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第八十一話

 翌日から、今まで働いてきた分の休暇を取るようにと天鼠部長から言われ、怪我をしたモンスター達が訪ねてくる事は無くなった。

昨夜の出来事から瞬さんと顔を合わせ辛かったけど、やる事も無くて暇をもて余している。


「私が赤ちゃんの時は紫が全部家事をやっているんだから、今はゆっくりしてて!」


家事をしようにも、美華から止められる始末だ。

仕方なくダイニングへ行くと、瞬さんと天鼠部長が話をしていた。


「あっ、お邪魔でしたか。」


そそくさとダイニングを出ようとすると、天鼠部長が立ち上がり私を引き留める。


「いえ。世間話をしていただけです。紫さんは瞬さんのお相手をお願いします。」


意味深に微笑んで、天鼠部長がダイニングを出ていく。

パタンと扉が閉められ、ダイニングには瞬さんと私の二人が残された。


き、気まずい……


とはいえ、このまま突っ立っている訳にもいかず、瞬さんの向かい側へ座る。瞬さんは、ぎこちないながらも笑顔を向けてくれている。

だけどまともに目も合わせられず、チラチラと盗み見るのが精一杯だ。


それにしても、本当に整った顔をしてるな……絹糸のように光沢のある美しく長い銀髪も綺麗で、まるで二次元からそのまま出てきたみたい……

シャツの胸元から見える鎖骨もくっきりとしていて、きっと程よく引き締まった……

って、何を考えてんのっ!!


ここへ来てから考えた事も無い恋愛感情にも似た思考に戸惑いながらも、何か話す事が無いか話題を探していた時、丁度良く美華がコーヒーを持ってきてくれた。


た、助かった……


「そ、そう言えば、瞬さんは美華の種族の当主って言ってたよね?」

「そうよ。今はご子息が継がれているけどね。」

「ご子息が……」


そ、そうだよね……こんなに格好いいんだもん。元彼って言っても結婚くらいしてるよね……奥さんもきっと綺麗な人なんだろうな……


「子息とは言っても養子であるがな。」


瞬さんが美華の説明に付け加える。


「養子?」

「我には陸という弟がおってな。跡目争いが起こらぬよう公表しておらなかったのだが、陸の子に銀髪が産まれたのだ。そこで我の弟とバレた故、陸の子を我の養子に貰い受けて、当主として育てた。」

「えっと……瞬さんはご結婚は……」

「我は誰ともしておらぬ。」

「そ、そうですか……」


ほっ……結婚していないんだ……

って、何で安心してんのよっ!

恋人だったとはいえ、私は何も覚えていないんだから!


気持ちを落ち着けようと、コーヒーに口を付ける。

美華はいつの間にかダイニングから出て行ったみたいだ。


さ……更に気まずい……


席を立つ訳にもいかず、落ち着きなく何度もコーヒーカップを口に運ぶという挙動不審な行動をしてしまう。

気付けば私の顔を覗き込むよう、瞬さんが近くまで顔を寄せてきている。


「な、何ですか?」

「……もしかして、昨夜何か聞いておったか?」


ドキッ!!


「な、何の事でしょうか……あはは……」


笑いながらさりげなく目線を逸らす。だけど、瞬さんは逸らした目線の先に顔を持ってくる。


「明らかに昨日と比べて挙動不審であるぞ。」


うっ……やっぱりバレたか……


観念して大きく息を吐き出す。


「すみません……立ち聞きするつもりは無かったのですが……」

「立ち聞き?」

「はい……天鼠部長の部屋の前を偶然通りかかって……」

「そっちか……」


何故か瞬さんは残念そうに自分の席へドサッと座り直す。


だって、寝込みにキスされたなんて、恥ずかし過ぎて言えないし……


「少し不思議だったんです。記憶が無いのに、当たり前のように勝手に言葉が出てくる事もあったので。でも、日本を離れてから流石に二百五十年も経てば忘れている事もあるだろうと、あまり気にする事はありませんでした。」

「……」

「だから、昨夜記憶を消されていると聞いて、納得出来ました。」

「そうか……」


この当たり前のような反応……やっぱりあの会話の内容は全部本当なんだ……

という事は、私が恋人だった瞬さんを傷付けたというのも本当の事で……


「あの……」

「ん?何だ?」

「私は瞬さんに何をしてしまったのでしょうか。大変傷付けてしまったみたいで……申し訳無いですが、全く覚えていなくて……」

「あぁ、紫は何も謝る事をしてはおらぬぞ。紫が突然姿を消した後、翔に事情を聞いたしな。」

「……私は突然姿を消したのですか?」

「あっ……」


しまったというように、瞬さんは口に手を当てる。だけどすぐに、何かを企んでいるような含み笑いに変わった。


「やはり紫の責はあったな。我に相談すれば何とでもなったものを、勝手に判断して消えてしまったからな。」

「す、すみません……」

「お陰で我は、不眠症を患ったのだ。」

「そうでしたか……」


不眠症って、私のせいだったんだ……恋人だった私が居なくなったから……

だから、ここへ来たって事か……


「紫は我の抱き枕係りであった故、」


……ん?抱き枕係り?


「早速今宵から、添い寝をしてもらうとするか。」


そ、添い寝?


「まぁ我は、夜伽でも構わぬが。」

「ば、馬鹿だろっ!このエロ狐っ!!」


思わず立ち上がって文句を言う。


へっ……エロ狐?な、何でそんな言葉が……


自分が言った事に戸惑い、目を泳がせながらチラッと瞬さんに目を向けて、様子を伺う。瞬さんは失礼な私の言葉を気にする事なく、むしろ嬉しそうな笑みを浮かべている。


「その呼ばれ方も、懐かしいな。」


って事は、昔から言ってた言葉なんだ……

恋人ではなくて、抱き枕係り……

そうだよね……こんなに格好いい人が私の恋人な訳無いか……


「夜伽は冗談であるが、今宵から早速、我が寝付くまでの責任を取って貰おうか。」


い、嫌な予感がする……

でも、不眠症の治療で来たんだよね……どちらにせよ、私のせいなのは間違い無さそうだし……


「……分かりました。」


深いため息と共に、返事をするしかなかった。



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