らかい。
「慌てないでユウ君。 大丈夫、お姉ちゃんなら簡単に解決よ‼︎ ちょうどいい魔法を、この前覚えた所だから‼︎」
「お、覚えたって……そんな付け焼き刃で大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫……ちょっと勇者の剣借りるね」
「え?あぁうん」
不安は残るが、とりあえず姉ちゃんに勇者の剣を預けると、姉ちゃんは勇者の剣を少し離れた場所に浮遊させ、魔力を練り上げて呪文を唱える。
『大地を統べる精霊よ、この地に眠る守護者の魂よ‼︎ 今ここに姿を現し迫り来る悪鬼に怒りの鉄槌をくだせ‼︎』
そう姉ちゃんは詠唱を終え天に手を伸ばす。
と。
どこからあらわれたのか、天井より巨大な岩が降り注ぎ。
「……ゑ?」
勇者の剣を直撃する。
直撃の瞬間、感情などあるはずのない勇者の剣から「なんでそうなるねん」という抗議の声が聞こえた気がする。
気のせいであると思いたい。
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