21.情報収集
ウーノの街南東にあるスラム街……通称「ブラックマーケット」
物流が行き交い、多くの国や人が集まり賑わうウーノの街の活気を光と例えるならば、当然そこに落ちる影は深く濃くなることは道理であり、魔物という脅威がないということは裏を返せば人による悪行が生まれやすいとも言える。
物流が多いということは、当然表には出せないような珍品、危険物の流通も裏の町では比例して多くなるわけで、取り締まれないほど巨大化してしまった結果ウーノの街の中央街は、臭いものに蓋でもするかのように巨大な壁で隔離をすることでウーノの治安を守ったらしく。
ここに住む人々は自嘲を込めてこの場所をウーノのゴミ箱と呼ぶのだと、フレンは教えてくれた。
「さて、というわけでやってきましたブラックマーケット‼︎」
陰鬱な空気の漂う街に姉ちゃんの声が響く。
楽しげにぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる様は、さながら新品の雨がっぱを買ってもらった子供が水たまりで飛び跳ねているかのようだ。
「なんで楽しそうなんだよアンネ。ここがどんなところかって説明、ちゃんと理解したんだよな?」
「もちろん、めずらしいものが売ってて、何やってもいい場所でしょ? 任せて‼︎ お姉ちゃんそういうの得意だから‼︎」
「拡大解釈のバーゲンセールかっ!?」
「あー、OK姉ちゃん。とりあえず杖は没収するね」
危険を感じた僕は、姉ちゃんの背中に掛けられた杖を抜き取る。
重いなこの杖……。
「ふええぇ‼︎ なんでええぇ‼︎?」
「なんでって、姉ちゃんが任せてって言う時は大体何かを壊すときだからだよ‼︎? そうポンポンと借金増やされてたまるかこのざんねーちゃん‼︎」
「ざんね……うわあああぁん。マオちゃああぁんんユウくんがいじめるーーお姉ちゃんだって頑張ってるのにー‼︎」
「よしよし、そうじゃな……お主も頑張っておるよな。ちょっと頭おかしいけど……」
「ううぅ……認めてくれるのはマオちゃんだけ……ってあれ? 今マオちゃんさらっと悪口言った?」
「気のせいじゃないかの……それよりも金髪、地域は絞れたと言ってもこれだけ広い街じゃ、何かあてはあるのかの?」
姉ちゃんから目をそらしマオはフレンにそう問うと、フレンは考えるような素振りを見せ……。
「ふぅむ、ここいらの情報通なら一人仕事の付き合いで心あたりがあんな……そいつを尋ねてみるか……ほら、そこの酒場だ」
……思いついた様にブラックマーケット入り口すぐに立っている年季の入った酒場をゆびさす。
「付き合いがある店って……大丈夫? フレンのことだからまた揉め事になったりするんじゃないの?」
「しねーわ!? お前本当に俺のことなんだと思ってんだよ‼︎」
「詐欺師」
「商人だよ!?」
「なっ……そうじゃったのか‼︎?」
「おいおいマオさん? お前何で本気で驚いてるんですかねぇ? 何回か俺の手伝いしてるよな?」
「いや、妾今までてっきり詐欺の片棒を担がされているのだとばかり……まったくそれならそうと最初から言わぬか金髪‼︎」
「なんで俺が怒られんだよ!?……くそっ、てめえら揃いも揃ってバカにしやがって……いいぜ見せてやるよ。俺が商人としてどれだけ顔が広いかって思い知らせてやらあ‼︎? お前ら2人とも、『フレン様調子に乗ってすみませんでした』って土下座させてやるからな‼︎ 覚悟しとけ‼︎」
そう捨て台詞を吐くとフレンは一人酒場へと入っていき、少し遅れて僕たちもその後に続いた。
◇
フレンの入った店へ入ると、珈琲の香りがツンと鼻をつき、聞くからに古めかしい音楽が店の中に響いている。
ここは喫茶店だろうか?
