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初任務

 初夏の風が吹き抜ける。吹く風を、すうっと体に取り込む。

 いいにおいだ。昔から、このにおいをかぐと、わくわくするような、それでいて、胸の奥がじわりとあたたかくなるような、泣きたくなるような、そんな不思議な気持ちになる。

 今日の空は、雲ひとつない快晴。ぽかぽかした太陽が無性に懐かしくて、僕はまた、昔を思い出しそうになる。


 だめだ。もう忘れようって、決めたんだろ。


 自分に言い聞かせる。

 あの日のことは、忘れてはいけないとは思う。だけど、また思い出して心を痛めていたりしたら、僕はいつまでたっても弱いままだ。


 歩いて来た方角を振り返る。ただひたすら、でこぼこの森の道が続いている。

 もうずいぶん歩いてきた。ノスタルジアはかなり遠くなった。

 そのさらに向こう、ずっと西のほうまで森はひと続きになっている。

 そこに、僕の住んでいた村があった。

 目を凝らしてみる。

 やっぱり、何も見えない。


「ははっ」


 こんなに決意を固めてもなお、まだ後ろを振り返ってしまうなんて、我ながら呆れる。僕はわざと、笑い声をあげてみる。

 ……だめだ。

 僕はエミリーのように楽しい気分にはなれない。すぐに、笑うのをやめた。

 そして歩き始める。


 向かう先は、「サヤト」という名前の、東の山裾の村。

 そこも正確にいうならば「だった場所」だ。サヤトだった場所。ずっと前に、村はブラッドに襲われて滅んでしまっている。

 以前ノスタルジアの調査隊がこの廃村の調査に出向いた際、付近を徘徊するブラッドを目撃したらしい。幸い調査隊に被害はなかったそうだが、近々ノスタルジアに接近する恐れもある。というわけで、そのブラッドを討伐するために、ブラッドバスターである僕が出向くことになったというわけだ。

 とは言え詳しいことは、何も聞かされていない。倒す相手がどんな姿なのかさえもだ。きっと、ギルドが得ている情報が少なすぎるのだろう。


 だけど、できるかできないかは問題じゃない。やるんだ。

 柔らかな風と、少しの郷愁を振り払って、僕は歩みを進める。



 東の山岳地帯に着いた。空は、昨日とは大違いの、曇天。


 ぞわり。


 背中でいくつもの虫が這い回っているかのような感覚がして、僕は顔をしかめた。古い記憶が目を覚ますのがわかった。


 僕の目の前は、がれきの山だった。


 ところどころ、乾いた血痕か黒く残っている。

 ひんやりと、冷たい風が体に当たった。悪寒がして、思わず身震いする。

 辺りを見回す。調査隊はこの廃村付近でブラッドを目撃したとのことだが、どうやら今このあたりにはブラッドはいないらしい。どこかへ移動したのだろうか。


 僕はこの村・サヤトの跡地を見て回ることにする。

 一歩。また一歩。足を前へ。

 僕はゆっくりと進んでいった。ひび割れた大地の上を、音をたてないように、ゆっくり。

 家々のがれきは、雨風にさらされ、カビやコケが生えて、ボロボロになっていた。

 胸の真ん中に大きな穴を開けられたような。その穴を、ひゅうっと風が唸って吹き抜けているような。そんな気分だった。


 僕の村も、こんななのかな。


 足を前へ。前へ。

 立ち止まったら思い出してしまうから。

 一歩ずつ。僕は前へ進む。


 この村は以前、「緑の民」と呼ばれる民族が住む村だったそうだ。

 彼らは山や森などの自然に宿る神を深く信仰していた。だから、山の近くに村を作り、暮らしたのだとエミリーが言っていた。

 そして、その神をまつるための神殿が奇跡的に今も残っているということも。


 僕はやっと立ち止まった。そして、()()を見上げた。


 目の前にそびえるのは、大きな大きな石造りの神殿。こんなにへんぴなところにある村の神殿なのだから、もっとこぢんまりした、地蔵やほこらみたいなものかと思っていたが、実物はかなり立派だった。

 神殿は、村の最奥部に静かにたたずんでいた。まるで森に守られ、森の中で眠るかのように。ところどころに蔦が絡みつき、森との境目が曖昧になっている。蔦の長さや、神殿の汚れ方からすると、手入れされなくなって四、五年の月日が経っているように思う。おそらく村が襲われたのもそのくらい前のことだろう。この村はブラッドが現れてからわりと早いうちに壊滅したようだ。


 しかし、なぜここだけが残っている?

 森に囲まれてブラッドには見えなかったのか。

 それでも、こんなに大きな建物なんだし、それに、人も何人かはいたはずだ。その人たちはどうした? 村は全滅なのに、こんなに綺麗に神殿だけが残るのか?


 僕は疑問を頭の中にメモして、神殿へと足を踏み入れる。バックパックからライトを取り出し、慎重に前へ進む。

 ぐるりと内部を見回す。

 入口へ入ってすぐに、のぼりの階段が両手に見える。外観からするに、おそらく二階建てだ。

 正面の突き当たりには三つの扉。中央の扉には優しく微笑む女性の姿。左右にはそれぞれ、山や森、木々や草花の彫刻が施されている。さすが、自然を重んじるというだけある。

 僕はとりあえず真ん中の扉を開けた。石のこすれる不愉快な音が響き渡る。

 扉の奥は暗く、埃っぽいにおいがした。厚く積もった埃の上に踏み出すと、足跡がつく。

 ライトの明かりしか頼ることのできない暗闇でも、だだっ広い部屋だということがわかる。天井も高い。壁にも天井にも、携帯用のライトでは届かないほどだ。

 進み続けると、床が一段高くなっているのがわかった。部屋の中心付近だろう。祭壇のようなものも置かれている。


「え……?」


 思わず声をあげた。祭壇の上に、何かがある。


 まさか。まさかそんなはずは……。

 それに近づく足が、震える。

 うそだ……嘘だろ?

 近づくにつれ形がはっきり見えてくる。


 現実なら、生きててくれよ……!


 それは、白かった。闇の中、輝くような鮮やかな、白。

 髪も肌も、着ている服も真っ白な、白い人間。


 人が、祭壇の上で倒れていたのだ。

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