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オセロニア短編集

激走!オセロニア学園

作者: 山岸マロニィ

 今週も、新たなる月曜日がやってまいりました。

 ここ、オセロニア学園の校門にも、春の清々しい朝の光が差し込み、桜の若葉を眩しく照らしております。


 お初にお目にかかる方も、二度目の方もいらっしゃるかと思います。

 本日は、この校門を舞台に繰り広げられる、熱いデッドヒートを実況してまいります。


 本日の解説は、オセロニア界の走者といえばこの方、お馴染みアキレウスさんにお越しいただいています。どうぞよろしくお願いします。


 ──解説は俺に任せろ!


 力強いご挨拶をありがとうございます。

 早速ですがアキレウスさん、このレースの注目選手をお伺いしましょう。


 ──トップ争いの筆頭候補は、何と言っても蘭陵王だ。テストでは常に首位を行く志の高さで、きっと早起きをしているに違いない。


 確かに、始業前に図書室へ寄って予習をする姿も、見かけられていますね。


 ──続いて、ジークフリード。野球に学校生活の全てをかける野球バカが、朝練に遅れるはずがない。


 なるほど。他に注目選手は?


 ──テニス部主将のヴィクトリアに心酔しているヨシノも、誰よりも早く来て、トレーニングに余念がないと聞いている。


 では、有力候補はこの三人で?


 ──あと、別の意味で注目したい選手ならいる。


 ほう?別の意味とは?


 ──このレースは、一位を競うだけが目的ではない。始業前の点呼に間に合うか、そのデッドヒートにも注目だ。


 なるほど。そちらの注目選手は?


 ──ガルムとアズリエルの一騎打ちと予想する。閉まりゆく校門をすり抜ける達人技は見ものだ。


 あまり褒められた技ではないでしょうが、私も楽しみになってまいりました。


 令和二年。三度目の春を迎えた、私立オセロニア学園。

 ケット・シー校長をはじめ、個性豊かな教師陣と、そこに集う、それ以上にユニークな生徒たち。

 彼らの織り成す青春の一ページ、そのスタートである登校時間が、ここ、朝日に彩られた正門を舞台に、今、スタートいたします!


 ……さて、早速、校門に動きが見えました。

 なんと!校門の中から、生徒が一人、外へ出ていきます!

 これは一体どういう事でしょうか?


 ──天文学部のミアクレルだな。星の観察に熱中しすぎて、帰るのを忘れたのだろう。


 つまり、登校ではなく、下校、という訳ですね?


 ──だから、登校レースのカウントには入らない。


 なるほど、了解しました。


 ……おっと、ミアクレル選手とすれ違いに、通学路に人影が見えてまいりました!校則など知ったことかという、あのヘアスタイルは……?


 ──ジークフリードだな。


 誰よりも野球に情熱を注ぐ、野球部の主将にしてエース。目指すはやはり全国大会!


 ──しかし、帽子をかぶっているところを見た事はない。


 本日のレースの堂々たる一位は、ジークフリート選手と思われます。


 ──予想は外れたが、妥当な順位だな。


 このまま順当に、トップでゴールをするのか……?

 と思いきや、彼の行く先、校門の脇に、もうひとつ、人影が現れました!ジークフリートが足を止めます!


 ──マネージャーのクリムヒルトだ。


「……おはよう、待たせたな」

「ううん、今来たところだから。

 今日も朝ごはんを用意してきたから、一緒に食べよう♪」


 ……いきなりのアオハル展開であります!恋する彼氏のために、朝食から弁当持参とは、凄まじい根性を感じます!


「今日の活動は?」

「まず、部員の勧誘からだ。俺だけでは、全国大会には行けないからな」


 なんと!現在野球部員は、ジークフリード選手一名の模様です!果たして、夏までに九名揃うのか?

 私の心配をよそに、二人揃って、校門の中へと消えていきました。


 ……と、アキレウスさん、急に静かになりましたが、どうされましたか?


 ──眩しいぜ……、朝日が。


 ……さて、次なる登校者は……。


「コーチ、おはようございます!」

「遅いぞ、ヨシノ!登校レースで遅れを取るようでは、トップは狙えんぞ!」

 テニス部のヨシノ選手であります!出迎えたカグラコーチがら、激励の叱咤が飛びます!

「はいっ!ランニング十周してきます!」

「愚か者!制服のまま走るつもりか?通気性が悪いそんな格好では、コンディションを保てない!トレーニングウェアに着替えろ!靴もだ!革靴で無理をして、足腰を痛めたらどうする?

