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ひとりぼっちは、

 青い目の兵士は僕たちと生き残っている兵士数人を連れて、その日のうちに、一度城に戻ることにした。

 王女様に嘘の報告をするためだ。


「本日も無事、国境から『怪物』を一掃しました。家屋損害三件、民間人軽傷が八名、重傷が一名出ております。兵士は三名が深手を負い、現在王室医務局で集中治療中です。民間人兵士とも、全員命に別状はありません」


 僕たちが見てきた国境と農村部の有様とは、まるでかけ離れた言葉が紡がれていく。


「ありがとう。皆無事でよかった。ご苦労様です。ゆっくり休んでくださいね」


 王女様は微笑んで兵士たちをねぎらったあと、ひそかに手招きして青い目の兵士だけをそばに呼んだ。


「近頃顔を見ない兵士がいますが、彼らは無事ですか……?」


 不安げに囁く王女様に、青い目の兵士が笑いかける。


「ええ。城に戻っていない兵士たちは、引き続いて国境の警備に当たってくれているだけですよ」


 表情を曇らせたままの王女様を、揺るがぬ青い目が真っ直ぐ見つめる。


「大丈夫だ。僕たちに任せろ」


 王女様はすがるような目でそれを見つめ返し、頷いた。


 僕とノエルは、うつむいたまま、そんな王女様の目をまっすぐに見られずにいる。



「ねえノエル、ノエルの時の旅人の力で、この人たちをもとに戻すことができるんじゃないのか!? 僕の怪我を治してくれたみたいに、この人たちも元の人間の姿に戻すことができるんじゃないのか!?」


 国境の谷底で、そう言って僕はノエルの力にすがった。

 ノエルの瞳が不安げに少し揺れる。


「……こんなにたくさんの人の時間を巻き戻すってなると、かなり体力を消耗しちゃうかも……もしかしたらまた次の過去に飛べなくなっちゃうかも……だけど……」


 やがてノエルは、決心したように顔を上げる。


「だけど、こんなにひどい仕打ちをされてる人たちを、放ってはおけないよね……!」


 僕は首肯する。


「うんお願いだ……! この人たちを助けよう!」


 ノエルの体にまた負担をかけてしまうことは心配だし、ノエルに頼ることしかできない自分が歯がゆかったが、この現状を打開するにはこの方法しかない。


ノエルも力のセーブの仕方を覚えてきたみたいだし、万一力を使い果たしてしまったとしても、ここでこのブラッドの本体を倒せば、きっとまた紅石の力は回復するだろう。


「やってみる!」


 ノエルは力強く頷き、集中するためギュッと目を閉じる。

 しばらくして、ノエルは目を開けた。

 しかし、何も起こらない。


「だめ、戻らない!!」 


 ノエルは泣き出しそうな表情で僕を振り返った。


「力はまだ残ってるはずなのに! この人たちの時間だけが戻らないの!」


 ――なぜか、時の旅人の力は、ブラッドに変えられた人には使えなかった。

 僕たちは、何もできないまま、誰も助けることができないまま、この城に帰ってきたのだ。



 宿に戻ると、受付のカウンター前の共用スペースで、小さな女の子が絵本を広げていた。僕たちに気づいて顔を上げると、顎先で切りそろえられた栗色の髪が揺れる。


「ひとり?」


 ノエルが駆け寄って尋ねると、女の子はこくんと頷く。

 宿屋の主人がひょっこりと顔を出した。


「やあ君たち、おかえりなさい。その子はウチの子だよ」

「ご主人の、娘さん?それともお孫さんですか?」

「いいや、引き取った子で……。先月からこの宿屋に住んでる」

「引き取った、って、もしかして……」


 主人の含みのある言い方に、僕は誰もいなくなった農村部と、ブラッドを構成する肉片になり果てたあの人々を思い出す。


「その様子だと、”知った”みたいだな。そうだよ、君が想像している通り、この子は両親を『怪物』に殺された。この子だけが助かったんだ」

「そんな……」

「この宿屋には、実はそういう人たちが何人か住み込んでるんだよ。家や家族をなくして、助かってしまった人たち」

「助かって……しまった」

「このご時世、よその国から旅人なんて、滅多に来なくなってしまって、経営が立ち行かなくなってしまってね。もう店をたたもうかと思っていた時、ここを、家をなくした人たちの居場所にしてくれないかって、兵団から頼まれたんだ」


 どうりで。こんな状況なのに廊下ですれ違う人が多いなと思っていたのだ。

 言葉を失う僕に、女の子が笑いかけてくる。


「おとうさんとおかあさん、いまおしごといってるの!かえってくるまで、わたし、おうじさまのえほんよんで、まってるんだー!」


 胸がギュッと苦しくなる。


「王子様の絵本?」


 ノエルがかがみこんで女の子と目線を合わせている。


「そう! おねえちゃんにもおしえてあげる!『むかしむかし、あるところに、まずしい おんなのこがいました。おとうさんとおかあさんといっしょにたのしくくらしていましたが、あるとき、おとうさんはとうぞくにおそわれ、おかあさんはびょうきになって、ふたりともしんでしまいました』」


 女の子は内容をそらんじるくらい、この絵本を何度も何度も読み返しているみたいだ。


「『ひとりでないていたおんなのこのもとに、おうじさまがとおりかかりました。おうじさまはあしをけがしていました。おんなのこがおうじさまを てあてしてあげると、おうじさまは こいにおちてしまいました』


 舌足らずに一生懸命紡がれる物語に、ノエルは夢中で耳を傾けている。その光景が、なんだかほほえましかった。


「『おうじさまは おんなのこをおしろにまねき、ごうかなしょくじでもてなしました。そしていいました。これからどんなてきがおそってきても、どんなこんなんがたちはだかっても、きみのことは、ぼくがまもるよ。せかいじゅうのひとがないていても、まっさきにきみをたすけにいく。きみがあくになろうとも、きみのみかたでいるよ』」


 女の子は目をキラキラと輝かせている。


「わたしのところにも、いつかおうじさまがきてくれるかな。そうだといいな」

「きっと来てくれるよ」


 ノエルはにっこりと笑って女の子の頭を優しくなでる。


「だって、ひとりぼっちは、さみしいもん」


 ぽつりとこぼした女の子の声は、少し震えていた。


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