出会い
「ねぇ……」
僕はおそるおそる声をかける。
返事がない。
揺さぶってみる。
「生きてる……のか?」
髪に隠れて顔は見えないけれど、おそらく少女だ。
少女はとにかく白かった。
白鳥の羽のような、ふわふわの長い髪は、混じり気のない白。まとったワンピースも白。そこから伸びる華奢な手足の色も、白。闇に映える。脳裏に焼きつく。そんな、まぶしい白だった。
僕は彼女の首筋に指を当て、脈をはかる。
――大丈夫。生きてる。
ほっと胸をなでおろす。僕は彼女の顔にかかった白い髪をかき分けて、顔を見る。
そして、
絶句した。
僕は息を飲む。彼女の彼女の右目は固く閉ざされている。
だが左目。
彼女の左目は、なかった。
眼球がない。だが、その場所が空洞になっているわけではない。
そこには「石」があった。
鮮血をそのまま固めたように紅く、半透明で、妖しい輝きを放つ、あの石。そして僕自身の左腕にもある――。
あの石が、彼女の左目だった部分に埋め込まれているのだ。
これが何を意味するのか、僕にはわかる。
やつらに、ブラッドに、やられたんだ。
この少女も僕と同じ、生き残って「しまった」ひとなんだ。
いつやられたんだろう。サヤトの住人の生き残りだろうか。でも、サヤトはとっくの昔に滅びてしまったはずだ。それなら、他の村や国の住人だろうか。でも、それならなぜ、こんなところで倒れている?
謎だ。神殿のことといい、この少女といい、この村は謎だらけだ。
僕は、少女の白磁のような肌に目をやる。
彼女の肌は、「日焼け」とか、「血の気」とか、「色素」とかいう言葉を知らないだろうと思う。同じ太陽の光のもとで生きているのだと信じられないほど、病的に、死人のように、白い。
まさか、この世のものではない何かなのではないか、という考えは、すぐさま頭の外に追いやった。いくらなんでも、この廃墟でそれはまずい。
しかし、もしそうだとしても。こんなことを思うのは失礼かもしれないのだけれど。
彼女はとても綺麗だった。
長いまつ毛。ととのった鼻筋。細い肩。とがった顎。淡い桃色の唇。すべてがあまりに美しくて、まるで精密に作られた人形のようで、思わず見とれてしまう。そして完璧だからこそ、たったひとつの欠落である左目が際立っている。その石の真紅の輝きさえ、作り物めいて見えて、僕は再び、彼女の生死を確認してしまう。
「……生きてる」
*
どのくらい時間が経ったのだろう。
真っ暗な神殿の中にいると、時間の経過がわからなくなってくる。
僕の隣には、眠ったままの少女がいる。冷えないようにと、持ってきた毛布をお腹にのせてあげたが、それでもピクリとも動かない。
まるで時間が止まってしまったみたいだ。止まってしまったみたいな時間の中で、ぐるぐると考える。
とりあえず、ここで、この子が目を覚ますのを待ってみよう。この村のこととか、ブラッドのこととか、聞きたいことはたくさんある。それから、ブラッドを探しに行こうか。
それとも、この子を一旦ノスタルジアに置いてくるべきか。仮に彼女がすぐ目覚めたとしても、僕がブラッドを探しに行ってしまったら、彼女は一人になる。ブラッドが近くにいるかもしれないこの状況で無防備な少女を一人きりにはできない。まずは生存者を安全な場所へ避難させることが最優先だ。
でも、そうすれば僕は、任務を達成しないまま帰ることになる。
かといって、戦いに連れて行くのも危険だ。
というかそもそも、この子が目覚めたら、僕はこの子と喋らなくちゃいけないんだな。
まだ目を合わせたことすらないのに、なんだか緊張してくる。
いいんだろうか、この美しい少女と、魂が抜けてると言われた人間が、会話をして。
「………っっ!」
その時だった。
僕は我に帰った。
弾かれたように立ち上がる。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン……
地響きのような音が、僕が座る神殿の床を、びりびりと揺らす。
間違いない。これは、足音だ。
このすぐ近く。
一定のリズムを刻み、どんどんと大きくなっている。こちらに近づいてきているのだろう。
メキッ……ミシッ……バキッ……
木々を破壊する音も聞こえる。
間違いない。ブラッドの足音だ。
視界が、ぐらりと揺らめくような感覚。全身の細胞が危険信号を発している。
鼓動は一気に速くなり、静寂は耳鳴りに変わる。
僕はこの日のために、今日まで生きてきたんだ。
僕は少女に目をやる。何も知らないままで彼女は静かに眠っている。
守ろう。今度こそ。
僕は歩き出す。
自分の足音が神殿にこだまする。
やつの足音は地を揺るがし、僕のお腹の底に響き渡る。
僕はヤツに挑む。
槍を強く握りしめて。
怒りと、悲しさと、虚しさと悔しさ。そのぜんぶを熱量にして、身体中にみなぎらせて。