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旅の果てに

 ユーマは、とても静かに私の話に耳を傾けていた。

 あまり表情を変えることなく、ただ時折、小さく頷くだけ。

 すべて話し終えた後、ユーマは言った。


「――どうして人間をみんな滅ぼす必要があったの? 例えばだけど、君の故郷を奪った、その人たちだけじゃ、だめだったの?」


 問い詰めるような口調ではなく、純粋に疑問に思っているみたいな、同じ目線に立って考えようとしているみたいな口調だった。

 少し考えて、私は答える。


「……この村は小さな村だけど、そこにある風景も、家族も、友達も、村の人々も、草木も動物も、この神殿も、私が13年間生きてきた世界のすべてだった」


 そんな私の世界を壊した「人間」という生き物は、悪魔みたいだった。

 自分たちの利益のためだけに、村を襲ってめちゃくちゃにして、時の旅人の力を奪おうとした、あの心無い人たちに流れているのと同じ色の血が、私たちにも流れている。そう考えるだけで吐き気がしたし、目の前が真っ暗になった。

 人間は、こうやって、奪って、奪い返して、また奪ってを、無限に繰り返す。争うことをやめられない。


「だから、こんなに悲しい生き物、みんないなくなっちゃえばいいのにって。こんな負の連鎖は、終わらせたほうがいいのかもしれないって、そう思ったんだよ」


「同じ人間が、罪もなく、殺されることに、心が痛んだりはしなかったの?」


 ユーマは言葉を一つ一つ選び取るように、慎重に言った。


 夢の中の光景を、思い返してみる。

 私が生み出した怪物が、罪のない誰かの人生を踏みつぶしていく光景を目の当たりにしても、正直、かわいそう、とか、申し訳ない、とか。そんなことは全然思わなかった。


「同じ人間だからとか、そんなことは、関係ないんだよ」


 だって、私たちはあの人たちとは違う。

 村を襲ったあの人たちだって、絶対に、私たちのことを同じ人間だとは思っていない。

 だったら、自分たちのことは自分たちで守るしかないって、そう思った。


「私がこの村を奪った人たちに復讐できたとして、きっと未来は変わらない。人間という生き物がいる限り、悲劇はまた繰り返される」


 この世界を変えるためには、こうするしかないんだって、あの時の私は、思ったんだと思う。


「あなたにはわからないかもね」


 吐き捨てた私に、彼は、


「うーん、そうだね。……でもまあ、少しは、わかるよ」


 そう呟いた。


 わかるなんて、軽々しく言わないで。


 言いたかったけど、なぜか、うまく声が出なかった。


「別にわかってほしいとも思わないよね、ごめん」


 彼が眉を下げてふにゃりと笑う。私はきまりが悪くなって、目をそらした。


***


 走馬灯のように、頭の中を駆け巡った記憶は、誰のものだろう。

 とても懐かしくて、温かくて、胸を刺すように苦しい。

 僕の記憶じゃない。これは、彼女の記憶だ。

 こんな世界を創った、女神さまの記憶だ。


 僕の足は、腕は、僕の意思なんてお構いなしに、過去のノエルに向かって、槍を構え、地を蹴って突き進む。きっと、今のノエルが僕の体を操っているんだ。


「やめろ! 僕はこんなことしたいわけじゃない!」


 僕は背後に向かって必死に叫ぶ。


「君を傷つけたくないんだよ! ねえ、ノエル!」


 今のノエルは、何も答えない。

 代わりに、祈り続けていた過去のノエルが、ぱっと両目を開いた。

 槍を構えて突進する体勢のまま、僕はごくりと唾を飲み込んだ。

 真っ白な長い睫毛に縁どられた、くるりと丸い、大きな瞳。彼女の両目を見るのは初めてで、このままずっと見とれていたいと思う。


 過去のノエルが、右手をさっと高く振り上げる。真紅の血だまりから、紅い氷柱(つらら)が浮かび上がった。

 槍の穂先とちょうど同じくらいの大きさと鋭さ。その氷柱が、何十本も生み出され、過去のノエルを護衛するかのように取り囲む。


「邪魔しないで」


 過去のノエルは言った。


 その瞬間、氷柱が一斉に、僕めがけて飛んでくる。

 身を屈め、体をひねって、五月雨をかわす。だけど、一対多だ。敵うわけがない。すぐに、かわしきれなくなった氷柱が脇腹を、腕を、太腿を抉り去っていく。


「ぐっ……!」


 痛みをこらえながら血だまりの地面を転がる。全身が真っ赤に濡れていた。それでも僕はまた、高く跳躍し、槍を構える。

 今までのどんな戦いより、体が軽かった。紅石の力を、一滴も余さず使いこなしているという、清々しい感覚があった。――その感覚に、身を委ねてみたくなった。

 だって、全部、君のせいなんだ。僕は大切なものをなくして独りになった。寂しくて、虚しくて、なんのために生きているのかわからなくなった。消えてしまいたくなった。

 それも全部、なかったことになる。

 心臓が高鳴る。僕は、ふっと体の力を抜く。どうせ抗ったって、僕の体は止まらない。

 操られるまま、本能の赴くままに、身を任せてみる。


 幾重にも降りかかってくる、斬撃の雨。その一瞬の隙。気配の穴。ここを貫けば、とどめを刺せる。その道筋が見える。

 その道を、素早く、正確に。


「ノエル……」


 ノエルの両目が、大きく見開かれる。それが、コマ送りのようにゆっくり、はっきりと見えた。


 ――これで、僕と君が出会ったことも、全部、なかったことに。


「ノエルっっ!!!!」


 槍を握る両手に、踏み込む両足に、すべての力を込める。

 やっぱりだめだ。君を失いたくない。

 それでももう、僕の体は止まらない。


 お願い。

 時間が、止まればいいのに。

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