嘘
「とりあえず、僕と一緒にノスタルジアへ帰ろう」
「ノスタルジアって……?」
ノエルは困ったように首をかしげた。僕は説明する。
「実は、もうこの世界の街や、村は、全部壊されてしまったんだ。ブラッドにね」
ノエルはそのことにはあまり驚かず、頷いた。
「それで、生き残った人たちが集まって作った街が、ノスタルジア。この世界にはもう、ノスタルジアしか街はないんだよ。僕もそこに住んでる。……だから、君も一緒に帰ろう。住むところは、ギルドがすぐに見つけてくれるだろうし」
ノエルの片目が不安げに伏せられる。長い睫毛がぱたり、と動く。
「ギルド……。さっき言ってた、ぶらっどばすたー…っていうのと、関係があるの?」
「ああ。ブラッドバスターは、簡単に言うと、ブラッドを倒すための戦士だよ。ノスタルジアに大きなギルドがあって、そこでブラッドとか、その被害者に関係するいろんな仕事を受けて、報酬をもらうんだ。ちなみに僕はその中の、『ブラッド討伐依頼』っていうのを受けて来たんだけど……、」
僕は言葉を途切らせる。
「あの、どうかした?」
話しているうちにみるみるノエルの顔が曇っていくのだ。何か変なことを言っただろうか。また知らずにノエルを悲しませてしまったのだろうか。
しかしノエルは、予想外の感情をあらわにする。
「そんなの……信じられないよ。ひどい、ひどいよ!」
「え、えぇ…?」
眉と目をつり上げ、わなわなと拳を震わせている。
そう、怒っているのだ。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないよ……!」
勢いよく僕に詰め寄ってくるノエル。反射的に目をそらしてしまう。
「僕、なんか悪いことした……?」
「ユーマじゃなくて!!」
「じ、じゃあ?」
初めて名前を、しかも呼び捨てで呼ばれたことにびっくりして、声がひっくり返りそうになるのをこらえる。
ノエルは大きく息をついて、
「その街の人口は?」
と尋ねてきた。
話が見えず、僕は戸惑うしかない。どうして彼女はこんな質問をしてくるのだろうか。もしかして、ノスタルジアに住みたいから、生活環境について知りたいということなのだろうか。
「かなり、多い。小さくはない街だけど、住む場所を失った世界中の全ての人が集まっているからね。僕の村みたいに生き残りがひとりだけの時もあれば、早く避難してきて多くの人が助かって、一気にノスタルジアに来るっていう時もあったし。……それに、ブラッドに見つからないように、街のまわりの森の木より高い建物は作れないんだ。だからちょっと息苦しい感じかな。街の外は危険だから出て行く人もいないし」
「食べ物は? みんなのぶん、ちゃんとあるの?」
言葉に詰まった。ノスタルジアに住む人がみんな平等な暮らしをしているかと問われれば、たぶん、そうではない。裕福な人と、貧しい人がいる。僕もノスタルジアに来たばかりの頃はお金がなく、食事もモサモサしたパンと具のないスープだけだった。
でもブラッドバスターになって、お金も手に入るようになったし、具の入ったスープも飲めるようになった。そういった意味でもギルドは僕を救ってくれた。
「大丈夫だよ。僕のお金を使えば、2人ぶんの生活くらいなんとかなるし、ね。ノスタルジアで辛い思いはしなくていい。だから、」
僕はにこっと微笑む。少しでもノエルを安心させたかった。
しかし、ノエルはきっぱりといい放った。
「ごめんね、私、その街には住まない」
「え?」
じゃあどうするっていうんだ。この壊れた村で暮らすというのだろうか。
「ねえユーマ。私の話、聞いてくれる?」
「なに……?」
きらり、とノエルの左目の紅石が輝く。飲み込まれそうなほどの赤が、なぜかとても恐ろしく感じた。
「あなたは殺されようとしてたんだよ」
ノエルの涼やかな声が、今はとても冷たく響いた。なぜか腕にぞわりと鳥肌が立つ。
「……だれに? ……ブラッドに?」
――違う。
「あなたはノスタルジアに、殺されようとしてた」
まっすぐに僕を見つめるその目は、悲しんでいるようにも、まだ怒っているようにも、何か別の感情を抱いているようにも見えた。今のノエルは、最初に僕が抱いた印象通り、人形じみていた。
僕が殺される? 「ノスタルジアに」?
