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王女様の国

 荒れ果てた大地の真ん中にうずくまっているのは、この国の王女様。

 その側には傷ついてぼろぼろになった兵士がひとり。

 王女様の国は、すたれきってしまっていた。

 王女様は、声をあげて泣いていた。

 そんな王女様の美しい金髪に、兵士の震える手が、優しく触れる。

 兵士は口を動かして、何かを言う。

 そよ風が吹いた。

 荒れ地に強く根を張る小さな花々が、揺れた。



 僕たちがこの国にたどり着いたのは、一週間ほど前のことだった。ノエルの力で時間をさかのぼり、気がついたら、大きな城の門の前に倒れていた。

 おそるおそる門を叩く。まだ子供である僕たちが二人きりであることに番兵はちょっと驚いたようだったけど、あっさりと中に入れてくれた。


「弱きを助けなさいと、王女様はいつもおっしゃっているからな」


 どうやら僕たちを、浮浪している孤児か何かと勝手に勘違いしてくれたらしい。


「とりあえず王女様の元に、挨拶に行きなさい」


 番兵は言った。


 僕たちは導かれるまま、赤いじゅうたんが敷かれた城のホールを進んでいく。

正装とはかけ離れた、決して綺麗とは言えない格好をしている僕たちがそんなところに入っていくのは気が引けたけれど、しかたない。


 王女様は、綺麗な人だった。まだ成人したばかり、というくらいに見える。高い位置でひとつにまとめられた金色の長い髪がふかふかのドレスの上に垂れている。頭にはティアラ、座っている玉座にはたくさんの宝石。


「はじめまして」


 凛とした、透き通った声だった。口元は美しい微笑を形作っている。


「王は病で床に伏しておりますゆえ、私が代わって、ご挨拶申し上げます」


 王女様は、僕たちのような子ども相手にも、丁寧にお辞儀をしてくれた。ぴんと伸びた背筋からは美しさと共に頼もしさも感じる。

 王女様はドレスの上に、番兵が身につけていたものによく似た、無骨で何の装飾もない甲冑を身にまとっていた。よく見れば、腰には短剣をぶら下げている。

 僕の視線をとらえたのか、王女様が言った。


「近頃、得体の知れない怪物が、世界中を破壊し回っていると聞いています。この国の近くでも、街が滅ぼされてしまったとか……。見知りの行商人も、何人か見かけなくなりました」


 王女様は顔を曇らせる。得体のしれない怪物とは、ブラッドのことだろう。


「私は、この国の王女として、国民を守る義務があるのです。ですからこうして、緊急のことが起きた場合、いつでも戦闘に参加できるように武器を携え、甲冑を備えているのです」


 その時、列をなして玉座の両側に控える衛兵の中で、王女様の最も近くにいた兵士がくすりと笑った。それは玉座の間の厳粛な雰囲気には不似合いなほど、肩に力の入らない、親しみのこもった笑い声だった。


「昔は泣き虫だったのに、ねぇ」


 兵士は王女様と同じくらいの年齢に見える青年だった。

 黒髪と青い瞳が特徴的で、その凛々しい顔立ちをにやりとゆがめている。


「うるさいわね。余計なこと言わないで!!」


 即座に言い返した王女様は、直後、はっと我にかえる。

 おほん、と咳払いをして僕たちに向き直り、何事もなかったかのように、また優雅に微笑むものの、その笑みはさっきより少しぎこちない。

 王女様のありのままが、ほんのちょっとだけ顔をのぞかせたような気がした。



 僕たちはそのまま、紹介された宿屋に行った。かっこいいあご髭を生やした宿屋の主人はなにも詮索せずに僕たちを泊めてくれた。

 宿屋の食堂で、夕飯を食べながら、僕たちは顔を寄せ合って話した。


「とりあえず、僕たち、怪しまれていないみたいでよかった」

「そうだね。門のところで追い返されちゃうんじゃないかって、ひやひやしたけど」

「ああ。うまくいきすぎて、怖いくらいだ」


 僕がそう言って笑うと、ノエルも微笑んだ。


「この街にも、もうすぐブラッドが来るのかな……?」

「どうかな。そうかもしれない。でも、僕が倒してみせるよ」


 その時、突然「なあ、坊ちゃん」と話しかけられ、僕は飛び上がった。

 宿屋の主人が、いつの間にか僕たちの座るテーブルのそばに立っていたのだった。


「君たち、外から来たんだろう」

「はい……まあ」


 僕のあいまいな返事も意に介さず、主人は続ける。


「今までに『あの怪物』を見たことはあるかい?」

「……あります」

「そうかい……やつらはどんな姿なんだ」

「いろいろな姿のものがいます。正体もわからない。だからひとことでは言えません」

「そうか……聞きたいんだが……その……」


 主人はなんだか歯切れが悪い。首をかしげていると、主人はやっと、言った。


「怪物は、人ならざるものの姿をとっているのかい?」


 おかしな質問だなと思いつつ、僕は答える。


「僕たちが見てきたもののほとんどはそうでした。中には人間に直接影響を与えて操るような種類のものもいたんですけど……」


 僕は『書のブラッド』のことを思い出す。

 それを聞いた主人は、そうか、とだけ呟いて、すぐに何かを誤魔化すように、やけに明るい声を出した。


「暗い話はよそう! それより坊ちゃんたち、王女様に会ってきたんだって? どうだった? お美しいお方だったろう!」

「は、はい……」


 主人はまるで自分の娘のこと話しているかのように、嬉しそうに語る。


「この国の王女様はな、この国の英雄なんだ。……国王が病気になられた時、当時の宰相が王に代わって、国政を担うことになった。しかし、彼の治世で、政治は腐敗してしまった。彼は私利私欲のために地位を利用しようとしたんだ。それを、王女様が摘発し、革命がおこった。宰相は国外追放。そして、王女様が国政を担われることになったのがおととしだ」

「はあ……」

「あの若さで国民の支持を集め、外交も国防もこなされている。驚いたよ。あの怪物が暴れ始めてからは、兵士団の指揮も取られ、ご自身も毎日訓練をなさっている」


 急に饒舌になる主人に、僕たちはあっけにとられるばかりだ。

 主人はうっとりとした表情で、早口でまくし立てる。


「王女様は、わしら国民をご自分が守ると言ってくださってるんだ。あの方は我々の希望だ。光だ! 怪物が攻めてきたって、あの方さえいれば、この国は安泰に違いない! はっはっは」


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