見回すと、こじんまりとした店内には客は少女一人だけ。
静かにコーヒーを片手に本を読む姿は一見普通に映るが、本の背表紙に描かれた「殺人をする前に覚えたい100の死体の隠し方」という文字に慌てて視線を逸らす。
普通の喫茶店に見えても、ここもしっかりと裏社会の中のようだ。
「ちょっと物騒な人もいるみたいだけど案外普通の場所だねユウくん、お姉ちゃんブラックマーケットの喫茶店ってナイフをベロベロ舐めながら賭博するようなヒャッハーのたまり場ってイメージだったんだけど」
「何そのカオス空間……」
大体姉ちゃんがおかしなことをしたり語り始める時というのは、本や歴史書に影響をうけた時なのだが。
今度は一体何に影響をされたのやら……。
「期待に添えなくて悪いがどこもこんなもんだぞ? 治安が悪いっつったって、ウーノの街中に比べればってだけだからな……それでも人攫いや強盗はしょっちゅうだから近寄りたくはねえけどな」
「なんだ、そうなのね」
「なんで残念そうなんだよアンネ………」
残念そうに口を尖らせる姉ちゃんにフレンはは呆れたようにため息を漏らすが、まぁいいかと呟いて酒場のカウンターへと向かい、後ろを向いて作業をしている女性の元へと歩いていき声をかける。
「よぉマスター、今日は珍しく繁盛してんじゃねえか」
ガラガラの店に対するいつものような皮肉。
そんな失礼極まりないセリフに、声をかけられた女性はゆっくりと振り返る。
褐色の肌に茜色の髪の女性は、フレンの姿を見ると嬉しそうに口角をく、と上げて微笑んだ。
「あらあら……誰かと思えばフレンじゃないかい。随分と久しぶりだねぇ、何してたんだい?」
「まぁ最近は忙しくてな」
「あんたがかい? はっ、世も末だねぇ」
「おいこらどういう意味だよ」
「そういう意味さね……あんたが忙しい時は大体騒ぎが起こるからね。疫病神には年中暇していて欲しいってもんさ」
「ったくどいつもこいつも……まぁいいや。それよりも、今日は聞きたいことがあってな」
「だろうと思ったよ……お友達を連れてくるような場所じゃあないからねぇ……とするとあんた達がこいつがよく話してる勇者様御一行かい?」
「あ、はい……ユウって言います。一応、勇者です」
「ほぉ……可愛い子じゃないか。 私はミコト、このブラックマーケットで酒場と、ついでにこの辺りの相談役を請け負ってる。 呼び方なんてどうでもいいけれど、ここいらの奴らからは姉御……なんて呼ばれてるね」
「姉御……むむっ、つまりはお姉ちゃん……」
「姉ちゃん……対抗心燃やさなくていいから」
警戒するように唸る姉ちゃんに、ミコトさんは気分を害する様子もなくカラカラと笑う。
「ははは、そう警戒しなくたってつまみ食いなんてしたりしないよ。その話ぶりからしてあんたがアンネだね?」
「むっ……ユウくんのお姉ちゃんのアンネです」
警戒するように唇を尖らせてそう挨拶をする姉ちゃん。
それに続くようにして、マオは行儀悪くカウンターの椅子の上に立つと胸を張る。
「そしてすーぱーせくしーでぷりちーで偉大なる妾は、マオリーシャ・シン・ウロボロスじゃ‼︎ ふははははは、この妾の素晴らしさを恐れ敬うが良いぞ‼︎」
「お前はいちいち叫ばねえと自己紹介ができねえのかロリっ子。店中で叫ぶんじゃねえよ迷惑だろ」
「何を言うか、偉大なる存在の自己紹介は常に四方三里に届くものなのじゃ‼︎ 品格あるが故なのじゃ‼︎」
「どっちかって言うと……元気いっぱいの幼児の挨拶って感じだけどな」
「誰が幼児じゃ垂れ目こらぁ‼︎?」
フレンの軽口に、歯を剥き出しにして唸るマオ。
そんな二人のやりとりをミコトさんは諫めるではなく、代わりに何か引っかかるような表情を浮かべる。
「ウロボロス? その名前ってどっかで聞いたことがあるような……」
「‼︎?……」
「あぁ、そうだ思い出した、確かその名前、大昔のまお……」
「さ、さーて‼︎ 自己紹介もこれぐらいにして本題に入ろうぜミコト‼︎」
何やら勘付いたようなミコトさんに対し、フレンは慌てて会話の流れを変える。
あまりにも不自然な流れにミコトさんは一瞬キョトンとした表情を浮かべるが。
すぐに状況を察してくれたのだろう。
「そうだね……長くなりそうだしコーヒーでもいれようかね。サービスするよ」
それ以上は何も問うこともせず、ひとつ貸しだよ……とでも言うようにウインクを一つなげてくる。
なるほど、この対応力……姉御なんて呼ばれるわけだ。
感心をしながら僕はつい隣の姉ちゃんと見比べてみる。
「? どうしたのユウくん、あ、分かった、お姉ちゃんとギューしたくなったんでしょ?」
……うーん完敗。




