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魂の証


「おばあさんのお墓、こんなところでいいんですか。もっと家の近くとか、先祖代々のお墓とか、そういうところじゃなくていいんですか……」


 言ってしまってから僕は、おばあさんがこの街の出身ではないと言っていたことを思い出す。おばあさんはノエルと同郷で、迫害を逃れてこの街に来た人なのだった。

 スバルは口元だけで笑った。目は真剣なままで、彼はひたすら穴を掘っている。


「いいんだ、ここで。昔住んでた家はもうなくなっちまったし、今の家も、住みたくてあそこに住んでたわけじゃないからさ。何より、図書館の真ん前だ。自分の命より本を大事にするようなばあさんが眠るには、ぴったりの場所だよ」


 スバルは、図書館の前の広場の隅、ぽつんと立つ木の根元の固い土に、何度もスコップを突き立てている。手伝おうとしたけれど、断られてしまった。


「ひとりで、やらせてくれ。頼む」


 スバルは深くなっていく穴と真剣に向き合う。

 僕とノエルは並んでそれをただ見つめている。



 スバルは穴を掘り続けている。寒空の下にもかかわらず、額には汗がにじんでいる。


「なあチビ、ありがとうな。書のブラッドを倒してくれて」


 出会って数日。初めて僕に向けられた、スバルの真っ直ぐな言葉だった。

 僕はそれを、素直に受け止められない。


 だって、おばあさんは救えなかった。


 あの時――スバルと別れる前に、もし、僕が迷わず街の人を殺していたら。おばあさんは死なずに済んだかもしれないのだスバルはきっとやりきれない気持ちだろうし、僕を恨んでいてもおかしくはない。それなのに、彼は僕にありがとうと言う。


「俺さ、本を燃やそうとしただろ。あれ、ばっちゃんにバレてた。んで、怒られた」


 はは、とスバルは笑って見せる。力ない笑みだった。


「俺さ、昔にも、本を燃やそうとして、ばっちゃんに怒られたことあるんだ」


 彼にはかつて、どうしても許せない書物があったらしい。


「あの日、怒られた日の晩、俺はふてくされてた。どうしてばっちゃんには俺の気持ちがわからないんだって。その時ばっちゃんが言ったこと、思い出した。ばっちゃん言ったんだ。『人間は完璧ではないんじゃ』って。『いつだって不毛に互いを傷つけて、争って、間違える。そのくせ、あっという間に土に還って、記憶もなくなって、また、同じことを繰り返す』」


 おばあさんの声が、よみがえってくる。ふわり、とシチューのにおいが広がった気がした。


「『だから人は、書くんじゃ。忘れぬように。墓標よりも確かな、生きた証を残すために』」


 ざく、ざく、と土を掘る規則正しい音が響く。


「本は、書き手の魂、そのものなんだってさ。書物の中身がどうであれ、それがかたちを成しているという事実そのものが、尊い。書物があれば、書き手は時を超えて、何百年も、何千年も生きられる。……だから本は大事なんだって、ばっちゃん言ってた」


 スバルは自分に言い聞かせているみたいに言った。


「復讐なんて、意味をなさない。同じことを繰り返すのは、バカなやつらのすることだ。そんなことしたって、何も変わりやしない。変えたければ、悲しくても、悔しくても、理解するしかないんだ。誰よりも深く、真理を知るしかないんだ」


 できた、とスバルが手放したスコップが、雪の上に倒れてそのまま埋もれる。


「それが俺なりの、復讐なんだ」


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