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敵襲

「伏せろっ!!」


 僕とノエルはそれぞれ、金髪の男とレノに頭を押さえつけられた。

 ほぼ同時に、火薬の匂いが頭上を貫いていくのがわかった。


「敵襲だぁぁぁ!」


 隣の船から誰かが叫んでいる。それとは別に、苦しげにうめく声や、海に何かが落ちたような音も聞こえる。


「何が起こってるの!?」

「あれが、『向こう側』の新しい武器だよ、ノエル」


 レノがうめいた。


「『鉄砲』っていうらしい。火薬を詰めて、鉄の玉をものすごい速度で撃ちこむ武器だそうだ。どこか遠くの国で発明されて、『向こう側』に伝わった。あれに撃たれた奴は、ひとたまりもねえ……」

「この国には、技術は伝わっていないんですか?」


 僕の問いかけに、レノはゆるゆると首を振った。


「あの武器は北方の『雪降る工業国』で作られたものなんだ。その国の工業技術は世界で指折り。たとえ技術が伝わっても、今その武器を作れるのは、その『雪降る工業国』だけだ。かつて『向こう側』は、俺たちから略奪した資金を使って、その国から武器を買い占めた。おまけにその時、『雪降る工業国』が他の国に武器を売らないよう、協定を結んだんだ」


「略奪した、資金……?」


「海にはたくさんの資源が埋まっている。おいしい魚や海藻だけじゃない。綺麗なサンゴや真珠もそうだけど、それだけでもない。燃やせば大きな工場や自動車を動かすエネルギーが生み出せるという、魔法のような油や、金より珍しい希少な石。こういうものが、海の底にはたくさん、たくさん沈んでいるんだ。これらを欲しがる国は多い。売ればみんな高値で買うんだよ」


 レノの言葉を先代が引き継ぐ。


「『向こう側』は昔からこぞって、ここらの海に埋没している資源を狙ってくるんだ。荒っぽい手段でね。そうして資金を手にし、仕入れた武器を使って、また新たな資金を得るために攻めて来る。こういう連鎖なんだよ」


 甲板に伏せていることしかできない僕たちの上を銃弾が通過していく。

 このままずっと、頭を上げたくない。


 レノ率いる船乗りたちは、(もり)を投げたり、漁業用の網を改造した飛び道具を使ったり、船ごと体当たりするなどして、応戦した。

 決して、自分たちの陣地に敵を入れないよう。

 これは完全な、防衛戦だった。

 この戦い、いや、一方的な制圧が一生終わらないのではないか、と思い始めた時、すっと『向こう側』の攻撃がやみ、船はそのまま去っていった。


「諦めたようだな」

「弾切れでしょう」


 先代とレノが言葉を交わす。


「すぐに負傷者の救護にあたれ!」


 レノの呼びかけに、近くにいた何人かの船乗りが返事をする。

 幸い、命を落とした人はいないらしいが、何人かは血を流して倒れていた。ぐったりして海から引き上げられる人もいる。


 ようやく救護が落ち着くと、船は陸に向けて舵を切り始める。今日のところは撤退だ。これでは漁どころではない。

 レノは呟く。


「やっぱり、こういうのは、何度経験しても慣れない。怖いよ」


 船を操縦しながら水平線を見つめるレノ。その表情は硬い。


「俺は海の男だ。海で生き、たぶん海で死ぬ」


「……レノさんでも、死ぬのが怖いって、思うんですか」


 レノは「そりゃそうだよ」と笑った。


「海で死んだら、家族には、俺の死に目を見せてやれない。海は死体も持ってっちまうからな。……それがどんなに悲しいことか。あいつらは、俺が死んだことを永遠に確かめられないかもしれないんだ。ずっとあの家で俺の帰りを待ち続けて生きなければならないかもしれないんだ。あいつらにそんな思いはさせたくないけど、俺が海で生きている限り、覚悟しなきゃいけないことなんだ。毎朝家を出るあの瞬間が、最後かもしれないんだ」


 昨日の、盛大な「お帰りパーティー」を思い出す。奥さんにも、ひょっとしたら、ミチにも、そういう覚悟があるのだろうか。


 僕も、目の前で死ぬところを見たのは、エリルだけだから、「待ち続ける感覚」は、なんとなく、わかるような気がする。


 あの日見つけた母さんの亡骸は、腕だけ。

 父さんは、そもそも仕事で家にいなかったから、まったく。


 あの日、母さんも父さんも、きっと死んだ。

 わかってはいるけれど、まだどこかで生きているんじゃないかと、時々思ってしまう。


「――何言ってんすか、レノさん」


 金髪の若い男がレノの広い背中を叩く。


「死んでも海から引き揚げますよ、俺たちがね」


 そう言って彼は、にかっと白い歯を見せてレノの顔を覗き込む。

 「死んだら意味ないだろ」と金髪につっこむ先代も、レノに微笑みかける。

 振り返って二人の顔を見たレノは、ようやく頬を緩める。


 しかし、すぐさまその表情はこわばった。


 僕たちを乗せた船のすぐ後ろで、水柱が上がったのだ。


 魚だった。

 漁船がおもちゃのように見えるほど、山のように巨大な魚が、その口を天に向かって突き出していた。滝のようなしぶきを体中にまとって、ひれを翼のように大きく広げている。ばっくりと開かれた口からは針のような牙が無数にのぞいており、濡れた鈍色の鱗がぬらぬらと光っていた。


「ありゃなんだ……!? サメか、それともクジラか……?」


 先代が目を見開く。


「いえ、たぶん、違う……」


 レノが苦々しく呻く。


 僕たちのあとに続いていた船が一隻、ひっくり返るのが見える。乗組員が目を見開いたまま海に落ちていく。


 ぎょろりと大きく飛び出た魚の目が、僕たちの姿をとらえる。


 頭のてっぺんには、紅く光る、「あの石」が。


「ブラッド……!! こんな時に……!」


 歯ぎしりをして、身構える。


「レノさん、けが人を連れて、下がっていてください! ここは僕が何とか……」


 何とかします。言いかけて、僕はハッとする。レノの様子がおかしい。絶望したような表情を浮かべてある一点を見つめている。


「どうかしましたか?」


 レノの瞳は、


「ミチ……どうしてここに……」


 僕たちの乗る漁船のへりにつかまって荒波に耐えている、愛娘の姿を映していた。


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