はじまり
「ユーマくん!」
急に名前を呼ばれ、僕は振り返った。
長い金髪をもつ女性がカウンターの向こうで手招きをしていた。彼女は確かエミリーといって、このギルドの受付嬢だ。
無視するわけにもいかないので、回れ右をしてエミリーのもとへ向かう。
「なんですか」
僕がぶっきらぼうに言うと、エミリーはクスクス笑った。
「またそんな目してぇー。もっと元気に!ほら、口角上げて、笑う!」
無理やり口の端をつまみあげられる。そして、変な顔ー!と笑われた。僕はされるがままだ。
「そんな死人みたいな顔してても何も始まらないわよ」
「今この状況で笑っていられるあなたの方がすごいんですよ」
っていうか、僕は死人に見えるんですか……?
「うん。見える見える。魂が抜けてるみたい」
僕は何も言い返せなくなる。自分が暗い顔をしているというのは、よくわかっているつもりだ。
カウンターの向こうにいるエミリーがどこか寂しげに笑う。
「ま、無理ないか」
*
ブラッド。
そう呼ばれる、特殊生物。
僕たち人間からたくさんのものを奪って行った、僕たち人間の、最大の敵。
どんなに大きな街だろうと、一夜にして滅ぼしてしまう。
そこにいた人間は一人残らず命の灯火を消されてしまう。
僕の故郷だって、そうして滅んだ村のひとつだ。
この世界でブラッドが暴れ始めて、もう五年はたつ。
確認されているブラッドの数はそれほど多くなく、この世界の生物としても数は少ない方らしい。人間側も、防壁を築いたり、対ブラッド用に武器を開発したりとブラッドから逃げ延びるために様々な手立てを講じた。
それでも、強大な力は僕たちを次々と飲み込んできた。じりじりと、僕たち人間はこの五年間、ブラッドにすり減らされ続けてきた。
そして、もう、この世界には、この街、「ノスタルジア」しか残っていない。
ノスタルジアには、僕のように、故郷を奪われ、わずかに生き残ってしまった人が集まっている。大切なものを奪われた僕たちは、ここで、過ぎ去った過去をただ懐かしむことしかできない。
誰がつけたのか、皮肉なほどぴったりなこの街の名前のもとで、僕たちは今日も肩を寄せ合って暮らしている。街は厚く高い壁で守られており、さらにその周りは深い森で囲まれている。ブラッドから身を隠すためだ。
しかし、そんな小細工もきっと長くは保たない。この街がブラッドに見つかってしまうのは、時間の問題だ。
僕らはいつも、迫り来る死におびえて過ごしている。脆い鳥籠の中で、ひそめた息で、呼吸をしている。
でも、エミリーが言うように、ずっと怯えて、なくしたものを思い出して悲しんでいても、何も始まらない。誰もが夢見る、ブラッドへの復讐は叶わない。
だから、僕たち、「ブラッドバスター」は生まれた。
ブラッドバスターは、その名の通り、ブラッドと戦うための戦士だ。
ノスタルジアの中央に大きなギルドがあって、滅んだ街の調査、ブラッドの生態研究、ノスタルジアの警備など、いろいろな仕事を提供してくれる。
僕も二年前、この街に来てからここで様々な仕事をもらっている。
――いつか、ブラッドに復讐するために。
*
「ねえ、ねえってば!」
エミリーの声に、僕は我に帰った。
「もう、何ぼーっとしてるの。転ぶわよ?」
「あ、すいません」
「うん、まあ私は痛くないからいいけど。……あ!そうそう!!」
にこっと笑ったエミリーは、突如として、慌てたように声をあげ、
「忘れてた!」
とカウンターの内側に潜り込む。
「な……なんですか」
顔を上げたエミリーの手には、一枚の紙きれ。
「これ、君によ」
茶色い紙にはびっしりと「案件」の内容が書かれていて、右下には剣を二つ重ね合わせたような印が入っている。
「これってまさか……」
まじまじとエミリーの顔を見つめると、
「そう、そのまさかよ」
エミリーは器用にウィンクしてみせた。
「おめでとう、十二歳でブラッド討伐のお仕事を任されるなんて、たいしたもんよ!」
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