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墓標

〇月〇日

今日から日記を書こうと思う。

俺は何年かかっても最愛の人の病を治すことをここに誓う。これからは研究に没頭することが多くなるだろう。工場の経営も維持していかなければならない。妻や息子に会う時間は減るが、いつか、また三人で幸せに暮らせることを祈っている。






〇月〇日

ブラッドと呼ばれる化け物が出現したと報じられてから、この街は変わった。

中央の対ブラッド用兵器研究施設に資源を提供するよう、街工場はしきりに政府からの圧力をかけられている。このままでは資金援助が途絶える。工場の経営も、治療薬の研究も、困難になってしまう。

あいつらの言いなりになるしかないのか。

だが俺は、諦めない。






◯月◯日

この街の底力にはやはり目を見張るものがある。対ブラッド用兵器を次々と開発したことも然りだが、近隣で発生したブラッドの死骸を持ち帰り、そこから実験用にクローンを作り出すなんて、自分の勤務先ながら、驚きだ。

全世界な危機なんだから、どうせなら各地に輸出して、人類の抵抗力を上げるための糧にすればいいのにと思うが、お偉方は、技術を独占したいらしい。なんでも、危機後の世界で優位に立つためだとか。まあ、単純に、交易が難しいこのご時世には情報の伝達も難しいというのはあるんだろうけど。


危機後の世界ね。


その頃には、俺が、家族三人、平和に暮らせていますように。






◯月◯日

ヤバい話を聞いた。誰にも言えないのでここに書く。

この街の人々は現在、ブラッドへの恐怖と不確かな情報に踊らされ、分断と混迷を極めている。そこで街を統括する最終手段として、飼育中のクローンの政治的利用を検討する… …とかなんとか。

つまり、街の政治が立ち行かなくなったとき、最終手段としてクローンを使った恐怖政治を行うかもしれない、ということらしい。

そんなバカな。


俺が死んだ後に誰かが読んでくれますように。






◯月◯日

妻が死んだ。

何も考えたくない。





 

◯月◯日

ここのところ、どうして妻は死んだのか。そんなことばかり考えている。やはり、あの本による噂の、ストレスのせいだろうか。

だとしたら、許せない。






◯月◯日

今日思いついた。

実験用に飼育しているブラッドを、街に放ったら、みんな死ぬんじゃないか。と。

根拠もないお伽話を信じて、その結果だれかを殺してしまうような奴らなんて、いなくなってしまえばいい。

本当にやっちまおうかな。






◯月◯日

昨日書いたことだが、やっぱりやめようと思う。俺の憎しみに息子まで巻き込むことになるのはごめんだ。

妻を救えず、死に目にも会えなかった情けない俺だけど、父親として、息子だけは死ぬまで守り通さなければならないと思ってる。

息子とはもう長いこと会えていない。息子はもう俺の顔なんか覚えちゃいないだろう。死んでると思っているかもな。


息子は妻の死を目の当たりにしたらしい。俺のように、いや、俺以上に、悲しみ、絶望、不安、憎しみを募らせているかもしれない。

息子には、どうか、真っ直ぐに、素直に生きてほしい。俺みたいに、憎しみに駆られて誰かを傷つけるようなんて、考えてほしくない。復讐という苦しみの連鎖に陥ってほしくはない。


もしも俺の息子、スバルが、その手を誰かの血で汚そうとすることがあったなら。そうせざるを得ない状況にあったなら。


俺が代わりにその汚れを被ろうと思う。





「父……ちゃん……?」

 雪の中、冷たくなった研究員は、もう何も語らない。

 白衣のポケットからこぼれ出ていた黒革の手帳。何気なく拾って、読んだ。そこに書かれた手書きの文字。必死で追ううちに、震えが止まらなくなる。


 研究員が、発砲する前、何か口を動かしていたことを思い出す。

 あの時、もしかして、言っていたのか?


 ――「お前の手は、汚させない」


 時間はもう、戻らない。無知だった俺の時間は、巻き戻らない。


 ばっちゃんの言葉を思い出す。


 本は、墓標より確かな、その人の、生きた証。


 俺は穴を掘っている。ばっちゃんの隣。小さな木の下。

 黙々と、穴を掘っている。

 ここで、せめて、安らかに。

 墓標の代わりには、この「書」を建てようと思う。





 誰よりも、『知る』こと。そして、いつか、皆を『導く』こと。

 それが、俺にとっての復讐なんだそうだ。最期にばっちゃんが言い遺した。


 ああでも、あのチビが言うことには、一年かそこら後には、世界はたった一つの街を残して全滅しちまうとかなんとか。

 その未来は、あのチビのおかげで変わったのだろうか。それとも。


 まあいい。もしも俺があのチビの言っていたノスタルジアという街に行くことになったら。


 その時は気ままに、武器屋でもやろう。

 この街の技術と、俺の独自の技術をかけ合わせて作った、対ブラッド用の武器をその「最後の街」に持ち込んでやろう。そういえばチビが持っていた、長槍、かっこよかったな。


 そして、俺もいつか、本でも書いてみるかな。

 なんて。


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