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図書館

「この国って、王様がいるんですか」


 僕が尋ねると、スバルは怪訝そうな顔をして答えた。


「いないよ、なんで?」


 僕たちは大きな建物を前にして、立ち止まっている。


「じゃあこれってお城じゃないんですか」

「これが図書館だよ」

「えっ!?」


 僕とノエルはふたり揃って声をあげた。

 それは図書館と呼ぶにはあまりに豪華で、壮大な建物だった。

 周りを囲む塀にも、巨大な三角錐の屋根にも、頑丈そうな窓枠や外壁にも、緻密な装飾が施されている。それと同時に、回廊を支える力強い柱が、荘厳な雰囲気を醸し出している。外には、噴水のある綺麗な庭があって、蔓植物が遊歩道にかわいらしいトンネルを作っている。降り積もる雪も相まって、とても幻想的だ。

 中に入ると、本が視界を埋め尽くした。大樹の幹や、はたまた巨人の足を思わせる、重厚で背の高い本棚。そのすべてにぎちぎちと隙間なく、本が詰めこまれている。そんな本棚が、フロア中に迷路を作るように、規則正しく整列していた。入口のそばには螺旋階段があったから、こんな調子で二階、三階と本棚の迷路が続いているのだろう。


「こんなの、一生かけても半分も読みきれないよ……」


 ノエルがため息をつくように言った。実際、四分の一でも読み切れるかどうか怪しい。


「この街にあるすべての出版物を管理しているのが、この中央図書館だ。地下に書庫もあるから、たぶん、世界中の大体の本がここに揃ってるんじゃないかな」


 ここにある本だけでも気の遠くなるような数なのに、地下にもまだ本があるのか。


「さすが情報の街ですね……」


 僕が言うと、スバルは皮肉っぽく呟いた。


「まあでもやっぱり、雑誌や新聞は大好きだけど小難しい文献にはなかなか手を出そうとしないって奴が多いよな、この街は」


 確かに、図書館の規模とは対照的に、すれ違う利用客の数が少ないことが気になった。大通りのセールスや掲示板はあんなに賑わっていたのに。


 少し開けた、読書スペースのような場所に来たところで、前を歩いていたスバルが振り返った。


「この棚が、ブラッドについての本の棚だ」


 そう言ってスバルは壁沿いの本棚たちを指差す。


「この図書館にある本は、どれも信用できるものばっかりだから安心しろ。じゃあ、俺はあっちを探してくるから、いい本があったら教えろ」

 スバルはぶっきらぼうに言って、本棚の森

の中へ消えていった。



 僕はノエルと顔を見合わせ、ひそひそ声で言葉を交わす。


「なんだか、迷子になっちゃいそうだよね」


 インクと紙の、どこか湿ったような匂いを胸いっぱいに吸い込んで、壁際へと進む。少しでも足音を立てたら、立ち込めた独特の静寂を破ってしまうから、そっと。

 地上からは、棚の上の方にある本の背表紙の文字を読むことはとてもできない。目先にある段の背表紙を歩きながら流し見ていく。

 『ブラッドの闘争本能』『理想の城塞都市』『電気ショックの有用性』

 様々な題名が並ぶなか、目に付いた、えんじ色の装丁の本を手に取った。

 ざらついた手触りの布地に、金色の文字でタイトルが書かれている。


 『怪物と紅 ~人類の最期についての考察~』


 パラパラとページをめくる。

 どうやらブラッドの生態について書かれた本らしい。

 作者は実際にブラッドによって破壊された街に足を運んだり、ブラッドの死骸を回収したり、それを解剖したりと、精力的に研究活動をしている研究者だと書いてある。


『ブラッドが最初に確認されたのは四年前。それからの四年間で、ブラッドが現れる頻度も、確認される個体数も種類も、日ごとに増加してきている。

 いまのところ、確認されたすべてのブラッドの体のどこかにはかならずこの紅い石が埋まっている。これはいわゆる彼らの心臓、すなわち核だ。ここに、膨大な量のエネルギーが詰まっていて、このエネルギーによってブラッドは生命を維持するだけでなく、火を吹いたり、病原体ウイルスを製造する……などといった個々の能力を得る。

 エネルギーが果たして何なのかは研究途中であり未だ不明であるが、この石を破壊するとブラッドは死ぬことが判明している。』


 僕は本を抱える自分の左手に目を落とす。手袋に隠された左の手のひら。ここに埋まっている紅石は、ブラッドが持つのものと、何か関係があるのだろうか。


 怪物。エネルギー。個々の能力。『この石を破壊するとブラッドは死ぬということが判明している』。工場で僕の石を壊そうとした警備員。


 僕は、僕たちは、いったい何者なんだろう。

 どうしてあの時、ブラッドに殴られた時、紅石ができたのだろう。


『(石についての記述は、88頁から)』


 そんな文字を見つけて、僕はページを繰る。


『ブラッドに埋め込まれている紅い石についての研究について記述する。これらは研究段階であり、今後のさらなる検証と実験が必要な内容であるということをご理解願いたい。


 はじめに。石の中には、生物を動かす粒子が入っていることが、解剖実験によりわかっている。石を壊すとブラッドが死ぬのはそのためである。』


 どきりとした。いきなり、知らなかったことが書いてある。

 得体の知れない何かが僕を本の中へ引っ張り込むような感覚がして、僕の読み進めるスピードはぐんと速くなった。


『【実験1】

ブラッド同士の実験

 二体のブラッドをひとつの部屋に置き、部屋の中で両者にある身体的負荷を与え続ける。(注:具体的には、食べ物を与えないことや、彼らの体の一部を定期的に破壊する、などである。)すると二体は互いに戦い始めた。われわれは、ブラッドは自分の体の負担を軽減するために互いを捕食する、と仮説を立てていた。しかしそうではなかった。捕食することなく、代わりに、互いの紅石を破壊し始めたのだ。力の強いものが勝ち、弱いものは死んだ。驚くべきはその後強いものに起こった変化だ。同じ負荷を与え続けているのにもかかわらず、明らかに、 動きが活発になった。


 これより紅石を破壊すると、この粒子が飛散し、なんらかの形で破壊したブラッド・またはその近辺にいるブラッドへ吸収されるのではないかと予想づける。(どのように粒子が飛散し、他の個体へ取り込まれるのかはさらなる実験が必要だ)


【実験2】

 このブラッドを一部屋に隔離し、人肉を配置した。結果、ブラッドはそれを捕食しなかった。これよりブラッドは、ヒトを捕食することが目的ではなく、生命あるヒトを殺害することが目的なのではないかと予想づける。

 未だ、『ブラッドはなぜヒトを捕食・または殺害するか』という疑問は残る。』


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