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家族

 船が岸に着いた瞬間、女の子が駆け寄ってきた。短い赤髪をなびかせ、くりくりと大きな目をキラキラと輝かせている。


「お父さん!! おかえり!!」


 そのままレノの胸に飛び込む。レノが言っていた僕たちと同じくらいの年の子供とは彼女のことだろう。


「おうただいま! ミチ!」


 ミチと呼ばれた少女はレノの胸板にうずめていた顔を上げて僕たちを振り返る。


「お父さん、この子たち誰っ!」

「こらミチ、人を指ささない。……こいつらは俺たちの船の新しい見習いだ。一緒にこの町の平和を守ってくれるんだ」

「じゃあ新しい下っ端だ!!」


 さすが親子。語彙が同じだ。

 しかも僕たち、いつの間にか「仲間」から「見習い」に降格している。


「私はミチ! 十歳! よろしくね!」


 ミチは頭ひとつぶん低いところから僕を見上げる。

 エリルが生きていれば、この子と同じくらいの年になるはずだったんだ……。

 その姿がエリルに重なりかける。

 閉じ込めていた記憶が一気に呼び起こされそうになって、顔をそらしてしまう。


「よろしく」


 思わず口調がぶっきらぼうになってしまった。

 取り繕おうとしたが、幸い、ミチは特に気にした様子もなく、レノの手をぐいぐいと引っ張る。


「ねえお父さん! 早くおうち帰ろう! お母さんがフィッシュパイ焼いてくれてるんだよ!」

「おう! ほんとか! お父さんフィッシュパイ大好きだ!」

「知ってるよ! 今日は『お父さんお帰りパーティー』なんだから!」


 ミチは、笑顔を輝かせ、僕たちを振り仰いだ。


「新入りの下っ端さんたちも、食べていくよね!」



 パイの上に、魚の頭が刺さっている。上向きに。

 虚ろな目で天を仰いでいるかのようなその魚たちと、目が合っている気がして、非常に食べづらい。


 僕たちは港のすぐ近くにあるレノの家に招かれていた。大きな窓から、宝石のようにキラキラと光る海が見える、赤い三角屋根のかわいらしい家だ。

 びしょ濡れの僕たちに熱い風呂をくれたレノ一家は、夕食も一緒に食べようと申し出てくれた。


「さあ、食べて!」


 レノの奥さんが穏やかに微笑みかけて、皿を差し出してくれる。綺麗で優しそうな人だ。

 招かれておいて食べないわけにはいかないので、皿を受け取る。

 突き出た魚の頭と見つめあいながら、パイを口に運ぶ。


「お、おいしい」


 奥さんのパイは、見た目のインパクトに反してとてもおいしかった。魚から出たコクのある出汁がクリームソースと絡み合って、深みのある味になっている。


「よかった!」


 奥さんはパイを食べる僕たちを嬉しそうに眺めている。

 奥さんの足元では、おしゃぶりをくわえた幼い男の子がぺたぺたと這いまわっている。レノとミチと同じ赤髪と、奥さんにそっくりな穏やかそうなたれ目の持ち主だ。ミチの弟で、名前はウィルというのだそうだ。


「お父さんの仕事はね、この町を守ることなんだ」


 ミチが誇らしげに言った。

 「食べながら喋らない」と叱る父も、内心嬉しそうだ。


「お父さんはすっごくかっこいいんだよ。ねえ、どうしてお兄ちゃんたちはお父さんたちの団に入ろうと思ったの?」


 船乗りの組合には、別に入りたくて入ったというわけじゃないんだけど……。

 内心苦笑しつつも、ありのままを伝えることにする。彼女の無垢な瞳には真っ直ぐに答えてあげたい。


「今この世界には、ブラッドっていう、怖い生き物がいるんだ」


 ミチは「知ってる」と頷いた。


「僕は、その生き物からみんなを守りたいんだ。あの怪物にもう誰も傷つけられない世界にしたい。みんなが平和に暮らせる世界にしたい」


 ミチはテーブルに身を乗り出す。

 

