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湯気

「まあ座れよ」


 そう言われ、僕はベッドに腰掛ける。スバルも元いた椅子に座りなおした。

 ひとまず話を聞いてくれるようだけど、油断はできない。一旦彼に従うそぶりを見せてから、隙を見て、ノエルを探さないといけない。この人はノエルをどうしたのだろう。早く助けなきゃ。

 じっと彼を見ていると、彼は「言っとくけど」とぶっきらぼうに言った。


「嬢ちゃんなら無事だよ。奥のベッドで寝かせてる。心配しなくても、なんにもしてねえから安心しろ」

「えっ……」


 でもさっき。


「馬鹿。あんなの脅しだよ」

「本当ですか……?」

「本当だってば。たとえブラッドだとしても、流石に女の子を解剖するのは気が引けたんだよ。 そのかわり、危うくお前を解剖するところだったけどな」


 いや、僕でもダメだろ。

 思わず反論したくなるが、ここは大人しく黙っておく。


「熱があったから、解熱剤だけ飲ませといた」

「熱……?」


 どきりとした。過去に飛ぶには大きな力を使うと、ノエルが言っていたのを思い出したのだ。それで体調を崩したのだろうか。


「風邪でも引いたんだろうよ。この街寒いから。……そんな情けない顔しなくても平気だっつーの。鬱陶しい」


 スバルは僕を見て顔をしかめた。


「あんなのすぐ治るよ」


 スバルの口調は今までより少し柔らかかった。根拠もないのに、その言葉に安心してしまう。

 それから僕は、今まで見てきたことを彼に話した。故郷がブラッドに滅ぼされたこと。僕の紅石はその時ブラッドに攻撃されてできた傷跡なのだということ。紅石を得てから、僕は超人的な能力を手に入れたということ。


「つまり、お前のこの石とブラッドの石は別物だって言いたいわけか」

「そうです」

「その割には、薬、効いてるじゃねえか」

「それは……僕にも、わからなくて。力の源の紅石がブラッドに受けた傷だから、かもしれないです」

「ふうん。まあ、続けろ」


 そして、最後の街、ノスタルジアのこと。そのノスタルジアが破壊されて世界が終わってしまったこと。生き残ってしまった僕たちが、ブラッドを倒し、世界をやり直すために未来から来たということ。

 真剣な表情で僕の話を聞いていたスバルは、そこで「はあ?」と声をあげた。


「未来から来た?」

「そうです」

「そんなの、根拠のない、ただの幻想だ。俺はオカルトは信じない。馬鹿にすんなよ。それとも、子供の『子供騙し』に引っかかるほど、俺が可愛く見えたのか?」


 僕はノエルの能力のことをスバルに話していいものか迷った。時の旅人はその能力を他の人たちに知られないように過ごしていたと、ノエルは言っていたからだ。

 僕が口ごもっていると、スバルはまた声を低くする。


「なんだ。結局、全部嘘かよ」

「待ってください!嘘じゃないんです!」

「きっちり納得できるような説明したら信じてやろうと思って最後まで聞いたら、このザマだ!」


 今度は医者がよく持っているような、銀色の刃物をちらつかせている。

 どうしよう。ここで逃げるか、話してしまうか。

 迷っていると、しわがれた声がスバルを呼んだ。


「やめんか、スバル」


 彼は困ったように振り向く。


「ばっちゃん…」


 建てつけの悪そうな扉をゆっくりと開けて出てきたのは、腰の曲がった小柄なおばあさんだった。コツンコツンと杖を床に打ちつけながらのそのそとこちらへ来る。雪よりも白い髪を、適当にピンで留めていた。


「スバル、お客さんは、丁重におもてなししなさい」

「だって、こいつら……!」

「そんなことを言っているうちは、あんたもこの街の住人と一緒」

「くっ……まだ何も言ってねえだろ」


 おばあさんはスバルに、僕にお茶を出すように言いつけた。スバルはおとなしくそれに従って、部屋を出ていった。すぐに「ばっちゃんまたキッチン散らかしやがって!」という怒声が聞こえた。


