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魔法

 痛む体に力を込め、立ち上がろうとする。

 だけど、うまく力が入らない。骨にヒビでも入っているのだろうか。十分すぎるほど、あり得るけど。


 体が重い。目眩がする。

 座っているのも面倒くさくなって、僕は斜めに倒れこんだ。体じゅうにビシッと電撃のような痛みが走り、顔を歪める。


「ねえ、大丈夫?」


 少女が僕を見下ろしていた。思ったよりも幼い顔立ちだ。年は僕と同じくらいだろうか。背は低めで、とてもほっそりしている。大きくてくりくりした右目と、紅石の埋まる左目が、僕を覗き込んでいた。


「ぼくは……?」


 僕は彼女から目をそらすことが出来ずにいた。作り物のように美しい彼女の顔立ちに、左目の紅石だけが異質に、無骨にきらめいている。


「きみは、勝ったよ」


 少女は頷く。眠っていた時に比べて、彼女の頬にはかすかに赤みがさしたように見える。


「けが、してるの?」

「うん……」


 声がうまく出ない。掠れた声を絞り出す。


「立て…ない」

「じゃあ、治してあげる」


 彼女は言った。でも、簡単に治るけがじゃないことは多分、一目瞭然だろう。


「むり、だ……骨が折れたり、してるかも……」

「だいじょうぶ」


 彼女はいとも簡単そうに言う。

 きっと気休めに言ってくれているのだろう。


「手、出して?」


 僕は言われるがまま、傷ついてわずかしか上がらない右腕を差し出す。

 少女はしゃがんで、僕の雨に濡れた手を、優しく包み込むように握った。冷たくなっていた僕の手が、じんわりと温かくなる。


「あ……の」


 今度は別の意味で声がうまく出ない。

 少女は僕の手を握ったまま、ぎゅっと目を閉じた。なにか、ぶつぶつ呟いている。

 まさか、私は魔法使いだ、なんて言うんじゃないだろうな……なんて。


 考えた刹那、僕はびっくりさせられる。


 彼女が触れている僕の右手から、腕、肩、そして全身へと、ぬくもりが広がっていくのだ。そして温かくなったところから、痛みがなくなっていく。自分を縛りつけていたものがほどけていくようだ。まるで魔法だ。


 そのぬくもりは、とても懐かしかった。

 父さんの、母さんの、エリルの。家族のぬくもりを思い出させる。ぬくもりは僕を遠い記憶の中へといざなう。僕は目を閉じる。



 雨は少し弱くなり、静かに穏やかに降っていた。

 神殿の中。入り口近くの石造りの床に、僕は少女と並んで座る。開け放った扉から差し込む外の光が暗闇を照らす。


「ありがとう」


 とりあえず、感謝の気持ちを伝える。


「どういたしまして」


 少女はにっこり笑って返してくれる。


「もう、平気? 痛いところとか、ない?」

「うん。平気。体も元どおりちゃんと動くし、全然痛くない。……その、本当にありがとう」


 頭を下げ、そして、まだ名乗ってもいないことに気づく。


「えっと、僕はユーマ。ノスタルジアってところから来たんだ。ブラッドを倒す、ブラッドバスターっていう仕事をやってる。その、まあ、よろしく」


 なんだかうまく目を合わせられない。真っ直ぐ見つめたら、そのまま見とれてしまいそうだからか。

 僕の声はさっきからずっと上ずっている。

 少女はくすっと笑う。


「私はノエル。よろしくね」


 少女――ノエルは手を差し出してきた。

 僕はその真っ白な手をそっと握る。

 ノエルはきゅっと目を細める。


「こうやって、他の人と――特に同じ年くらいの人と話すの、久しぶりだよ」


 ノエルの言葉に「僕も」と頷く。心臓の音がうるさいのはそのせいかもしれない。


 とはいえ、この少女については謎だらけだ。


「そういえば、君、なんでこの神殿で倒れてたんだ? 君はサヤトの人間なのか? それに、さっきの……魔法みたいなの、あれはなんなんだ? 君は……」


 そこまで言ってから僕は言葉を途切らせた。

 ノエルが悲しそうな、苦しそうな顔をしてうつむいていたからだ。


「あ、ご、ごめん…」


 問い詰めすぎたかもしれない。ノエルにだって、つらい過去があるだろう。そのことは彼女の左目が証明していた。


「嫌だったら、言わなくていいから…」


 うつむいたまま、ノエルは首を振る。


「ううん。話す。聞いてほしい」


 隣の僕を見て、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。


「私はね、この村――サヤトの住人だったの。この村は『時の旅人』っていう、『時間』を崇めて大事にする部族が集まってできた集落なんだけど……」


「時の旅人? 『緑の民』じゃなくて?」


 聞いていた話と違う。

 ノエルは曖昧に頷いた。


「うん……。『緑の民』はね、私たちの表向きの名前なの」


「表向きの、名前……?」


「私たちはあまり外の人たちの目に触れないようにしてきていてね、表向きには、森とか山を信仰する部族である『緑の民』ってことにしておいて、時間を信仰しているということを秘密にしてきたの。そのために森を切り開いて村を作って……そうやって私たちは絶対に人に見られないようにしてきた……。」


「なんで、そんなことを…?」


「信じてもらえないかもしれないんだけど…」


 ノエルの表情が、不安げに、やや曇る。

 だから僕は、何が来ても驚かないぞと心に決める。

 ノエルは言った。


「時の旅人たちはね、時を旅することができるの。つまり時間を巻き戻すことができるのよ」



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