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葛藤

 夜に浮かぶ荘厳な図書館は昼間とは打って変わって、ただただ不気味だった。扉に鍵はかかっておらず、重厚な扉に体重をかけるとギィィ…と音を立てて開いた。

 扉が閉まると中は闇に包まれていた。入り口付近にある常夜灯の小さなオレンジ色の光以外に、頼れるものはない。真っ暗な本棚の森の奥から黒い手が伸びてきて、僕たちを引きずり込んでしまいそうだった。


「雪が降ってるのに、月が出てるね……」


 ノエルの声が静寂に溶ける。天井付近にあるステンドグラスの小窓からは、薄靄のかかった月が顔を出していた。

 インクと紙の匂いがツンと鼻を刺し、お腹のあたりに広がる。僕たちは恐る恐る、奥へと歩を進める。

 ブラッドが出てくる気配はない。


「どこだ……!いるなら返事しろ!」


 とりあえず、だめもとで叫んでみるが、物音一つ立たない。


「ひとつずつ、本を調べてみる?」

「だめだ。それじゃ時間がかかりすぎる。それに……」


 たとえ見つけたとしても、書のブラッドはすぐに逃げてしまうだろう。奴は、工場でそうしたように、ある書から別の書へ乗り移ればいいだけなのだから。書のブラッドにとっては、街が滅びるまでこのまま逃げ隠れ続けることなんて、容易いことなのだ。この街はこんなにも、書にあふれているのだから。


「そっか……。じゃあ、どうすれば……」


「実は、工場からの帰り道、スバルさんともこの話をしたんだ。実体のないものを倒すためには、どうしたらいいんだろう、って」


 僕とスバルには、ある考えがあった。



 スバルは一番最初におばあさんの家でブラッドクローンに遭遇した時、酒瓶とマッチを使ってブラッドクローンを撃退した。


「どうして対ブラッド用武器を大量に持ってる俺が、火なんか使ったのかって?」


 工場からの帰り道、スバルは言った。


「あれは実験だったんだよ。ブラッドに、火は効くのか、ってな」


 効かなかったわけじゃないけど、とどめはさせなかったな、あとで研究ノートにメモしておかないと、とスバルは呟く。


「あの状況で探究心を忘れないのはびっくりです……」


 僕はそこで気づいてしまった。


「だけど、火って、書のブラッドにだけは、使えるんじゃないですか……!?」

「あ!?」


 スバルが、飛びかかってきた蟲型のブラッドクローンを叩き切ってから、僕を振り返る。僕もアメーバ状の小さなブラッドにとどめを刺して、叫び返す。


「あいつは言ってました!実体を持たないあいつの容れ物は、本とか、新聞とか、雑誌だって。そして、あいつの本質は『知識』であって、たぶん、『知識』を操ることができるとも」

「ああ……!」

「『知識』は、書に載ってる。書は、すべて、紙でできてる。火をつけたら紙は燃える!」

「……冷たくて乾燥した冬の街は、燃えやすい、か」


 僕はスバルの目を見て、頷いた。



「この街にある書をすべて燃やし尽くしてしまえば、書のブラッドは容れ物を失って死ぬか、もしそうでないとしても、書のブラッドを炙り出すことくらいはできるんじゃないか。そうすれば、僕がとどめを刺すことができるかもしれない。そう思ったんだ」


 僕はノエルに言う。僕がスバルに借りたボディバッグの中には、酒瓶とマッチ箱が入っている。

 ノエルは目を丸くした。


「でもそんなことしたら、街の人の家も燃えちゃうよ?」


 この街には、たくさんの「書」が溢れている。この街にある「書」をすべて焼き払おうとすることはすなわち、この街を丸ごと焼き払おうとすることと同じだ。


「そんなことしたら、ブラッドからは、この街を守れても、この街の人の住む家がなくなっちゃうんだよ!それでいいの?」

「わかってる。わかってるけど、じゃあ他にどうすればいいんだよ!」


 たじろぐノエルにそのまま続ける。


「このまま放っておいたら、街は滅びてしまう!その前に、少しでもみんなが助かる選択をするべきだろ!」

「だめだよ!!それだけは絶対にだめ!!」


 ノエルは駄々っ子のように大きな声を張り上げた。


「ブラッドを倒すためじゃないか!なんでだめなんだよ!」

「確かにそうだけど……!」

「それに、書のブラッドは、ブラッドをすべる支配者みたいなものが存在するっていうようなことを言ってたんだ!」

「……!」


 ノエルがそれまで以上に大きく目を見開き、言葉を失った。無理はない。僕にとっても驚くべき事実だったのだから。

 僕は畳み掛けるように続ける。


「今ここで書のブラッドを倒して、過去に飛ぶエネルギーをしっかり蓄えようよ!それで、そのブラッドの支配者を倒しに行こう!いつかブラッドが生まれた『はじまり』まで遡って、この世界にブラッドが生まれる前から、世界をやり直そうよ!そうすれば、この街の人たちだって、いつかは救われるよ!!」


 暗くてノエルの顔はよく見えなかったが、なんとなく、ノエルは泣きそうな顔をしている気がした。


「だめだよ……」


 その時、ケタケタと笑い声が聞こえた。

 笑い声はどこからともなくこだましていた。しわがれた声、金属の擦れるような、耳障りな声。


 ――お前は真実を見ているか。


 ――そこから目を逸らさずにいられるか。正しくいられるか。


 ――お前も、偽りの真実に目を眩ませるがいい。


 ――そして破滅すればいい。


 身構える間もなく、僕の目の前が真っ白になった。


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