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変わらないもの、変わったもの

 小さな墓の前で、祈りをささげる。

 かがんで目を閉じ、手を合わせ、それぞれの故郷のやり方で祈る。


 三人とも言葉を発しないでいると、遠くの人の声がよく聞こえた。書のブラッドにとりつかれることもブラッドクローンに襲われることもなく無事だった、この街の人たちの声だ。

 彼らが近くの民家からおそるおそるといった様子で出て来るのがわかる。


「もう、『化け物』はいないのか…?」

「私たち、助かったのね……」

「誰だ……誰がこんなにたくさん『化け物』を倒したんだ……」

「それより、どうしてこんな、たくさん『化け物』が……? だってこの街の警備は完璧なはずじゃない!」


 人々は、あのブラッドが工場で作られていたクローンだということは知らない。


「防壁に穴でも空いてたんじゃないか?」

「今すぐ調べさせないと……」

「待てよ、そういえば、何日か前に、得体の知れない外国人が来たって噂じゃないか」

「ああ、知ってるわ、その話! 小さな男の子と女の子よね」

「そうそう、しかも女の方は、白い髪に、眼帯をしているんだとよ」

「実は、眼帯の下には目がなくて、代わりに真っ赤な石が埋まってるらしいぞ……」

「なにそれ!こわーい!」


 僕は隣で祈っていたノエルをちらりと見る。不安げに眉を八の字にしたノエルも、僕を見つめていた。

 紅石を隠すための僕の手袋も、ノエルの眼帯も、戦いの途中で外れてどこかに落としてしまっている。僕たちの紅石は、朝日を反射してキラキラと輝いている。


「それ、まるであの『化け物』みたいじゃない?」

「やだ、その子、実はあの『化け物』が化けた姿なんじゃない?」

「じゃあその子が仲間を呼んだのよ、きっと! それが、この大群なんだわ!」

「どこだ! そのガキどもは!!」

「街から追い出せ! 殺しちまえ!」


 人々の視線が、僕たちに集まるような気がして、ぞっとする。


「……お前ら、もう行け」


 スバルがぶっきらぼうに言った。


「頼んだぞ」


 その一言に、彼の思いのすべてが詰まっている気がして、僕は、精一杯、スバルの目を真っ直ぐに見つめて、大きくうなずく。


「はい」


「俺はここで、もう一仕事あるから」


 そう言って亡骸の山と遠くの喧騒を見据えるスバルに、頭を下げて。

 僕たちは走る。

 道に積もって、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされた雪が、足に絡みついて走りづらい。

 人々の声が追いかけて来る。



 スバルとおばあさんが暮らしていた、路地裏の小さな薬屋。静かで昼間でも薄暗くて、人目を避けるのには最適なこの場所。

 旅立つ準備をするために、スバルが使って良いと言ってくれたのだ。

 寒さと人の目から身を隠すように、地下室にもぐり、部屋の隅で、ノエルと肩を寄せ合う。


「あの時ノエルが止めてくれたから、僕はこの街を燃やさずに済んだ」

「ユーマって時々びっくりするような発想するんだね」

「はは……。そのおかげで、この街は滅びずに済んだ」

「そうだね。この街は、ユーマがいなかったら滅んでた」

「だけど、おばあさんは救えなかった。それに今回は助かっても、また近いうちにこの街は、ブラッドに襲われるかもしれない」


 真実を知らない街の人たちの顔が思い浮かぶ。


「運命はこれで変わったのかな? 僕のしたことに意味はあったのかな」


 口からこぼれ落ちた言葉を、ノエルが優しくすくい上げる。


「きっと、意味はあったよ、ユーマ」


 ノエルはとても軽やかな口調で、屈託なくそう言う。ノエルにそう言われてしまえば、本当にそうなのかもな、という気持ちになってくるから、不思議だ。


「君は何かの歯車を回したはずだよ」


 ノエルの優しい声が、背中に刺さった街の人々の心無い声を抜きとっていく。


「それに、ブラッドが生まれた『始まり』まで遡ってやり直せば、おばあさんも救えるよ。だから大丈夫だよ」


 僕はノエルの手を取る。

 ノエルが微笑んで、目を閉じる。力を使うために、集中し始めたのだろう。


「行こう」


 次の過去へ。


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