海の男たち
船乗りたちが構える銛の先端には、紅の刃がくくりつけられている。
僕が雪の街でスバルからもらった、大量の対ブラッド用ナイフだ。彼から託されたボディバッグは、共に時の旅をしてきている。
そのナイフを船乗りたちの武器にくくりつければ、普通の人である彼らでも、ブラッドと戦えるかもしれないと思ったのだ。
「ナイスアイデアだね、ユーマ!」
片目を瞑るノエルに、まんざらでもない気分で頷き返した。
「行ってくるよ」
「大漁だぁぁ!!」
レノが声高に叫ぶ。
僕たちは船上を舞う。
「す、すごい……」
周りを見て、思わずそうこぼしてしまう。それほど、船乗りたちの銛さばきは、とても華麗で、力強く、美しかった。
飛びかかってくる魚の頭頂部を的確に貫き、船の上の水槽に振り落として、すぐさま次の獲物を捕らえる。目にもとまらぬ速さで、それが繰り返される。
「俺たちの戦場はいつもここだから」
金髪の男が白い歯を見せる。
ブラッドに噛みつかれたらしい船乗りたちの苦悶の声は、絶えずあちこちで上がっている。
ノエルが順番に、彼らを時の旅人の力で癒していくけれど、その額にはやがて大粒の汗がにじみだす。
「だめ! このままじゃ、追いつかない!!」
だけど船乗りたちは傷つくことをまったく恐れない。
「構わねえよ、ノエルちゃん!!」
「このまま突っ込むぞ!!」
未知の生物を相手にしても動じない。
その背中は、とても広く、頼もしい。
「たとえ負け戦だって、突っ込まなきゃ気が済まないのが海の男ってモンなのよ!」
先代があまりに明るく言うから、レノが笑う。
負け戦、と口では言っているものの、二人の「ボス」の目は、まったく燃え尽きてなどいない。
むしろ、とても楽しそうにぎらぎらと輝いている。
不思議な気持ちだった。
とても危険な戦いをしているはずなのに、胸が高鳴って、体の中が熱くなる。
「戦えるってぇのは、とても、嬉しいことだな、レノ!」
「そうですね、先代」
僕も、大きく開かれた魚の口に槍を突っ込み、その喉を貫いて串刺しにしていく。
「だんだん数も減ってきたぞ!!」
レノが嬉しそうに言うのを、僕は信じられない思いで聞いていた。
「あとはあの巨大魚にとどめを刺すだけだ!! 最後まで気を抜くなよ!!」
「おう!!!」
みんなが声をそろえて返事する。
その時だった。
「うわっ! なんだなんだ!?」
「魚が!」
「動き出したぞ!!」
それまでじっと動かなかった巨大魚が、大きく体をうねらせ始めたのだ。
「波が!!!」
海は、それ自体が生き物であるかのように波打ちだす。
「捕まれ!!」
「飲み込まれるぞー!!」
船が大きく揺さぶられ、立っていられなくなる。レノが必死で舵を取るが、そんな努力もむなしく、甲板にどんどんと水が流れ込んでくる。
「船が傾くぞ!!」
レノがぎりりと奥歯を噛みしめる。
「ノエル! 捕まって!」
僕は、船の縁にしがみつき、手を伸ばす。ノエルもこちらへ手を伸ばす。
あと少しで、お互いの指先に届きそうな距離。
僕は精いっぱい身を乗り出す。
僕の手は――虚空を掴んだ。
音が聞こえなくなる。きーんと耳鳴りがする。
びっくりしたように目を見開いて、こちらを見たまま、ノエルは、深い海へ落ちて行った。
「ノエルーーーーーっっ!!」
船体がひときわ大きく揺れる。
「くそっ!」
レノが悔しそうに舵を投げ出し、眠っている愛娘のもとへ駆ける。
すぐそこで、他の船が波に飲まれるのが見える。僕たちの船も、ほぼ直角に傾いている。もう時間の問題だろう。
「ノエル……! 今、助けに行くから!!」
僕は船の縁から手を放し、黒い海へ飛び込んだ。




