子守唄
居間の奥に続いていた部屋が寝室だった。そこには細い木材で組まれた簡素なベッドが四つあった。その全部をくっつけて、ユーマ、エリル、ユーマのお母さん、そして私の、四人で並んで眠ることになった。
四つ目のベッドは誰のものなのか、そもそもこれは尋ねていいことなのかどうか、逡巡していると、
「これはお父さんのなんだけど……」
と、エリルが歩み寄ってきて教えてくれた。
「お父さんは、今……?」
エリルは首を横に振った。
「わかんないんだよね。前の家に住んでた時も、お父さん、お仕事であんまり家にいなかった。私たちの村がブラッドに襲われた時も、お父さんだけが家にいなくて、離ればなれに避難してきたの。きっとお父さんもぜったい、ノスタルジアに避難してきてるはずだから、この街のどこかにいるはずなんだけど、ギルドの人にお願いしても、なかなか見つからなくて……」
舌足らずに一生懸命話すエリルの姿に、ちくりと胸が痛む。
もしかしたら、彼らのお父さんはもう……。
「だから、今はお兄ちゃんがお父さんの代わりなんだ。お母さんは体が弱くて、あまり外には出られないから、私とお兄ちゃんで力を合わせて、この街で生きていかなくちゃいけないの」
ユーマとユーマのお母さんは、居間の隅の台所で夕飯の後片付けをしている。並んだ二つの背中が、時折楽しそうに笑い合う。
エリルはその背中を、遠い目をして見つめる。
「お兄ちゃんはね、私たち家族を、守ってくれようとしてる。あんなだけど、私は、とてもかっこいいと思うんだ。」
二人が寝室に入ってくると、エリルは子守唄を歌ってほしい、と母にねだった。
ユーマのお母さんの、柔らかくてか細い声が、小さな寝室の中で、夜の闇とあたたかに溶け合う。
エリルはすぐに寝息を立て始めた。
ユーマも眠っているのか、動かない。
二人に挟まれた私は、なかなか寝付けないまま、目を閉じていた。
やがて子守歌が終わって、どのくらい時間がたっただろう。
「ノエルちゃん、もう眠ってしまったかしら」
ささやくような声が、丸まって眠るエリルの向こうから聞こえる。
ユーマのお母さんの、柔らかい声は、私の返事を待たず、続ける。
「今日、ノエルちゃんがユーマと一緒にいてくれるのを見て、私、安心したの。ユーマにも、甘えられる人がいたらいいなって思ってたから」
私は目を閉じたまま、少し、寝返りをうつ、ふりをする。
「あの子は私たち家族を守るために、一生懸命働いてくれてる。まだたった十二歳なのに。だからいつもひとりぼっちで、心配してたの。あの子のことは誰が守ってくれるのかな。誰が、そばにいてくれるのかな、って。」
ほんとうは、私が守って、そばにいて、あげたいんだけれどね。
消え入るような声だった。
ユーマのお母さんはもう一度、歌を歌ってくれた。私のためだけに歌われる、子守唄。
『手を伸ばせば遥か彼方 どこへでも行けるさ 果てない空へ 君は独りじゃないから』
時間が戻ればいいのにと思った。もう一度、なにもかもをやり直したい。こんな結末を変えたい。それが叶わないならせめて、目も耳も塞いで、全部忘れて、暗闇の中で真っ白になって消えてしまいたい。
ふたたび静寂が訪れる。お母さんも、もう眠ってしまっただろう。
瞑っていた目を開け、そっと上体だけを起こして窓の外を見てみる。月か星の明かりで、夜の空は濃紺にうっすらと輝いていた。




