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運命なんて、二人で変えよう

 鉛を飲み込んだみたいに、胸が苦しかった。

 僕は言葉を絞り出す。


「……命を奪う以外の方法で、この子を――過去のノエルを、止めることはできないの?」


 ノエルは首を横に振った。


「できない。世界の理を書き換えるくらいの祈りの力だもん、説得や話し合いで変えられるような運命じゃないよ。私がブラッドを創ったときの力を超えるくらい、大きな力があればわからないけど……」


 過去に飛ぶので精いっぱいだった今のノエルには、当然、そんな力は残されていない。


「じゃあ、いま、 “この子” を刺したら、そのあと、 ”君” はどうなっちゃうの」

「……消えるよ。過去がなくなったら、私は今にはいられなくなる」


 僕は奥歯をぎゅっと噛みしめる。

 ノエルはやっと、寂しそうにではあったけれど、笑った。


 過去のノエルは、今のノエルに時間を止められて動かないまま、虚ろな目をして虚空を見つめている。

 大切な故郷と家族を奪われた怒りと悲しみに、静かに燃える瞳だった。

 ――確かにこの子は、最低なことをした。この子にすべてを奪われたし、今まで僕はずっと、この子を憎んで生きてきた。この子に復讐するためだけに生きてきた。


 だけど。


「……僕は、君と旅した時間が、今まで生きてきた中で、いちばん、楽しかったんだよ」


 流れる涙を止めようとは思えなかった。

 子どもみたいに大声を上げて泣きじゃくりたい気分だった。


「色のない世界に、色がついたみたいな。雲が晴れて、太陽が出てきたみたいな。まぎれもなく、そんな時間だったんだ。君といれば、どしゃ降りの雨が降ってても、気にならないような。そんな旅だった」


 ノエルも、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「僕には、君が眩しかった。ただ、君が綺麗だからとか、君に恋をしているからとか、それだけじゃない。僕にはない強さを持つ君が、ずっと、眩しくて、あこがれだった」

「ユーマ……?」


 ――ああ、これは、「僕」じゃない。

 見知らぬ記憶と感情が、涙となって言葉となって、あふれ出してくる。

 知らないのに、どこか懐かしくて温かい。きっとこれは、今の僕がノエルに出会うずっと前の思い出。夢で見た、前の世界の、僕の心だ。


「故郷も家族も、何もかも奪われて、ぼろぼろに傷ついて。どれだけ絶望しても、君は、力を振り絞って、立ち上がった。そして理不尽なこの世界を、丸ごと変えてしまった。世界を変えるほどの、君の強さが、僕には輝いて見えた。――あの日の僕は、守りたいものを守れる強さを持ち合わせていなかったから。ただ、自分の周りの世界がこれ以上すり減らないように、必死に隠れて暮らしていただけだったから。……だから、自分に足りない輝きを持ち合わせている君に、惹かれたんだ」


 今話しているのは「僕」じゃない。だけど、まぎれもなく、これも「僕」なんだと思えた。すべての過去が、今の僕を形作っている。運命は最初から決まっていた、なんて、あながち間違いではないのかもしれない。


「君は僕の一等星なんだ。その方向を目指して夜の海に漕ぎ出す、一等星。その光を消すことは、僕にはできない。その輝きを曇らせるような障害は、僕が取り払ってあげたい。……だから僕は、君のしたことがどれだけ残酷でも、どれだけ君を憎んでも、君を否定できない。君がこの世界で苦しんで人間を憎んだことを、全部否定して、僕だけが幸せに生きることなんてできないよ」


 ノエルはぶんぶんと首を横に振った。


「私は……償いきれないほどの罪を犯したんだよ。ユーマの大切なものをたくさん奪った。ユーマがこれまで、倒そうとしてきた相手は私なんだよ」

「もちろん、君の苦しみは、罪なき他の人間を滅ぼしたってなくならない。だから、罪なき人たちをたくさん犠牲にしたのは、君の罪だ。だけど、その罪は、君の悲しみ、苦しみ、そして、決意、そのものなんだよ。世界を変えたいっていう、大きな決意、そのものなんだよ。だから僕が、君を終わらせることは、できない」


 ノエルがおもむろに僕の左腕を掴んで引き寄せる。どろどろに汚れたジャケットの裾を、手のひらの色が変わるくらいに強く握りしめて。


「私を止めれば、ユーマの幸せな生活が戻ってくるんだよ。ユーマだけじゃない。旅の途中で出会ってきた人たちも、きっと平和に暮らしていける。これまでのユーマの戦いも罪も、全部なかったことになる。もう戦わなくても苦しまなくても、傷つかなくてもよくなるんだよ」


 ノエルが僕を見上げてくる。彼女と僕の身長はほとんど同じくらいだと思っていたけど、今はやけに、ノエルが小さく見える。

 僕は笑って、そっと頷いた。


「……わかってる。だから僕は、君を止めたい」

「え……?」

「叶えるよ。ブラッドのいない世界。僕の愛する人たちが、幸せに暮らせる世界。……そこから君を除外することなんてできない。君のいない世界に、もう意味なんてないんだよ」


 視線をさまよわせるノエル。戸惑っているのがはっきりとわかって、なんだか可笑しい。


「僕は君を救いたい。君を守りたい。君の罪を一緒に背負いたい。君が罪を背負って歩かなくてもよくなるように、一緒に歩きたいし、背負った荷物を降ろせる日まで、一緒にいたい。そのために僕は、世界を変える」


 掴まれていた左手をそっと振りほどき、すかさずノエルの両手を自分の両手の中に収める。

 ノエルは、僕を見上げている。

 片方だけの、美しい瞳に、僕はそっと笑いかける。


「運命なんて、二人で変えよう」

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