胸の中で、恐怖とも不安ともつかないものがもぞもぞと動き回っている。
でも同時にパズルのピースがはめ込まれるように、僕の中ですべてがつながったような気もしていた。
できれば聞きたくない「真実」が、人形のような、その少女の口から告げられる。
「その街……ノスタルジアは、きっと人が増えすぎたんだね。それで、貧しい人たちをブラッドバスターに仕立てて、街から追い出すことにした。ユーマ、あなたもその1人だよね、きっと」
築いた塔が崩れ落ちるように、あっけなく。僕が今まで信じて来たものが、揺らぐ。
「そんなこと……わからないじゃないか。なんで、そう言えるんだよ……」
きっとその塔が元に戻ることはない。わかっていたけれど、聞かずにはいられない。
ノエルはやっと、寂しそうに微笑んで、言った。
「じゃあ、あなたの知っている人で、その『ブラッド討伐依頼』から帰って来た人はいる? ブラッドバスターに、お金持ちの人はいた?」
言葉が出なかった。
ふたつの質問に、僕は首を横に振ることしかできない。「僕たち」が、今まで、必死で見ないようにしてきた現実。
微笑んだまま、ノエルは天井を仰いだ。
「きっとね、みんな、自分のことで頭がいっぱいなの。悲しくて、苦しくて、つらいのはみんな一緒なのに、自分がいちばん不幸だって思ってしまうの。それは、わかるんだ。私もそうだから」
冷たい水を頭から思いっきりかけられたみたいな気分だった。
「自分がかわいそうだって思って泣いてたら、いつの間にか周りの人たちの苦しみとか涙とかが見えなくなっちゃうの。『かわいそうな自分』しか見えなくなっちゃうの。そうしてみんな、優しさをなくしていくの。でも、それを私たちが責める資格はない。ユーマだって、『ブラッドを殺したい』『復讐したい』って気持ちでいっぱいだったでしょ?」
「僕は……」
どうしたらいいのかな?
そう言いたかったけれど、うまく出てこなかった。喉の奥が焼けるように熱くて、また涙が出そうだったから。
ノエルはどこか遠くを見つめたまま、ささやくように言った。
「ごめんね」
「なんで……なんで君が謝るんだよ」
「うん……ごめんね」
ノエルはただただ謝るばかりで、僕の声なんて聞こえていないみたいだった。その声は少し震えていた。僕はその横顔をただ見つめていることしかできなかった。
しばらく静寂が続いたあとで、僕がようやく口にできた言葉は、
「やっぱり、帰ろう」
だった。
「でも……」
言葉を濁すノエルに、
「街に帰って、僕を殺そうとしたみんなをびっくりさせてやりたいんだ」
僕が茶化すように言うと、やっと、ノエルは「なにそれ」と可笑しそうに笑ってくれた。
「これからのことは、きっとなんとかなる。それに、ほら、君とここで出会えたんだからさ、お別れしちゃうの、もったいないっていうか、さ」
「ふふっ、」
「な、なんだよ……」
「なんでも」
ノエルは立ち上がり、ワンピースをひらりと翻して一回転。
「……わかった。私、ついて行くね」
「ほんと……!?」
さらりと聞き逃しそうになった言葉を拾って、聞き返す。
「うん。ユーマと一緒に行くよ」
ノエルの髪が、ふわり、と舞い込んだ風に揺れる。その風が、僕の髪も揺らして通り過ぎていく。それを、なぜだか、とても、嬉しく思った。
「これって、運命かもね」
ノエルは少し目を細めて言う。
「え。」
僕は戸惑う。それってどういう。
「お揃いだし」
ノエルは自分の左目を指差す。
なんだそういう意味か、と、僕はなぜか、ちょっとがっかりする。
それからすぐに、はっとして左腕を抑えた。服の下には、二の腕の外側にへばりつくように紅石が埋まっている。
「何で、ここに石があるってわかったんだ…? 僕は石の話はしてないよね。君はこれを見てもいないし…」
「でも、わかるの」
目を細めたままでノエルは静かに言った。
「それは君が、時の旅人だから?」
「どうかな。そうだといえば、そうなんだけど、違うといえば違うんだよ」
「どういうこと?」
「ひとつだけ。君に見て欲しいものがある」
ノエルは無造作に右手を突き出した。細長い人差し指が、僕……ではなくその背後の壁を指していた。




