表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/74

ひなた


「時の旅人たちはね、時を旅することができるの。つまり、時間を巻き戻すことができるのよ」


「えっ……?」


 驚かないと決めていたにもかかわらず、僕はしっかりと驚いてしまった。

 何かの冗談だろうか。笑い飛ばしてあげるべきなのだろうか。


「自分自身がとある時間に飛ぶ事だけじゃなく、別の人を飛ばしたり、特定のものにかかった時間だけを巻き戻したりもできるよ。さっき、私がユーマの傷を治したのも、実はそれなの」


 ノエルはまっすぐに僕を見つめてくる。

 澄んだ右目と無機質な左目が、揃って「信じて」と訴えかけてくる。

 冗談なんか言わない顔だ。それにあの不思議な治療を体感していながら、嘘だろうとは思えない。


「本当、なのか…?」


 僕も真面目に返してみる。


「本当だよ」


 ノエルは大きく頷いた。


「わかった……信じる」


 その瞬間に、ややこわばっていたノエルの表情がやわらかくなった。子どものように、くしゃっと、無邪気に笑う。

 作り物めいた外見とは対照的だった。表情がコロコロ変わり、素直な笑顔がよく似合う。


「……でも、だとしてもなんで、部族を偽ってまでそのことを隠していたんだ?」


 答えは尋ねながらわかってしまうくらいに、簡単なことだった。


「外の人間に力のことを知られてしまったら、きっとみんな、私たちを放っておかないでしょ?」


 ノエルは悲しげに笑った。

 きっと、時の旅人の力を求める人たちは、ごまんといるのだろう。もしもあの日に戻れたら。そう思い続ける人たちは、いつの時代もたくさんいる。僕だってそのひとりだ。ノスタルジアにはそんな人たちが僕の他にもたくさんいる。

 そんな人たちに時の旅人の存在が知られたら。どうしてでもその力を自分のものにしたくなるに違いない。そのために、時の旅人を捕まえて、研究して……。最悪、殺されてしまうかもしれない。民族がばらばらになることは確実だ。


「そう。私たちはただ、平和に暮らしていたかった。だから、森の中で、目立たないようにひっそりと暮らしてきた。なのに……」


 ノエルはそこでいったん口をつぐんだ。僕は雨に打たれる、悲惨な村の跡地を思い出す。


「ブラッドが、来たのか…」

「ブラッドっていうんだね……あの怪物は」


 僕の言葉がスイッチになったかのように、ノエルの片目から大粒の雫がとめどなくあふれだす。

ノエルは肩を震わせ、嗚咽をあげながら、一生懸命泣くのをこらえようとしていた。溢れる涙を手のひらで必死にぬぐっていた。それでもぬぐいきれなかった涙は頬を伝い、やがてぽとりぽとりと神殿の床をぬらす。


「あの日……っ、突然、あいつがやってきた……! あいつは……むらを、みんなを!」


「ごめん。もういいよ……!」


 気づけば僕はノエルの言葉を遮っていた。その声はあまりに苦しそうだったから。


「もういいよ。ごめん、思い出させて」


 僕の目に彼女はもう、作り物めいた人形のような少女とは映らない。


「君は……」


 言葉は自然と出てきた。


「君は僕と同じだ」


 ノエルが涙でぐしょぐしょになった顔を上げる。


 僕はノエルの、光が宿るほうの目を見つめる。その奥に、何か大切な……僕が求めている「なにか」があるような気がして。

 今、僕はどんな顔をしているのだろうか。


「僕はね、とある村に住んでいたんだよ」


 初めてだ。


「森があって、風があって、空がきれいな。とってもいいところだった」


 この話を人にするのは。初めて。


「でも、あいつ……ブラッドがやってきた。あいつは僕の村をめちゃくちゃにした。みんな殺された。父さんも母さんも、友達も、みんな死んだ」


 不思議なことに、話していても記憶は僕を苦しめなかった。


「僕にはね、妹がいたんだ。エリルっていって、甘えん坊で泣き虫な、僕の大切な妹だった。だけどあの日、あの子も、死んだ。僕をかばって飲み込まれていったんだ……」


 あ、あれ…?


 突然、視界が歪んだ。両方の目から熱いものがじわりとにじんで、こぼれる。


 僕、泣いてるのか…?


「僕はひとりになった。ひとりでずっと生きてきた。悲しいし、苦しい。だから君の気持ちが痛いくらいにわかるんだよ。……だから、」


 ぽろぽろと涙が落ちる。泣いたのは何年ぶりだろう。ノエルも泣いている。

 僕は泣きながら、泣いているノエルに向かって言った。


「だから、僕と友達になってよ!」


 それは本来なら絶対に、泣きながら言うべきではない言葉だった。ノエルは少しの間、ぽかんと僕を見つめていたが、やがて、ぽろぽろと涙をこぼしたまま、太陽のように笑った。


「うん!」


 大きくうなずくノエル。

 その瞬間、僕の中で何かが動いた。優しいものが胸の中に広がって、見えていた景色が色づいて、綺麗になって見える。

 いつの間にか、雨は止んでいた。やわらかな風が青空に溶ける。ひだまりのようなあたたかい光が僕の心に空いた穴を埋める。


「ふふ、変な顔!」


 ノエルの笑い声が光の中に、流れて消える。

 僕は相変わらず泣いている。

 なのに僕はノエルにつられるように心の底から。


「君、笑うの下手だね!」


 笑っていた。

 ぐしゃぐしゃの顔で、ぼろぼろに泣きながら、それでも僕は笑っていた。

こんなに思いっきり笑ったのも、いったい何年ぶりだろう。

 陽の光が僕たちふたりを包んでいた。

 顔を出した青空にはささやかな虹がかかっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