兵士と王女
翌朝、僕たちは再び城へ向かった。
宿屋の主人の話によると、王女様はこの国の中ではかなりブラッドに詳しいほうで、おまけに兵団を率いるほど強い人物らしい。何か、情報を得られるかもしれないと思ったのだ。
門の前で番兵に事情を説明しているときに、偶然あの青い目の兵士が通りかかり、そのまま僕たちを王女様のもとに案内してくれることになった。
「王女様と、仲がいいんですか?」
城内の、絨毯の敷かれた回廊を歩きながら、ノエルが尋ねる。
昨日の玉座の間での出来事を思い出しているのだろう。
「そりゃもう」と、青い目の兵士は頷いた。
「小さいときから、王女の『お付き』をしてるんだ。もうほんっとに、赤ちゃんの時から、僕は王女を守るために、王女のそばで、一緒に育ってきたってわけ。裸だって、見たことあるぜ」
「はだ……!?」
青い目の兵士はいたずらっぽく笑って「それはさすがにウソ」と片目をつぶる。
僕たちがまだ子供だからなのかもしれないが、彼は王城に仕える職の人とは思えないほど、軽快でくだけた話し方をする。
王女様は中庭で武芸の稽古をしていた。
昨日の豪奢なドレスではなく、麻のボロボロの道着を身に着け、剣の素振りをしていた。額には汗が光っている。集中しているのだろう、回廊から見つめている僕たちの姿に気づく様子もない。
「今じゃ王女様王女様ってみんなから慕われてるけどな、ちょっと前までは本当に、ちんちくりんの泣き虫だったんだよ。『ねぇどうしよう~』『うまくできなかった~』『助けて~』って、すぐ僕のとこ来てさ」
兵士は幼いころの王女様のせりふを声を高くしてまね、くすくすと笑った。
「僕の可愛い妹みたいなもんなんだよな、王女は」
「年齢はひとつしか変わりません」
凛とした声が飛んでくる。兵士がぎょっとしたように口をすぼめた。
王女様が手を止めて、中庭からこちらを見ていた。
兵士の声が聞こえていたのだろう、頬を赤く染めている。
「無駄話はお控えなさい。ご来客に失礼でしょう」
「へいへい。すんません」
王女様がこちらに歩いてくる。
「ユーマさん、ノエルさん、私にご用でしたか」
「あの怪物について、王女様にお聞きしたいそうですよ」
「なるほど、あの怪物について……ですか」
王女様が顎に手をやる。
「実はこの国は、今までに何度も、あの怪物に襲われているのです」
「何度も、ですか!?」
「ええ。毎回、国境の谷で何とか食い止めてくれているというのが現状です。優秀な兵士たちが追い払ってくれていますが、そのたびに失うものは多く、心を痛めております」
そう言って王女様が表情を曇らせた、その時、
「大変だ!」
回廊の向こう側から、一人、別の兵士が駆け込んできた。ヘッドギアを外した彼の額には大きな傷あとが見えた。年齢は三十代前半と言ったところか。
青い目の兵士が「どうしました?」と尋ねる。先ほどとは打って変わって、真剣な声色の、低い声だった。
「怪物が、また、すぐそこまで……!」
彼が言い終わらないうちに王女様は道着のすそを翻す。
「すぐに行きます!」
「待て王女!」
青い目の兵士が血相を変えてそれを引きとめる。
「貴女、自分の立場をわかってるのか!?」
「だからといって、いつまでもここでぼうっとしているわけにはいきません! 今回こそ、私も戦いに……!」
やってきた兵士も応戦する。
「僭越ながらお願い申し上げます。王女様はどうかまだ安全なところに。王女様は皆の希望なのです。王女様が導かなければ、民は光を見失い、恐怖で混乱してしまいます。それよりも、どうか、王女様はこの城下町の民に安全なところに隠れるよう呼び掛けてくださいませ。これは王女様にしかできないことなのです」
「じゃあせめて、城下町の外の、農村部の人たちも、城壁の中に避難させましょう! 国境に近い外よりも、こちらの方がずっと安全でしょう!」
なるほど、この町の城壁の外にも、農村が広がっているのか。ブラッドが出没するという「国境の谷」というのが農村とどれだけ離れているのかはわからないが、王女様の言う通り、だだっ広い平野よりは、この頑丈な壁の中の方が、ずっと安全であるに違いない。
しかし、青い目の兵士は静かに首を横に振った。
「いいや、そこまでしたら、民を恐怖で混乱させてしまうだけだ。農村部の人たちの避難は、僕の部下にきちんと指導させておく」
「でも……!」
引き下がる王女様に、青い目の兵士は優しく言った。
「大丈夫。僕たちが何とかする。貴女が少しでも傷ついてしまったら、民も、僕たちも、希望を失う。大将は最後に出てくるものでしょ。貴女はここでどっしり構えていてください」
そこまで頼られているなんて、王女様はよほどすごい人なのだろう。
王女様は、しぶしぶといった様子で、頷いた。
「……わかりました。ここはあなたたちに任せます」




