出会い
*
故郷では、大切な人に紅い宝石のアクセサリーを贈る風習があった。
紅は、血のつながりや、運命をあらわすらしい。
あなたと同じ、紅い血が私にも流れていることを誇りに思う、というような意味だろうか。
お母さんは、お父さんからもらった紅い宝石のペンダントをずっと大切に身につけていた。
私が生み出した精霊たちの体にも、同じ色の石が埋め込まれている。
それに気がついた時、凍えていた胸の奥がほんのりとあたたかくなった。
もう私は、この世界でひとりぼっちだと思っていたけれど、あなたたちは、私の家族だものね。
私が生み出した私の家族たちは、人間という生き物を、ただ、滅ぼし続けた。
まるで、人間が羽虫を押しつぶすように。熟れた果実をぱくりと齧るように。
大きな龍の精霊が尻尾を一振りすれば、家々は、粉々に砕け散る。その地響きを聞いて、慌てて外に飛び出してきた人間たちは、街を徘徊していた鳥の精霊たちに取り囲まれ、あっという間にやっつけられてしまう。
私はそれを、空のずっとずっと高いところから、ただ見ていた。物語の語り手のような、あるいは神様のような視点から、終わっていく世界をただ眺めていた。
なんだか、おもちゃ箱の中で、お人形遊びをしているみたいだった。
人間という生き物が真紅の血を流すのを見るたび、ああ、殺されていくこの人たちにも、村を滅ぼした悪魔みたいな人たちにも、私にも、同じ色の真っ赤な血が流れているんだな、とぼんやり思った。
*
目を覚ますと、頬にひんやりと硬い石の感触があった。
コケとカビの湿った匂いが、つんと鼻をさす。
長いこと、しかもずいぶんと深く、眠っていた気がした。
体を起こそうとするけれど、全身が痛くて重いし力も入らない。
見ていた夢のことだけは、とても鮮明に覚えていた。
私の生み出した精霊が、世界を滅ぼしていくのを、ただ見ている夢。
そしてきっと、あれは夢なんかじゃなくて――。
「目が覚めた?」
「……!?」
思いがけず近くで声がして、心臓が止まるかと思った。
勢いよく上半身だけを起こすと、目の前に、ぽかんと口を開けた顔があった。きっと私も今同じような顔をしている。
明かりのない、石造りの空間。ここはきっと、サヤトの神殿の中だ。天井近くに作られた小窓から差し込む陽光が、うっすらと声の主を浮かび上がらせている。
間の抜けた表情で私の顔を覗き込んでいるのは、私と同じくらいの年齢の、男の子だった。茶色の猫毛が、奥二重の優しそうな目にかかっている。ジャケットの袖やズボンの裾からのぞく手足は、心配になるくらいひょろりと細長い。
「大丈夫……?」
まだ声変わりしきっていない、少し高くて、でも少しハスキーな声が、穏やかに鼓膜を揺らす。
サヤトの住民に、こんな男の子はいない。そしてどうやら、時の旅人の力を狙う人たちの仲間でもなさそうだ。
「誰……?」
少年は、ユーマと名乗った。
「君は? どうしてこんなところで、一人で倒れていたの?」
「……私は、ノエル」
答えながら、ああやっぱり、この村にはもう、私ひとりしか残されていないんだな、と思った。
記憶がないと誤魔化すと、彼は素直に驚きながらも今の世界の様子を教えてくれた。
ブラッドと呼ばれる生物が、この世界を滅ぼし続けてもう5年になること。
今は最後の街・ノスタルジアしか残されていないこと。
ブラッド、というのは、きっと私が生み出した精霊たちだ。
私が夢の中で見ていたのはすべて現実だったのだ、と悟った。
と同時に、私はあの日から5年もの間、この神殿で眠っていたのか、と驚く。
人間が何も口にせず、5年もの間生き延びられるものなのだろうか。
それに、見下ろしてみた限り、私の体は少しも成長していないし、髪の長さもそのまま。
まるで、私に流れる時間だけが、あの日から止まってしまったみたい……。
「ところで、君のその目……」
少年がおずおずと私の顔を覗き込む。
目? そういえば、さっきから見え方がいつもと違うし、めまいがするような気がしていた。長い眠りから覚めたばかりだからだと思っていたけれど。
左目を抑える。
「わっ」
思わず声が漏れた。
明らかに自分の目ではない硬い感触があった。
目の前の少年を見る。
「まっかな石が、埋まってる」
少年は遠慮がちに、教えてくれた。
「そう……」
私にも、あの精霊たちと同じ、真紅の石が。
もう、私は人間じゃないのかもしれない。私は怪物だ。
なんて皮肉なんだろう。この体には、恨むべき人間としての赤い血が流れ、左目には紅の石が埋まっている――。
「――君だったんだね、この世界を終わらせる、あの怪物たちを生み出していたのは」
あまりに唐突な少年の言葉に、心臓が大きく跳ねた。
すべてを見透かされているような気がして、後ずさる。
「どうしてそう思うの」
必死に平静を装いながら、なるべくそっけなく、問う。
少年はきゅっと目を細めて、苔むした天井を仰いだ。
「あの怪物が僕の故郷を壊すのを見ていた時、誰かがどこかで叫んでいるような気がしていたんだ。助けて、私はここにいるよって」
彼はブラッドに故郷を破壊され、今は最後の街ノスタルジアで、家族と生活しているらしい。生活費を稼ぐために、街の外の廃墟都市を調査する任務に参加したところ、現地に向かう途中急な雨に降られ、この神殿に迷い込んだのだった。
「ずっと、君を探していたんだ」
屈託なくそう言われて、胸がどきりとしたのは。
持ち合わせているはずのない、罪悪感がうずいたのだろうか。
「助けてほしいなんて、私は一言も言ってない」
私は吐き捨てるように言った。
「人間なんか、滅びちゃえばいいのにって、思ってるんだから。私にはこんなに大きな力があるんだから」
これではもう認めてしまったようなものだ。少年はひときわ大きく目を見開き、まじまじと私を見つめる。
「……かまをかけられてるかもしれないとは、思わなかったの?」
「……だって、君があんまり強そうじゃないから」
「傷つくなあ……」
少年――ユーマは苦笑しつつ、自分の着ていた上着を私のむき出しの膝の上にかけてくれた。
雨の音が、細く柔らかく、聞こえてくる。
「どうして、滅びちゃえばいいなんて思うようになったの?」
ブラッドが、この少年の家族までも奪っていなくてよかった。
もしそうだったなら、彼は今、こんなに穏やかで優しい表情で、私に話しかけてはくれなかっただろう。
少し迷って、私はこの男の子に今までのすべてを話すことにした。
どうせ、もうすぐ終わる世界だ
この人だって、私だって、いなくなるのだから、最後くらい、誰かに話してもいいか。
そう思えたのだ。