 走る前に、ストレッチとウォーミングアップを忘れるな!水分補給もだ!」

「はいっ!カグラコーチ!」


 ──素晴らしいッ!コーチの鑑だ!実質優勝でいいだろう。


 アキレウスさん、順位は公正にお願いいたします。


 さて、本日三位の登校者ですが……。

 遠目にも分かる、優等生オーラ!蘭陵王選手であります!

 絶滅したかと思われる学生鞄に黒縁メガネ、着崩すという事を知らない制服の着こなし。さすがの貫禄であります!


 ──存在自体が絶滅危惧種だな。


 真っ直ぐに図書室へ向かうようであります。明日の学力テストの結果に期待したいところです。


 ……ところで、アキレウスさん。学生時代の思い出で、一番記憶に残っているものを教えてください。


 ──寮生活をしていてな。クリスマスの夜、サンタの扮装をしてオデュッセウスの部屋に突撃したのは楽しかった。


 それは、晒し上げたいくらいの大迷惑ですね。


 さて、次なる登校者ですが……。

 おや、校門の前に人だかりができてきました。全員女子生徒です。誰が指示するともなく、整然と並びます。


 ──いわゆる、入り待ちだな。


 どんなモテ男が現れるか、楽しみであります。

 ……と、そこに現れたのは……。


「ミカエル先輩!おはようございます!」

「おはよう、みんな」

「今日も生徒会長のお仕事、頑張ってください!」

「ありがとう。……ところで、右から二番目の生徒」

「は、はいっ!」

「ネクタイが曲がっている。後で生徒会室に来るように」

「……はいっ!ありがとうございます!」


 ……声を掛けられた生徒に向ける、羨望の眼差しが痛い程であります。

 アキレウスさん、この現象をどう思われますか?……って、慌ててネクタイを曲げなくていいです。


 さて、順調に登校は進んでいきます。

 朝練常連組の、武術部のレムカ選手とシウンリー選手、練習場を巡って反目し合う、弓道部のウル選手とアーチェリー部のロビン選手、そして、朝晩の世話が欠かせない、園芸部のミュケース選手に、飼育委員のドルシー選手です。

 生真面目な図書委員、ファイロ選手は、常に駆け足です。


 アキレウスさんは、 学生時代は何部だったんですか?


 ──当然、陸上部だ!長距離走のエースの座は譲らなかった!

 それなのになぜ、コーチのオファーが来ないのか、ケット・シー校長は見る目が……。


 さ、さて、登校の列は続きます。吹奏楽部の碧音選手は野良猫たち、ナルクレプス選手は羊たち一緒に登校であります。

 飼育委員の面々がすかさず現れ、動物たちを引き取っていきます。


 ──ドルシーが飼っている「パパ」から、下校まで無事に生還できる事を祈ろう。


 ……続きまして、通学路に現れたのは……。

 集団であります。金色のマスクで顔を隠した一団がやってまいりました。周囲の生徒たちが威圧されて道を開けます。一体、何者なのか……?

 おっと!その行く手を遮るふたつの影!古典的なヤンキー風に着崩した制服、逆立てた頭髪、そして、手には──金属バットです!四つの鋭い眼光が前方を睨みます!一触即発であります!


「……おい、ファヌエル」

 白い髪に白い顔、尖った翼がトレードマーク、武闘派ヤンキーとして名を馳せる、ベリアル選手です!

「ナメた真似してんじゃねぇぞゴルァ」

 それに並ぶは、バドフレン選手であります!バイクを買うためにバイトをするも、自転車のカスタマイズにバイト代が消えていく苦労人!

「舐めた真似をしているのはどちらですか。自らの身だしなみを顧みなさい」

 集団の中から、ひとりの生徒が前へ進み出ました。長い銀髪に純白の二双の翼!風紀委員長・ファヌエル選手です!

「ふざけんなオラァ!てめぇの取り巻きも校則違反やってんじゃねぇか!風紀委員が黙ってていいのかよ、アァ?」

 ベリアル選手がガンを飛ばします!ヤンキー道で鍛え上げられた眼光にも、ファヌエル選手、怯みません!

「信仰による制服のアレンジは、校則で認められたものです。エスペランサのマスクは、廉潔なる執行者に忠誠を誓う、信仰から来たものなのです」

「じゃあ、俺らも信仰してんだよ、ヤンキーの神様をな!」

「では、制服を改変するための許可申請を出してください。校長先生、生徒指導の先生、生徒会長の認可があれば、認められますので」

「吐かすかこのヤロウ……」


 生徒たちが固唾を飲んで見守ります。張り詰めた緊張感の中、金属バットを肩に、ベリアル選手が進み出ます。その前に、学園親衛隊・エスペランサーズが立ちはだかります!