「さて、」


 おばあさんはスバルが空けた椅子に座って、あっけにとられていた僕に向き直る。腰の曲がった見た目とは裏腹に、声にはしっかりとした芯があった。


「はじめまして。ようこそいらっしゃいました」


 おばあさんがあまりにも深くお辞儀をするので、思わずお辞儀を返す。


「は、はあ……お邪魔しています」

「ここは私の店の地下室。私らの家でもあるね。ちなみに店では薬を売っとるんよ」


 外が暗いのはここが地下だったからなのか、とひとり納得する。それにしても、薬とは、一体どういう種類の薬なのだろうか。 合法であることを祈る。


「うちの子……スバルが失礼を働いたようじゃな……申し訳ない」

「あ、いえ、はい……」


 失礼というか、殺されかけたのだけど。その割におばあさんはのんびりと微笑んでいる。


「と、言っても、あの子は私の息子でも孫でもなくて、私が勝手に育ててるだけの子なんだけどね。ところで、あんた、お名前は?」

「あ、ユーマ、と言います」

「そうか、いい名前だね。……ところで、」


 おばあさんはすっと目を細めた。


「あのお嬢さんは、時の旅人さんじゃろう?」

「えっ……」


 僕はどきりとする。


「どうしてそれを……」

「わかるんじゃよ。同じものどうしは、な」

「同じもの、って、まさか」


 おばあさんは真っ白な髪を揺らして笑った。その肌は、病気なのではと疑うくらいに白い。


「おばあさんも、時の旅人なんですか……?」

「さよう。あの子には話していないけどね。若い頃は私も、あの山間の村に住んでいたんだよ。村から離れて、年もとって、今じゃもう、力を使うこともままならなくなってしまったけどね」

「どうしてこの街に……?」

「疎開じゃよ」

「ソカイ……?」

「私がまだ若いとき、私たちの能力を狙う民族に、村が襲われたことがあってね。村が危険になったから、女子供の何人かだけ、この街へ逃げてきたんじゃよ」

「そうだったんですか……」


 おばあさんも、たくさん苦しいことを経験してきたんだろう。刻まれた深いしわを見て思う。


「じゃから、久しぶりに仲間に会えたようで、嬉しいんじゃよ。たまにはあの子にも感謝せんとな」

「スバルさんは、おばあさんが時の旅人だってこと、知っていらっしゃるんですか?」

「いいや、教えていない。それどころか、この街に来てからというもの、力のことは誰にも言っていない。……おやまあ」


 おばあさんはそこで、何かに気づいたような表情になって、それから、


「おはよう」


 のんびりと言った。


「え?」


 僕もつられておばあさんが見ている方向へと視線をやる。この部屋と隣の部屋をつなぐ扉がほんの少しだけ開いていた。小さな足音と共に白い影が動くのが見えた。


「……ノエル!」


 寝ぼけ眼をこすり、不安げにまなこを揺らすノエルが、そこに立っていた。


「……ユーマ?」


 気づいたら僕は、立ち上がって、ノエルのもとへ駆け寄っていた。

 そのくらい、ほっとした。なぜか泣きそうだった。

 僕は思いのほか心細くなっていたのかもしれなかった。当たり前だった。今の自分が本来いるはずのない過去の世界で、僕はノエルがいなければ本当の意味でひとりぼっちなのだから。

ノエルは僕の顔を見て、安心したようにふわりと笑った。


「よかった……ユーマがいる…」


 心細かったのは、ノエルも同じなのだろうか。そうであってくれたなら嬉しい。


「うん、いるよ」


 僕は大きく頷いた。


「君は気を失ってたんだ。色々あって、このおばあさんと、スバルっていう人が、君を看病してくれた」

「ありがとう、おばあさん」


 ノエルはぺこりと頭を下げる。


「『ばっちゃん』でええよ」

「ありがとう!ばっちゃん!」


 ノエルが純真無垢な笑顔を輝かせると、おばあさんも顔をしわくちゃにして手を叩いた。


「まあまあ、かわいいお嬢さんだこと! 私もこんなにかわいい孫が欲しかったわぁ」

「おい誰がかわいくないって?」


 湯気の立つティーカップをお盆に載せて、スバルが部屋に入ってくる。そして、ぎょっとしたように目を見開いて、お盆をひっくり返しそうになった。


「嬢ちゃん起きてるのかよ! 大丈夫か? 熱は引いたのか!?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう、スバルさん」


 ノエルは再びぺこりとお辞儀をした。まっすぐなその瞳に見つめられたスバルは、そっぽを向いて頭を掻きながら、


「安静にしてないと、またぶり返すからな?」


 と釘を刺した。


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