背中合わせ
「おい!何してんだよお前ら!」
図書館前の広場に人だかりができていた。大柄な男の人も、腰の曲がった老人も、ハイヒールの婦人も。みんな何かを囲んで輪になっているようだ。
「あんたがこの怪物を呼んだんだろ!」
「聞いたことあるわ! あなた、悪魔の一族の末裔だって!」
「恐ろしい婆さんだ! 殺せ!」
スバルの叫び声は、狂ったような罵声と怒号にかき消される。僕たち三人は人だかりをかき分けて輪の中心へと手を伸ばした。そして人と人と間に体をねじ込む。
「おばあさん!」
僕は叫んだ。
人だかりの隙間から見えたのは、連れ去られたおばあさんの姿だった。頭を守るように両手で押さえてうずくまっている。そのおばあさんを、街の人たちはみんな、目を紅く光らせて、罵りながら蹴ったり殴ったりしていた。彼らの目は文字通り何かに取りつかれたみたいに虚ろで、おばあさんを痛めつける手には容赦というものがまるでなかった。僕は目を覆いたくなった。
ぎり、とスバルが歯軋りする音が聞こえた。
「やめろおおおおぉぉっ!」
スバルが雄叫びを上げながら飛び出す。額に血管を浮き上がらせ、人混みの中に割って入る。
「スバルさん!」
「うぉっ!?」
しかしスバルはおばあさんを囲む街人のひとり――細身の女の人に投げ飛ばされ、輪の外へ放り出された。
「ブラッドに操られてるせいで力が増幅してるんだ……!」
ノエルが悔しそうに呟く。
スバルは何度も輪の中に飛び込むが、そのたびに放り出された。彼の服も顔も、雪と泥にまみれてドロドロになっていた。
僕も街の人々を押しのけようとしてみるものの、上手くいかない。決して、力で彼らに敵わないというわけではなかった。僕はここに来るまでに何匹ものブラッドクローンを倒し、ある程度紅石の力を取り戻していた。しかし、だからこそ、どうしたらいいかわからなかったのだ。たしかに、街の人は今は正気を失っている。だとしても、ブラッドに操られているとしても、彼らは人間だ。僕の人間離れした力で、対ブラッド用の武器で、傷つけてしまってもいいのだろうか。
「おいチビ!ボーッとしてんじゃねぇ!」
僕はハッとする。スバルの声は今にも泣き出しそうに震えていた。
「なんとかしろよ……お前には力があるんだろ……!」
「す、すみません」
槍を構えた僕を「違う!」とスバルが制する。
「そうじゃねえ」
「えっ」
「そうじゃねえよ、お前には、お前の相手がいるだろ」
雪の中、スバルの目が燃えていた。
「街の人たちは、たぶん書のブラッドに取り憑かれてる。だったらその、書のブラッドを倒せば、みんな元に戻るはずだろ」
そんなこともわかんねぇのかガキ、とスバルは悪態をついてくる。
わかってる、そんなこと。ただ僕は、おばあさんが心配で。こんなに大勢スバルさんひとりでは危険だ。
「行ってこい、ここは俺ひとりでいい」
僕の心の中の迷いを、スバルの言葉が遮る。
「スバルさん、ここをお願いします」
スバルはもうこちらを向いていなかった。ただ彼が片手をあげるのだけが見えた。
僕はスバルに借りたボディバッグを担ぎ、ノエルの手を引いて走り出す。
「僕たちがやるべきことはふたつ!ひとつはこの街のブラッドクローンを全滅させること!もうひとつは一刻も早く書のブラッドを倒して街の人たちを解放すること!」
どうして書のブラッドが街の人たちにおばあさんを襲わせているのかはわからない。やはり豊富な知識の持ち主であることが、関係しているのだろうか。
どんな理由があるにせよ、早く街の人を書のブラッドから解放しないと。書のブラッドはそのうち、街の人同士で殺し合いをさせ始めるかもしれない。
僕たちは雪の街を駆け回る。だけど、「書」にあふれたこの街ではどこにブラッドがいるのか、全く見当もつかなかった。掲示板のビラ、道に散乱したチラシ、号外新聞、ワゴンに山積みになった古本、ショーケースの中の美しい絵本。街にあふれる「書」は、どれも動き出すことはなかった。
「ユーマ、図書館だよ!」
白い息とともに、ノエルが言った。
「あの図書館にはたくさん本があった!『書』のブラッドなら、きっとあそこが好きなんじゃないかな!」
ノエルはかじかんだ手で、繋いだ僕の手を、ぎゅっと握ってくれる。
僕は頷き、ノエルの手を引いて図書館へ向かった。




