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温もり

 目の前がいい香りに包まれた。置かれた皿から温かい湯気があふれ出す。

 あまり見たことのない料理だった。ゴロゴロと大きく切ったにんじんやじゃがいもが、クリームで煮込まれている。


「お食べ」


 おばあさんは優しく言った。

 地下室は相変わらず薄暗い。

 壁にかけられた時計は午後六時半を指している。夕飯時だ。お腹が空いているだろうと、親切なおばあさんは僕たちに夕飯をご馳走すると申し出てくれたのだ。

 スバルは、ふてくされているような困っているような、微妙な表情で、向かいの席でスプーンを握った。


「……おいしい」


 ノエルが放心したように言った。見ればもうすでにスプーンを口に運んでいる。


「こんなの食べたことない……。野菜もとろとろで、あったかくて、おいしい……」


 それから、ハッと何か思い出したように、慌ててスプーンを置いた。そして手を合わせて、目を閉じて一礼する。


「いただきますって言うの、忘れてた」


 ノエルが恥ずかしそうに笑うので、僕も笑って、それから僕も手を合わせる。

 料理はとても、おいしかった。食べるまでわからなかったが、クリームの中には小さな鶏肉のかけらも入っており、それが口の中でほろりとほどけるのがたまらなかった。


「お前ら、シチューを食べたことがないのか?」


 スバルは驚いたように言った。


「やっぱりこいつら、この国のやつじゃねえな……」


 知らなかったら非国民認定されてしまうだなんて、シチューってすごい料理なんだな。

 おばあさんはにこにこと、可笑しそうに笑っている。


「この国は寒いからね、温かいシチューは国民食と言ってもいいほどなんだよ。懐かしいねえ。私もこの国に来たばかりの時は珍しいもの扱いされたわ」


 スバルはふんっと鼻を鳴らしておばあさんから目をそらした。そのかわりに、正面に座る僕たちふたりを、うさんくさい美術品を前にした鑑定士のような目で眺め回す。


「で、さっきの話、どういうことなんだよ」

「どうって……」

「お前らは、未来から来た。二年後に世界を滅ぼすブラッドを全滅させて世界を守るために。そうだな?」

「はい……」

「信じられないけど、ひとまずそういうことにしといてやる」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあお前たちはどうしてこの国に来たんだ?」

「えっと……」


 僕はノエルを見る。ノエルは口いっぱいに頬張っていた鶏肉をもぐもぐと噛みくだいて飲み込んでから、


「わかんない」


 と顔を曇らせた。


「私たち、本当は、ブラッドがこの世界に生まれた瞬間――おそらく五年くらい前まで時間を遡って、ブラッドがこの世界で暴れ出す前からやり直そうと思ってたの。だけど旅の途中で、この時間――二年前の世界に落ちちゃったみたい」


「なるほど……」


「たぶんだけど、私の時の旅人の力が足りなかったんだと思う。ここに来るのに思ったより力を使っちゃったみたいで。そのせいで、体力もどんどん吸い取られて……」


 時間を旅するためにはとても大きなエネルギーが要るのだと、ノエルは言っていた。普段は神殿に力を集めて、大人たちが集団で行うようなことなのだと。

 今回は二年ぶんもの時間を遡ったのだから、ノスタルジアの数日間を巻き戻したときよりもずっと体力を消耗してしまうのは、当然のことだろう。


「それで高熱、ってわけか」


 スバルが言うと、ノエルが消え入りそうな声で「ごめんなさい」と謝る。


「それはノエルが謝ることじゃないよ」


 ノエルはぶんぶんと首を振ってすがるように僕を見つめた。


「そうじゃなくて……。実は私、今回の旅で力を使い尽くしちゃったみたいで……。私たち、過去にも未来にも進めなくなっちゃった……」

「……」


 僕は何も言えなくなる。


「『ブラッドを倒す』って意気込んでるお前らがこの街に来たってことは、この街がもうすぐブラッドに襲われる予兆なのかと俺は思ってたんだけど、それはどうなんだ?」


 ノエルがそっと目を伏せた。


「ここに来る前、一度ノスタルジアの時間を巻き戻したの。その時は私が狙ったわけじゃないのに、数日後すぐにブラッドが襲ってきた。あれは偶然だったのかもしれないけど、今回もすぐにブラッドがやってくることは、ありえなくはないよ」

「まじかよ……」

「だけど、今ブラッドが来たらまずい。僕は今、紅石の力が使えなくなってるんだ」

「そんな…………」


 僕の言葉にノエルは目を丸くして、どうして、と力なく唇を震わせる。

 ちらりとスバルを見やると、彼はそっと目をそらした。


「戻す研究なんて、してねーから」


 僕は、ノエルと同じ時の旅人だという、おばあさんを振り返る。


「おばあさん、なにか、いい方法はないんですか? 僕たちの力を元に戻す方法」

「そうさねえ……」


 おばあさんは少し考えて、ぽんと手を叩いた。


「そうだ、スバル、あんた、明日この子たちを図書館に連れて行ってあげたらどうだい。何かいいことを知れるかもしれないよ」

「はぁ!?」


 スバルは声を荒らげる。


「やだよ!」

「ことの発端はあんたじゃろう。責任取って、連れて行ってあげるくらいしてやりなさい。いいや、むしろ、あんたが率先して解決方法を探すべきじゃよ。罪は償う。これは人として当然のことじゃ。違うかね?」

「それはっ!」

「連れてってあげな」


 有無を言わさぬおばあさんの物言いに、スバルはぎこちなく首を動かして僕たちに向き直る。


「スバルさんお願いします……」


 ノエルのあまりに純粋な瞳に、彼は負けた。


「わーったよ!邪魔すんなよ!」


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