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出航

 翌朝早くに、僕たちは叩き起こされた。


「ほらお前ら!起きろ!船乗りの朝は早いんだぞ!」

「早すぎだよ……」


 ノエルがもにょもにょと呟く。

 外はまだ暗い。

 僕たちは半開きの目をこすりながらレノの前に整列する。


「今日は見習い諸君には、俺たちの船に乗ってもらいたいと思う」


 レノは高らかに宣言する。


「船に……ですか?」

「そうだ。見習いの仕事は山ほどあるんだ。何事も体で覚えるのが手っ取り早い」


 レノはニカッと笑う。

 僕は不安だった。


「でも、僕たちが海に出ている間に、町がブラッドに襲われるかもしれません……」

「ユーマたちが陸にいる間、海からブラッドが攻めてくるかもしれないだろ」


 レノは即座に返す。そして低い声で言った。


「今日の波の音は、なんだか、騒がしかったんだ。これから、何か良くないことが起こる気がする」


 ようやく目が覚めてきた。


「そんなこと、わかるんですか?」

「ああ、毎日海にいると感じられるようになるんだよ」


 レノの目は真剣だった。


「もしもこの航海中にブラッドが現れたなら、ラッキーだ。俺たちは力を合わせて、それを倒せる。この町を守ることができる。……協力してくれるな?」

「もちろんです」


 僕は頷く。


 その時、


「いいなあ!」


 部屋のドアの陰から飛び出してきたのはミチだった。僕たちの話を聞いていたらしい。

 僕は、そもそも彼女がこんなに早くから起きていたことにびっくりする。


「お父さん、 私も船に乗りたいよ!」


 ミチは父にすがりつく。

 しかし、レノは首を横に振った。


「だめだ。ミチにはまだ早い。海は危険なんだ」

「なんで! ユーマお兄ちゃんたちはこの街に来たばかりなのに船に乗れるのに? 私は小さいころからお父さんのこと見てきて、お兄ちゃんたちより海のこと何倍も知ってるよ!」

「でも、だめだ」


 レノは頑なに拒むばかりだ。


「うぅ……」


 有無を言わさぬレノの口調に、ミチは目に涙を溜める。


「ごめんな」


 レノはミチを抱きしめ、頭を撫でてから、僕たちを連れて部屋を出る。


「いってきます」


 振り返ると、部屋にひとり残されたミチはうつむいたまま立ち尽くしていた。



 水平線から顔を出した白く輝く朝日が、藍色の空を明るく染め上げていく。幻想的な紫色の空の下、海は光を反射してきらきらと踊っている。


 僕たちは、出港した漁船の上から、遠ざかって小さくなっていくレンガの町並みを眺めている。


「ミチのこと……よかったんですか」


 ミチのあの悲しそうな顔を思い出すと、可哀想になる。あれだけ船に乗ることを望んでいるミチより先に僕たちが船に乗ることになるのは決まりが悪かった。

 僕の言葉にも、レノは首を横に振った。


「あいつはまだ船に乗せられない。あいつは海に夢を見過ぎてる」

「夢……?」


 レノが少なからず海に消極的なイメージを持っているらしいことが、少し意外だった。

 今の彼は、「お父さんかっこいい」とミチに誉められたときに見せた、あの嬉しそうに緩んだ表情からは想像もできないほど険しい表情をしている。


「あいつは、海は穏やかで美しいものだと思ってるんだよ」

「違うの?」


 ノエルは首を傾げる。


「ああ、違うよ。もちろん穏やかで綺麗なところもあるけど、それだけじゃない。海は怖い。飲み込まれたら、二度と上がっては来られない。俺たちは常に、死神に両足首を掴まれながら船に乗ってるんだ」


 僕にはなんとなく、レノの言いたいことがわかる気がする。

 眼下の海に目をやる。

 表面はきらきら輝いている海も、目を凝らすと、暗く、深いものだとわかる。

 もし、ここに落ちたら。想像するだけで、悪寒がする。


 レノは船のへりから手を離し、甲板にどかっと胡座をかいて、続ける。


「海は生き物だ。普段は穏やかな海も、時には猛威を振るうこともある。嵐の時とかな。人間を滅ぼそうとしているんじゃないかっていうくらい暴れることだってある」


「……想像もつかないや」


 ノエルが言う。今の海は、ワルツを舞うように揺れているだけ。


「本気を出した海は凄い。人間がいかにちっぽけな存在なのか、思い知ることになる。そんな海を、あいつはまだ知らない」


 レノは遠くの朝日を見つめながら笑った。


「ミチは海で生きる以外の道を見つけてもいいと思ってるんだ。ミチが大人になるまでにじっくり考えて、それからでも遅くないと思うんだ」


 その笑みはどこか寂しそうでもあった。



 今日の船は、全部で三隻。

 それぞれに何人か乗組員がいて、レノの船に乗っているのは、レノと僕たち「見習い」二人と、あと二人、金髪の若い男性と、ひげもじゃのおじさんだ。おじさんの方は、レノよりもひとまわりほど年上に見える。


「彼は先代のボスだ」


 レノの紹介に、おじさんは「もう隠居だけどね」と頭をかいた。


「まだまだ現役じゃないですか」


 レノが笑う。


「いやいやなんのなんの。俺が現役の時ぁ、すごかったんだよ、見習い。千年に一度、あるかないかぐらいの、でっかい嵐が来たんだ」

「おじさん千年も生きてないでしょう」


 金髪の男性がつっこむと、おじさんは「うるせぇな、おじさんじゃねえよ」と掴みかかるフリをする。


「とにかく、すごかったんだよ。壁みたいに高い波が来て、船が何隻も飲み込まれた。ちょうど、『向こう側』の奴らが新しい武器を使い始めたのも、その時期だったからな。仲間が何人も、戻らなくなっちまったよ」

「そうなんですか……」


 おじさんは、その時仲間が死んだ責任をとって、引退したのだそうだ。


「あなたのせいではなかったのに……」

「違げぇんだよレノ。これは俺のケジメだから。……それに、本音を言うと、先陣きって海に出るのが、怖くなっちまっただけだから」


 おじさんは少し寂しそうに、白い歯を見せた。


「ねえ、さっき言ってた、『向こう側』って何? 新しい武器って?」


 ノエルが尋ねた瞬間、


「伏せろっ!!」


 僕たちはそれぞれ、金髪の男とレノに頭を押さえつけられた。


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