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11.黄昏時の帰り道

「へー、マオちゃんは召喚師見習いなんだー! すごいねぇ、私も召喚術に挑戦したことはあるんだけど、何故だかみんな呼び出してもうまくいかないんだよねぇ。前に神をも殺すって噂のガタノゾーアを格好いいから召喚してみた時もね、すっかり怯えて動かなくなっちゃって。 気のちっちゃい魔物しか呼べないの。難しいよねぇ、召喚術」


 多分それ、気が小さいんじゃなくて姉ちゃんに怯えてただけだと思う。

 と言いたかったが僕はそっと口を閉じてお菓子に口を運ぶ。


 その後、なんとか姉ちゃんをごまかした僕たちは、姉ちゃんが買ってきたお土産の菓子をみんなで食べながら団欒をしていた。


 隣の国の最高級のお菓子らしいのだが、当然のことながら味などするはずもない。


「あ、紅茶のむ? 魔王軍からいいお茶もらったの‼︎ いつもはユウ君が淹れてくれるんだけれど、たまにはお姉ちゃんが……」


「あ、その、えと……こ、これ以上はお、おきぢゅかいにゃくなのじゃ」


 すっっかり先程の出来事から萎縮してしまったのか、魔王もといマオは姉ちゃんが喋るたびにふるふると震えながら声を漏らす。


「なんだか家族が増えたみたいでお姉ちゃん嬉しいなぁ……みんなでここで一緒に暮らせたらなぁ、賑やかでとっても楽しくなりそう‼︎」


「死刑囚の気分が味わえそう……」


 聞こえないほどの小声でぽつりとフレンは呟いた。


「それだけは……いや、わ、妾も帰る家があるので‼︎?」


「あははは、やだなーマオちゃん、冗談だよー」


 楽しそうに笑う姉ちゃんに、真っ青な表情で愛想笑いを作る三人という異様な光景。


そろそろマオも限界のようであり、フレンの貼り付けたような笑顔も剥がれかけている。


『ゴーン、ゴーン』


 と、そんな僕たちの状況を見兼ねたかのように、家にかけてあった柱時計が鐘をならし、六時を告げる。

 外を見ると空には赤と青の入り混じったかのような黄昏時が訪れており、外には帰路につく人影がちらほらと目にとまる。


「あら、もうこんな時間……」


 姉ちゃんから溢れた言葉は何の変哲もない切りとって貼り付けたかのような定型文。

 

この言葉にこれほど感謝することは今後もう二度とないだろう。

……ないと信じたい。


「ね、姉ちゃんお茶はもういいよ。 そろそろマオも帰らなきゃいけない時間だし……町まで送って行きたいんだけれどいいかな?」


「そうね、もうこんな時間だからお見送りは必要よね。 でもユウ君一人で大丈夫? お姉ちゃんも一緒に行こうか?」


「まだ明るいから大丈夫だよ、フレンもいるし」


「そっか、まぁ何かあってもこの街の範囲内なら大丈夫だし……フレン君、ユウ君をよろしくね?」


「あ、ああ……それじゃどうも名残惜しいけど、お邪魔しました」


 ギクシャクとした笑顔を作るフレンは、名残惜しそうになんて口では言うくせにすでに荷物をまとめて玄関前にいた。


「いえいえー、じゃあまたね、フレン君、マオちゃん。またユウ君と遊んであげてね?」


 喉元に刃を突きつけたことなどもはや忘れてしまったとばかりに笑顔を振りまく姉ちゃん。



 僕たちはそんな笑顔を背に、足早に家を出て離れた場所にある広場まで出る……。


 と。


「なんっっっっっじゃありゃああああああ‼︎?」


 緊張の糸が解れたかのように、広場の真ん中でマオが叫んだ。


 かわいそうに怖かったのだろう、目からは涙が溢れ出している。


「えと、なんつーか……あれがこいつの姉貴だな」


「姉って‼︎? 勇者の姉ってあんなのになるの!? もう潜在魔力量とか嵐みたいなんじゃけど‼︎ ちょっと漏れ出してる魔力だけでも妾と同じくらいとか化け物か‼︎」


 魔王に化け物呼ばわりされる僕の姉とは……。


「えと、僕からすると魔力だけならマオと同じぐらいに感じるんだけど……魔王から見ても異常なの?」


「異常とかそう言う次元じゃないわ‼︎? お主が言う魔力量はあやつの体に収まらないで漏れ出してる分の魔力の話じゃろう‼︎? って言うか魔力が漏れ出すとか言う時点で妾も何言ってるかわからないけれど、ともかくなんであの女人の形保ってられるの‼︎? 何食ったらあんなもんが生まれるのじゃ‼︎? 毎日妖精の踊り食いでもしとるんか!?」


