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第八十三話

 ダイニングで朝食を頂き、その後瞬さんと庭へ出た。

草むらに並んで腰を下ろし、海を眺める。


「風が気持ちよいな。」

「そうですね。私はここでお茶を飲んだりして過ごしています。海を見ていると、落ち着くんです。」

「海が好きなのか?」

「好きというか、この海は日本へ繋がっているんだなって……」

「……本当にここで過ごしておったのだな。」

「はい。日本を出てからずっとここで過ごしています。」

「いくら探しても、見つからぬ筈だ……」


ポツリと独り言のように溢す瞬さんの言葉に、キュッと胸が締め付けられる。


まただ……この説明出来ない切なくなるような感情は一体……


嬉しいのに悲しくなる、そんな訳の分からない気持ちに戸惑っていると、膝に重みを感じた。

ふと見下ろすと、瞬さんが頭を乗せている。


「ちょっ!し、瞬さん!」

「このくらい良いであろう。昨夜も寝付けなかったのでな。」


こ、これは!俗に言う恋人に甘える時にする膝枕と言うものでは!

しかも、してやったりと笑う瞬さんが可愛いっ!

……いやいや、冷静になれっ!紫っ!


「こ、こんな時間から寝ていては、夜また眠れなくなりますよ。」

「その時は紫が話相手をしてくれるのであろう。」

「それは……まぁ……」

「ならば良いではないか。心地好い風が吹いておる故、眠くなるのも仕方あるまい。」


気持ち良さそうに目を細めた瞬さんを見ていると、これ以上拒む事は出来なくなってしまう。

絹糸のようなサラサラの銀髪に触れて、そっと頭を撫でる。瞬さんは幸せそうに微笑んで、目を閉じる。


私って記憶を失う前は、瞬さんの事が好きだったんだろうな……

じゃれてくるような我が儘を、絶対に拒めそうも無いもん……


ポカポカと降り注ぐ光に、海からのそよ風、膝には甘えるように眠る瞬さん。

ほっこりとするひとときに言い知れぬ幸せを感じている時、空から声が掛かった。


「ユカリ!何故診察を止めてしまったんだい?って、その男は一体何だ!」


ふと空を見上げると、私に求婚してきていたケンタウロスが怒りの形相でこちらを睨んでいた。


えっ?えっ?診察を止めたって、どういう事?単なる休みでは無くて止めたの?


それを聞きたかったけど、ケンタウロスはそれどころでは無い様子で、庭へと着地する。


「お前、何者だ!」


怒りをぶつけられている瞬さんは気だるげに起き上がり、私へ尋ねてきた。


「紫、この下半身が馬になっておる男は?」

「ケンタウロスという種族で、私に求婚してきている人……かな。」

「求婚を受けたのか?」

「いや……断ってはいるんだけど……」

「そうか。またしても恋仲の振りが必要なようであるな。」


瞬さんは左手を私の肩へ回して、ケンタウロスから私を庇うようにグッと抱き寄せてくる。


「紫は我と恋仲であるぞ。諦めろ。」

「何を言う!お前みたいな弱輩者はユカリに相応しくない!とっとと失せろ!」


瞬さんの挑発に興奮したケンタウロスは、背中に背負っていた弓矢に手を掛けた。


「今すぐここから立ち去れ!二度とユカリに近付くな!」


矢を向けられているにも関わらず、こっちがヒヤヒヤするくらい瞬さんは余裕の態度を見せている。


「紫が隣におるというのに、何故そのような物騒な物を向けるのだ?危ないではないか。」

「俺の腕なら、お前だけを撃ち抜ける!覚悟っ!」


ケンタウロスの弓から矢が放たれる。


危ないっ!


思わず身を固くした瞬間、瞬さんは空いている右手を前に出し、手のひらから炎を出したかと思うと、向かってくる矢を燃やし落とした。


「ったく……我はもう妖力があまり残っておらぬのだ。一日でも長く紫と過ごしたい故、あまり働かすでない。」


矢を燃やし落とされたケンタウロスは、呆然と立ち尽くしている。そして我に戻ると、首を大きく横に振り叫び始めた。


「う、嘘だ……嘘だ!嘘だ!俺は認めないぞ!ユカリはお前なんか愛していないんだ!ユカリは俺を優しく癒してくれる!俺を愛しているからだ!」

「そう思い込みたい気持ちも分からぬでは無いが、我と紫の仲は誰にも引き裂けぬのだ。」


余裕たっぷりにケンタウロスへ言い放った瞬さんは、私の顎をクイッと持ち上げて小声で呟いた。


「紫、許せ。」

「えっ?んっ!……ん…………」


いきなり瞬さんに口付けされたかと思うと、唇の隙間から逃さないとばかりに、熱いものが絡み付いてくる。


な、何?!こんな激しい……息が上がる……


ケンタウロスに見せつける口付けは角度を変えて降り注ぐ。

深く激しい口付けに翻弄され、頭の中が霞がかったようにボーッとしてくる。


も……もう……意識を保てない……


その時、霞がかった頭の中に突然色鮮やかな瞬との記憶が甦ってきた。

銀色の仔狐ちゃんを拾った事から愛し合った最後の夜まで、洪水のように頭の中に溢れ出てくる。

それと同時に、悟ってしまった……

自分の身体に限界が近付いている事を……もう死期が近いという事を……


「ユカリは血迷っているだけだ!お前の事なんか一時的な感情に過ぎないからな!」


ケンタウロスが去っていく気配を感じたのか、瞬がそっと唇を離す。私の頬には、一筋の雫が伝っている。


「ゆ、紫!泣く程嫌であったか!すまぬ!」


私の涙を見た瞬は、動揺しながら謝ってくる。一生懸命首を横に振り、違う、違うと訴える。


「ごめん……何も言わずに出ていって……」

「えっ?」

「ごめん……また……瞬を一人に…………」


私が愛し合う事を望まなければ、瞬は消えた私をいつまでも想う事は無かったかもしれない。結婚をして、子供達に囲まれた理想の幸せを手に入れていたかもしれない。

愛し合った翌日に姿を消す……その事実を知った瞬は、どれだけ傷付いただろう……

そしてまた私は、瞬を置いて砂となって消えていく。鬼塚部長のように……

私はどれだけ瞬を傷付けるのか……世界で一番愛している人を……


「うっ……うぅ…………ごめん…………」


泣き崩れる私を瞬はそっと抱き締めてくる。


「紫、もしや記憶が戻ったのか?」


首を縦に動かし、精一杯の返事をする。すると瞬は抱き締める腕に力を込めてきた。


「我は、何も傷付いておらぬ……それよりも、紫に辛い決断をさせてしまった事を悔いておった……我こそ済まなかった……」

「で……でも……」

「もう済んだ事は良い……ただ、この先は命の灯が消えるその時まで、我の傍におってくれ……」

「うぅ……うん…………」


私の命はもう長くない。美華と天鼠部長も一瞬透けた私の身体を見た時に気付いて、瞬を呼び寄せたのだろう。


瞬が望んでくれるなら、ずっと傍に居よう……

砂となって消えていくその日まで……



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