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第七十九話

《──二百五十年後──》


 「もうっ!聞いてよっ!通り魔っていうか、髪切り魔がさぁ!」


私は今、日本から遠く離れたヨーロッパの小さな無人島に住んでいる。

そこで不思議な力を使い、モンスター達の怪我を治す事を生業にしている。

本日最後のお客さんは、髪の毛もとい頭から生えている蛇を切られてしまったメデューサだ。


「いきなり"ヨハネ"を切ってきたのよっ!」


彼女の言う"ヨハネ"とは、人間の姿で街を歩いている時に切られてしまった髪の毛の部分だった蛇の名前らしい。


蛇全部に名前がついてるのね……どうやって見分けているんだろ……


そんな突っ込みは心の奥底に仕舞っておく。


「だから、速攻で石にしてやったわよっ!」

「えっ?街中でそれはマズイのでは……」

「大丈夫よ!ちゃんと姿形が残らないように、粉々にしておいたわ♪」

「そ、そうですか……」


街中で行方不明者がまた一人……その人がただの石ころになっているとは誰も思わないだろうな……


思わず、石にされないよう念の為に掛けているサングラスに手を当てて、少しずれているそれを直す。


「被害にあったのは、三日前ですね。」

「そうなの!ね、"ヨハネ"はちゃんと治るかしら……」

「出来るだけやってみます。」


切られてしまった"ヨハネ"の頭と胴体部分を繋ぎ合わせるように持つ。


うっ……何度やっても、気持ちいい物では無いんだけど……


メデューサには聞こえないよう小さく息を吐き出して、目を閉じて心の中で念じる。


この蛇を四日前の状態に……


手の中で微かにうねっと動く気配がして、目を開ける。"ヨハネ"は無事に繋がって元気に動き出した。

それを見たメデューサは、嬉しそうに抱きついてくる。


「ありがとう~!本当にユカリは"ヨハネ"の命の恩人だわっ!」

「い、いえ。どういたしまして……あは……あはは……」


そして今日も、無事に全員を治し終わったのである。





 「紫、お疲れ様♪」


仕事を終えてダイニングへ行くと、美華が紅茶を入れてくれる。

美華は私が日本を発つ時に、旦那である天鼠部長と一緒について来てくれた。

どういういきさつで日本を脱出したかは、はっきりと覚えていない。ただ天鼠部長から、私の不思議な力を狙う輩が私の殺害を目論んでいたからだと聞いている。


「美華、庭で一緒に飲まない?」

「いいね。今日の午前中に来たケンタウロスが、また花束とケーキを持って来てくれてるよ。」

「あの人の心臓発作、仮病のような気がするんだけど……」

「そりゃね。あのケンタウロスは、紫に会いたくて来てるようなものだし。」

「いくら求婚されてもねぇ。私には……」


あれ?私には……何?


時々、こんな事がある。もう日本を離れてから二百五十年も経つし、流石に忘れてくる事も出てくるとは思う。

だけど無意識に出てくる言葉に、時々戸惑う事がある。何か大事な、大切な事を忘れている、そんな感じだ。


「紫……?」


ふと美華が気遣うように私の顔を覗き込んでくる。


「ごめんごめん。流石に忘れてくる事もあるよね。三百歳も近くなってきたし。」

「う、うん……」


美華に心配かけないよう、敢えて明るく振る舞う。美華も合わせて、話題を変えてくる。


「それにしても、紫は変わらず若いままだよね~!まだ二十代って言っても通じるんじゃぁ無い?」

「あはは!それは無理っしょ。目尻に皺も出てきたよ。」

「そのくらいなんて、大した事無いじゃん!私なんて、何回白髪のおばあさんになった事か。」


美華は人間界では人間の器という物に入るらしい。器は普通の人間と同じスピードで歳をとるので、時々日本へ帰り、赤ちゃんの姿になって帰ってくる。


「ふふっ!赤ちゃんの美華も可愛いよ♪」

「私が人間の器を変えるのは、残り一回か二回かな?紫のほうが長生きしそうだね♪」

「美華が居なくなったら、退屈過ぎて死んじゃうかもよ。」

「縁起でもない事言って無いで、ケーキ運んじゃって。」

「は~い。」


無人島は四方が断崖絶壁になっていて、人は近寄れない。更に生い茂る木々が私達の家を隠してくれているので、ここに人が住んでいるなんて、気付かれた事は無い。

家の前に庭とは言ってもただの草むらで、人の気配を悟られないよう何も設置はしていない。

何もない殺風景な庭だけど、ここから海を眺めるのが好きだった。


「お帰り!」


ティーセットを持って家を出ようとした時、メデューサを本土に送り届けた天鼠部長が、黒い翼をはためかせて帰ってきた。


「お帰りの挨拶はそれだけですか?」

「見てのとおり、お茶の準備で忙しいの。」

「美華が火傷してはいけない。ティーポットは私が運びましょう。」


美華の手から素早くティーポットを受け取った天鼠部長は、これまた素早く美華にただいまのキスを落とす。


相変わらず、ラブラブな事で……


二百五十年も一つ屋根の下に暮らしていると、見慣れた光景になっている。

無意識に首からぶら下げてあるピンク色の勾玉に触れて、二人の邪魔をしないようそそくさと家の扉を開けた時だった。


「えっ……?」


後ろから二人同時に、驚きの声が聞こえた。不思議に思って振り返ると、二人とも目を見開いて驚愕した顔になっている。


「ん……?どうかした?」

「い、今……紫が……」

「へっ?私がどうかしたの?」

「一瞬透けて……」

「何言ってんの。扉から射し込んだ光のせいじゃない?」

「そ、そうだよね……あはは……」


美華は気まずそうに苦笑いをしている。天鼠部長は、何かを考えるように黙り込んでしまった。





 それから二日後、その人はやってきた。

背が高く、惚れ惚れする端正な顔に、絹糸のような艶やかな銀髪をなびかせた、誰もが理想とする美男子を絵に描いたような、まるで二次元から飛び出てきたような男性が……



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