 ちょっと、これは止めに入った方がいいかもしれませんね……。


 ──心配ない。ベリアルのバットがファヌエルに届く事はないだろう。


 それはなぜでしょう?


 ──エスペランサの防御力が……


「勘弁してくれええ!!」


 おっと!そこに分け入る乱入者だ!ファヌエル選手、エスペランサーズを押し退け、ベリアル選手を突き飛ばして、……走り去りました。

 今のは、一体……?


「デネヴせんぱああ~い♡」


 この声は、アメフト部のガルガンチュア選手!

 その強靭な体躯で、野次馬もろとも、周囲の生徒たちをまとめて吹き飛ばしたっ!

「僕の憧れを、受け止めてええ♡」

 ガルガンチュア選手、校門に倒れ伏した一同には目もくれず、デネヴ選手を追いかけ、校門内へと消えていきました。


 ──さすがのナンパ男にも、専門外はあるようだな。


 これで大きく順位が入れ替わった模様です。


 さて、校門には、オルプネー先生が現れました。本日の、校門を閉める係のようであります。

「ハァ……、今日もガルム君はまだ来ていないですね」

 オルプネー先生、ため息が止まりません。


 始業まであとわずか。レースは、クライマックスを迎えようとしております。


 生徒たちが次々と校門を走り抜けていきます。

 オルプネー先生は挨拶を返しながら、時計に目をやりました。


 ──いよいよだな。


 と言っている間に、チャイムです!チャイムが鳴り始めました!オルプネー先生が、校門の鉄の扉に手を掛けたッ!

 遅れて来た生徒たちは、早足に駆け抜け、教室へと向かっていきます。


 ──この学校のルールでは、チャイム終了と同時に教室に先生が現れ、点呼を開始する。つまり、このチャイムが鳴っている間はセーフなのだ。


 遅刻すまいと、皆必死の形相です。

 しかし、アキレウスさん注目の、ガルム選手とアズリエル選手は、未だ姿を現していませんが……?


 ──来る!ヤツらは必ず来る!


 チャイムは中盤を迎え、校門を通る生徒の姿はなくなりました。オルプネー先生は重い門扉を押していきます。

 その隙間を……、烈風が通り過ぎました……?

「キャッ!」

 オルプネー先生、驚きの表情で手を止め、なびくスカートを押さえます。


 ──白だ。


 ……何がですか、アキレウスさん?


 ──秘密だ。


 突っ込みどころが分かりせんが、実況は続けていきます。

 オルプネー先生、烈風が去った先へ目をやります。そこには……。

 ガルム選手であります!目にも止まらぬ速さで、校舎に向かっております!

 ……しかし、走っている様子はありません。何かに乗っているようです。あれは、もしや……?


 ──スケボーだな。


 通常では有り得ないスピードから予測しますと、恐らく、エンジン付きの特別製ではないかと思われます。

 ニコ選手、アルキメデス選手ら科学部の面々、もしくは顧問のヘパイストス先生が関わっているのでしょうか?


 ──いや、もうひとつ可能性がある。


 と言われますと?


 ──ガルムは冥界の門番。つまり、異世界を繋ぐその通り道にいる訳だ。


 ……という事は、米花町とも繋がった可能性があると?


 ──具体的に言うな。


「ちょっとぉ、止まんないんだけどおおっっ!」

 ガルム選手、水色の尻尾でバランスを取りながら乗りこなしておりますが、かなり焦っているようです。

 それもそのはず、校舎の壁が、目前に迫っております!どうするガルム選手!?


「……いっけぇーっ!」


 おっと!ガルム選手、スケボーを蹴り上げました!タイヤが宙に浮く!

 ……っと、その勢いで壁面を上りはじめましたッ!!タイヤと壁の摩擦音が響く!

 ガルム選手、片手でスケボーを掴み、脚で見事に体勢を支えて、一瞬で壁を上りきり、屋上の柵を飛び越えたッ!

 スケボーが叩き付けられたような衝撃音。しかし、ガルム選手は、……大丈夫なようです!柵から顔を出し、校門に向かって叫んだッ!

