青い目の、
そして今、あの日の約束を果たすときが来たのかもしれない。
僕は怪物になり果てた国民を、殺し続けている。
もやのかかった思考回路で、頼りにするのは王女の無邪気な笑顔だけ。
かつての仲間たちにむかって、何度も剣を振り下ろす。
もう胸が痛むことなんてない。手のひらから伝う感触に吐き気がすることもない。
何も感じない。
すべては、王女のためだった。
たとえブラッドになり果て、もう人間に戻ることは決してあり得ないのだとしても、守ると誓った国民を斬るのは、王女にとっては残酷で、とても苦しいことに違いない。
ならば、こんなに苦しい地獄から、僕が貴女を救い出してあげる。悪に染まった国民を、僕が代わりに殺してあげる。
だから貴女が命を選別するなんてこと、しないでほしい。そうするしかないのかと、迷うことさえ、しないでほしい。
その手を汚さないで。その心は、純粋なまま、愛と正義に満ちていて。
だって貴女は、僕の光だから。
僕が見つけた、聖なる光なのだから。
*
「結局あなたも、王女様を信仰してしまっているのね」
少女がくすり、と笑った。皮肉が皮肉にまったく聞こえないほど、無邪気な笑みだった。
真っ白なその少女が声を発するのを、僕は初めて聞いた。
涼やかで可憐な声だった。それでいて、どこか陰のある、無機質な声だった。
少女はこてん、と首を傾げる。
「だけど、あなたの本当の気持ちはそれだけ?」
本当の気持ち。
柄にもなく、胸に手を当てて考えてみる。
僕は確かに、王女を愛して、信仰している。
大好きだから、その手を汚させたくない。
ずっと綺麗なまま、光のもとで守り続けていたい。
他の国民たちと同じように、そんな気持ちを抱いている。
だけど、僕は他のみんなとは違っていたい
僕が見つけたいちばん星を、みんなが我が物顔で見上げるのが、少し悔しくもあったんだ。
***
「王女を殺すのは僕だ……。他の誰にモ、傷つけさせルもんか……」
青い目のブラッドは、うわごとのようにそう呟いているように見えた。
青い目のブラッドは、とても強かった。
自分より体の大きい民も一撃で吹き飛ばし、一閃でいくつもの首を飛ばす。何人もの民に囲まれても、その人間離れした跳躍力で逃れ、そのまま体重を乗せて剣を振り下ろす。
そうして動きを止めたブラッドたちの再生が始まる前に、手際よく左胸の核を破壊していく。
瞬く間に、谷底の民は駆逐されていった。
僕は最後の民――あの額に傷のある兵士のブラッドの核が壊されるのを、信じられない思いで見つめていた。
「どういうことだ……? 彼は敵? それとも味方……!?」
「同じブラッドのことも見境なく殺してる……。あの人だけ、他のブラッドとは違うのよ。本体のブラッドに操られてるんじゃない、自分の意思で行動してる!」
僕の側に駆け寄ってきたノエルが、泥だらけの僕の左手をぎゅっと握った
「ユーマ! 今だよ! あのブラッドの本体を倒しに行こう」
桃色に蠢くブラッド本体は、いまや盾を失って丸裸の状態だ。
地面を蹴って駆け出そうとした僕は、ハッとする。
「待って、ノエル! 何か変だ!」
谷底の民を一掃してもなお、青い目のブラッドの動きは止まっていない。
――振り返った時にはすでに、青い目のブラッドは王女様の首筋に、血に濡れた剣を突きつけていた。
「王女様!」
「あぁ……ぼクはもう、まともじゃないんだよね……」
青い目のブラッドは相変わらず、うわごとのように何かを呟き続けている。
「このままじゃ、貴女のことを殺してしまう……。きっともうすグ、貴女のこともわかラない、ただの怪物になっちゃウ。」
その剣先は、小刻みに震えているように見えた。
王女様はへたり込んでいて動けない。
「や、やめろっっ!」
僕は全力で地を蹴り、王女様と兵士の間に割って入ろうとする。
「だからさ、ぼクを殺して……。はやく。貴女になら、殺されてもいいから。貴女に、終わらせてほしいから。だから、おネがい」
「いやだよ……」
――だめだ、間に合わない!
「王女様、逃げて!!」
ノエルの悲鳴が谷底に響きわたる。
青い目のブラッドが剣を振りかざす。
思わずぎゅっと目を瞑る。
ぶん、と、刃が空を切り裂く音がした。
 




