第八十四話
その日の夜、私達は同じベッドで横になっていた。
何をする事もなく、瞬はただただ私を離さないと言わんばかりに抱き締めている。
ふと手に違和感を感じて、月明かりに手をかざしてみた。想像したとおり、手は少し透けている。
私の身体を一年前に……
モンスター達の治療と同じように、心の中で念じてみる。
だけど、状況は変わらない。やはり身体は限界に近付いているようだ。
「ねぇ、瞬。お願いがあるんだけど……」
暖かい腕に包まれたまま、そっと瞬を見上げる。
「ん?何だ?」
「私が死んだ後、背中に埋め込まれている勾玉を壊して欲しいんだけど……」
「勾玉をか?」
「うん。もしかしたら私の従妹とか、その子供にも同じ力があるかもしれない。その人達に勾玉が渡れば、私や紅姫のような思いをするかもしれない。それは避けたいんだ。」
瞬は何かを考えるようやや合間を空けて、口を開いた。
「恐らくその勾玉には、強力な術が掛かっておる。簡単には壊れぬぞ。」
「瞬の力を持ったとしても無理なの?」
「酷い女であるな。残りの妖力を我に使えと言うのか。」
そう言いながらも、瞬の声は優しい。まるで喜んで引き受けるかのようだ。
だけど、その言葉に違和感を覚えた。
残りの……妖力……?
「ちょっと待って!そんな事をしたら、瞬は……」
瞬まで死んでしまう……
「気にするでない。我のように妖力が強い者は、元々寿命が短いのだ。平穏に過ごしたとしても、我の残りは四十年くらいであろう。それっぽっちの月日であっても、紫の居らぬ世に何の未練も無い。」
悲しい歴史はこれ以上繰り返して欲しく無い……こんな思いをするのは、私で終わらせたい……
でも、瞬にこれ以上の負担は掛けられない……
思わず目を伏せる私とは対照的に、瞬は笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。
「なぁ紫。我は嬉しいのだ。」
「……嬉しい?」
「美子に先立たれた颯は、深い悲しみに打ちひしがれておった。亡くなって百年以上経った今でも、時々無理に笑顔を作っておる事がある。」
人間である美子さんは、もう亡くなっていたんだ……
そうだよね……普通の人間なら、とっくの間に寿命が尽きているもんね……
「それとも紫は、また我に置いていかれる悲しみを味わえと言うのか?」
「そ、そんなつもりは……」
「ならば勾玉は我が壊す。良いな。」
「……本当にいいの?」
「あぁ、構わぬ。その代わり紫は三途の川を渡らずに、我を待っておってくれぬか?共に川を渡ろうぞ。」
「うん……ありがとう……」
私は今、瞬に"死ね"という最悪な返事をした。
だけど二人の間に、悲壮感は無い。むしろ一緒に旅立って行ける事を喜んでいる。
「紫……我は今、最高に幸せであるぞ。」
「うん……私ももう一度瞬と一緒に居れるなんて思わなかった……」
自ら顔を寄せて、瞬に口付けをせがむ。それに答えるよう、瞬もすぐに応じてくれる。
「愛……してる……」
今まで伝える事が出来なかった言葉が、吐息と共に溢れていく。
その言葉を聞いた瞬は、ガバッ!と私の身体を引き離した。
「瞬……?」
瞬は何かを耐えるよう、顔をしかめている。
「身体に負担を掛けたら……紫は……」
瞬は私の身体の心配をしているんだ……
だけど、限られた残り少ない時間、何も思い残したくない……最期までわがままでごめんね……
瞬の頬に手を添えて、そっと撫でる。
「瞬、お願い……私を抱いて……」
「だが……」
「最後にもう一度、瞬に愛されたい……もっと瞬に触れたい……」
「本当に良いのか?」
「今、すごく幸せ……だから瞬の手でもっと幸せにして……」
お互いの目を見ながら、どちらからともなくゆっくりと指と指が絡み合っていく。その先は、愛される幸せしか知らない。
姿を消して二百五十年も想い続けてくれた瞬の深い愛が、重ねられた唇を伝って流れ込んでくる。
「んっ…………瞬……」
互いの服を脱ぎ捨て一糸纏わぬ素肌が触れあうと、その愛情は全身に降り注がれ、瞬の頭を掻き抱く。
「紫……もっと…………」
傍にいる事を実感出来るよう、お互いの名前を呼び続ける。
何て幸せなんだろう……
何の罪悪感も無く、ただひたすら大好きな人に愛されるという事が……
想いのままに、愛を伝え合うという事が……
「まだ……もっと……欲しい…………」
身体の中でうごめく鼓動が激しさを増していく。二百五十年分の想いをぶつけ合い、お互いを求めていく。
このまま溺れていたい……瞬の腕の中で永遠に……
もう離れない……そんな想いを伝えるよう、いつまでも肌を重ね合った。