「オルプネーせんせー!屋上に来ちゃったし、今日はちょっと早いけど、これから昼寝するからっ!」

「ガルムくん、教室に来ないと出欠が取れません。自分の席に行きなさい!」

 しかし、ガルム選手、オルプネー先生の話を聞いていません。伸びをしながら屋上の奥へと消えていきました。


 ──ハッハッハ!さすが冥界の番犬の身体能力!素晴らしいショーを見せてもらった!


 褒めていいものかは分かりませんが、アキレウスさんはご満悦な模様です。反対に、オルプネー先生は大きくため息を吐き、肩を落としました。


 ……さて、チャイムの最後の響きが、青く透き通る空に消えていきました。オセロニア学園の門がオルプネー先生によって重々しく閉じられ、施錠されました!

 お届けしてまいりました、「激走!オセロニア学園」も、これにて終了……。


「急げアズ!遅刻すんぞ!」

「………」


 おや?校門の外から声が聞こえてまいりました。あの姿は……。


 ──アズリエルだな!


 白銀の長髪を揺らし、走るその口元には、ジャムが塗られた食パンです!学園展開のお約束!手を使わずに咀嚼し、咬筋、側頭筋の能力を見せつけております!

「……骨三郎、次はイチゴがいい」

「オッケー!って、やってる場合じゃねえんだよ!」

 アズリエル選手の横を、骨……もとい骨三郎選手が、不思議な力が働いていると思われる両手にジャムとバターナイフを持ち、並走、いや、並飛します!

「校門が閉まっちまったぜ?こういう時は、裏門に回って……」

「近道ジャーンプ」

 アズリエル選手、華麗に門扉を飛び越えたッ!口元に付いたジャムをペロリと舐める!


 ──ガードが鉄壁だ。


 これ以上アキレウスさんに突っ込むのは、健全な解説者を目指す私としてははばかられます。

 スタッと校内に下り立ったアズリエル選手、真っ直ぐに校舎に向かいます!

「もっと早く起きろっつーの!」

「大丈夫、次はもっと早く走るから」

「そういう問題じゃねぇ!」

 各教室には、担任教師が次々と入っていきます。生徒たちはそれぞれの席へと着席し、点呼を待ちます。

 アズリエル選手の2年B組にも、担任のフルカス先生が現われたッ!ゆっくりと教壇に立ち、名簿の入ったファイルを置く!


 ──これが真の、手に汗握るデッドヒートだ!


 黒いファイルの表紙に手を置き、名簿を開きます!アズリエル選手が呼ばれる順番は……一番です!五十音順の一番です!アズリエル選手、間に合うのか!?

「さて、点呼を始める。一番、アズリエル君」

 アズリエル選手、花々の咲き乱れる花壇の中を走っている!向かう先は……、靴箱ではないぞ?一体どうする気なのか?


 ──ちなみに、点呼のルールは二回だ。二回呼ばれても返事がなければアウト、遅刻確定だ。


 アズリエル選手、まだ一度チャンスは残っている!フルカス先生、教室内を見渡しました。そして、アズリエル選手の席が空席なのを確認しました。そのまま、噛み締めるように口を開くッ!!


「アズリエ……」

「ガシャン!!」


 おっと!アズリエル選手、窓に飛び込んだッ!!ガラスが砕け散り、窓枠が歪んで外れたッ!!窓際に座る生徒たちが、慌てて飛び退きます!

 アズリエル選手、誰もいなくなった机にダイブ!受け身の体勢からジャンプし、教壇のすぐ前の自分の席に着席したッッ!!

「……はい」

「………」

 全員、押し黙ります!凍り付いた沈黙が、2年B組を支配しております!

「なぁフルカス先生、二回名前を呼ばれる前に返事したからセーフだよなぁ?」

 骨三郎がアズリエル選手の横でガッツポーズを見せましたッ!フルカス先生、勢いで倒れた教壇の下敷きになっておりましたが、ひとつゴホンと咳払いをして、立ち上がりましたッ!

「……教室には、入口から入って来るように」

「今度からそうする」

「次は入口の扉を吹っ飛ばしたりしてな!」


 ──とにかく、無事にゴールできて良かった。


 無事かどうかは疑問が残るところでありますが、これで、オセロニア学園の生徒全員の登校が完了した模様であります。

 いかがでしたか?アキレウスさん?


 ──ケット・シー校長!体育教員としてのオファーを待っているぞ!


 最後に、現実世界の皆様にも、ごく平凡な学園生活が送れる日が少しでも早く来るよう、お祈りをいたしまして、この中継を終わらせていただきます。

 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。


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