「ははは……あいつならやりそう」


「殴るぞフレン……別に特別なことはしてないよ? 毎日牛乳三杯は飲んでるけれど」


「その牛乳って、グラガンナとか牛魔王とかの乳じゃないだろうの?」


「到って普通の牛乳だと思うけど……僕も飲んでるし」


「むぐぐ、だとしたらなんで……」


「多分、姉ちゃんは生まれつき【改造】っていう特別なスキルを持ってて、その力で自分のことを改造して強くしてるんだと思う」


「改造? 確かレベルアップとは違うアプローチで己を強化できるとかいう超貴重なスキルじゃったか? たしかにそれなら……いやそれでも限度ってもんがあるじゃろう。妾あんなのに冤罪で命狙われてんの? うそ、妾の人生詰みすぎ?」


 愕然とした表情でその場で膝をつくマオ。

 そんなマオの肩をフレンはそっと叩いた。


「まぁ諦めろってマオ、アンネのことは深く考えても頭痛くなるだけだからよ。 唯一の救いは、アンネはユウのこと以外なんも頭にないってことだ。むしろ今日ユウに出会えたのがお前にとっては一番の幸運だったってことだな」


「……むぐぐ、勇者に出会えて幸運って魔王の妾からするとなんとも複雑な心境じゃが、まぁたしかに金髪の言う通りじゃな」


「……いや、そんな大袈裟な」


「いやいや、出会い頭に喉元に刀つきつけられとるんじゃからな‼︎? 大体妾は……わぎゃん‼︎?」


 不意に、日が落ちて薄暗くなった路地裏から現れた人影にマオはぶつかり尻餅をつく。 


「……結構いい音したけれど大丈夫?」

「壁から溝にクラスチェンジしちまったんじゃねえか?」


「うぅ……お鼻打ったけれど大丈夫……あとフレン、貴様はあとでグーで殴る」


「‼︎……」


 ぶつかった女性は一瞬マオへと振り返るが、急いでいるのか足早に街へと走り去っていった。


 暗がりでよく見えなかったが、ボロボロの鎧を身に纏った女性は獣人族だろうか?

 その頭からは丸く曲がった巨大なツノが伸びており、フラフラとした足取りで夜の街に溶け込んでいく。


「ぶつかってきたくせに詫びの一つもなしかー‼︎ こんちくしょー‼︎」


 マオはそう叫ぶ頃には女性の姿はもう街にはなく、マオの声は虚しく黄昏時の空に響く。


「ははは、災難だったな。……ほら立てるか」


「む、ありがと。しかしドラゴンといいこやつの姉といいあの女といい……何で妾ばっかり」


「まぁまぁ、明日はきっといいことあるからそう気を落とすんじゃ……ってお前どうしたんだそれ!?」


 同情するようにフレンはそういうと、マオを助け起こすとそう叫ぶ。


 見れば、たしかにぶつかったマオの顔は、白い何かががべったりと付いていた。


「……ぬおお‼︎? な、なんじゃこりゃ‼︎?」


「なんかの液体……みたいだけど、あの人の服についてたみたいだね」


「うわ、よく見りゃ服までべったりだぞそれ……可哀想に」


「ぎゃああぁー‼︎? これ妾の大事な大事な一張羅なのに‼︎」


「まぁ丁度いいんじゃねえか? ボロっちかったし買い替えりゃ」


「そのお金がないからこれが一張羅なんじゃろうが‼︎」


「ペーパーナイフ買う前に服買えよ……」


「むきーー‼︎ おっしゃる通りすぎて何も言い返せない自分に腹立つー!」


 ぎゃーぎゃーと口喧嘩をするフレンとマオ。

 そんな二人を他所に僕はぽつりと疑問を口にこぼす。


「……あの人、なんであんなに急いでたんだろう?」


「さぁなぁ。ってかこの白いドロドロした液体がなんなのか、考えたくもねえよ。 んなことよりさっさと……」


【ぐるっるるるるる……】


 帰ろうぜ……そう言おうとしたフレンの言葉を遮るように、女性が逃げてきた路地裏の奥から獣の喉なりの様な音が響いた。


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