「お兄ちゃん、私もね、お父さんみたいに、この町を守れるようになりたいんだ。大きくなったら、私も船に乗りたいの」


 ミチは言った。レノが釘を刺す。


「俺にあこがれてくれるのはとっても嬉しいけど、危険な仕事だぞ」

「わかってるよ。だから、大きくなって一人前になってから。海に負けないくらい強くなって、町を守りたいの。お母さんもウィルも、私が守るよ」


 奥さんはミチの笑顔をまぶしそうに見つめている。


「お兄ちゃんも、この町のみんなを守りたいって思ってるんだね。じゃあ私やお父さんとおんなじだね」


 大きな瞳で僕の顔を覗き込んでくるミチに微笑みかえす。


「ああ。同じだ。僕はこの町を守りたいよ。それにこの町だけじゃない。僕は世界中のみんなを守りたい」

「みんな?」

「そう、みんな。世界中のみんなだよ。この世界の誰も、ブラッドに苦しめられない世界にしたい」


 しばらくぽかんと口を開けていたミチはやがて、目を輝かせた。


「お兄ちゃんかっこいい!!」


 そして、隣に座る父を見上げて無邪気に言い放った。


「私、ユーマお兄ちゃんと結婚する!」


 その瞬間、僕に向けるレノの視線が一気に冷たいものになる。奥さんがそれを笑いながらなだめる。

 それから楽しい食卓は続いた。

 ミチの弟・ウィルが、離乳食をこぼす。奥さんが慌ててそれをふき取る。「おかわり!」レノとミチが揃って空になった皿を掲げる。奥さんは嬉しそうだ。


「ユーマ、ノエル。食べ終わったら、食器の片づけを手伝ってくれる?」


 奥さんが言う。この家の人たちは、僕とノエルのことを、「お客さん」としてというよりも、家族の一員であるかのように扱ってくれる。それが嬉しくて僕たちは「はい!」と大きく頷く。ウィルもすっかり僕たちに心を開いてくれており、奥さんの腕の中から手を振ってくれる。ノエルが「かわいいね」と笑って小さく手を振り返している。

 夕飯のあと、ノエルと皿を洗っている時、言葉は自然と出た。


「僕、このひとたちのことは絶対に守りたいと思うよ」


 こんなに温かくて幸せな家庭が、壊されてたまるか。

 ノエルは優しいまなざしで、「私も」と頷く。

 その時だった。ミチが僕たちのそばに歩いてくる。風呂から上がったばかりなのだろう、髪を濡らしたままだ。


「どうしたの?」


 ノエルが少しだけ屈んでミチと視線を合わせる。いつも無邪気なノエルが年上っぽく振る舞っているのが新鮮だった。

 ミチは淡々とした口調で言った。


「ユーマお兄ちゃん、さっき、こう言ったよね。『世界中のみんなを守る』って」

「うん、言ったけど……」


 頷く僕を、ミチが真っ直ぐに見上げる。


「海の向こうの人たちも、守るの?」

「え?」

「私、海の向こうの人たちは、守らなくてもいいんじゃないかなって思うの。死んじゃったって、別にいいじゃん」


 僕は何も言えなくなる。

 海の向こうの町とこの町とは敵対関係にあると、確かさっきレノが言っていた。


「だって向こうの人たち、悪さばかりするんだもん。向こうの人たちがどうなったって、私たちには関係ないよ。だから、ユーマお兄ちゃん、私たちをいちばんに守って。お願い」

「……」


 その時、レノの声が飛んでくる。


「ミチ、髪の毛ちゃんと拭けよ! 風邪ひくぞ!」


 ミチは「はーい!」と振り向いて、すぐに父のもとに駆けていく。


「ミチ、もう寝なさい。ウィルを寝かせてやってくれ」


 タオルでわしゃわしゃと頭を拭かれるミチは、素直に「わかった!」と笑顔を見せている。


「それじゃ、おやすみ」


 きょうだいをいっぺんに抱きしめてから寝室に送り出したレノは、やがて静かに僕たちに向き直る。


「ちょっと外の空気でも吸いに行かないか」



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