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第七十八話

 早めの夕食を取り、シャワーを浴びてリゾートドレスに着替えた。海から見える夕日がとても綺麗らしい。

っていうか、そのくらいの観光スポットしか、人間の私には楽しめそうも無い。

瞬と手を繋ぎ、潮風を感じながらゆっくりと砂浜を歩く。

途中、足を止めて海に沈み行く夕日を一緒に眺めた。穏やかな海面がキラキラと赤く輝き、海と空が一体化していく幻想的な光景になっている。


「綺麗だね……」


しっかりと、この光景を目に焼き付けよう……これが最後だから……

そして、最後の夜だって言わないと……これが最後の……


思わず繋ぐ手に力が入ってしまう。


「ん?どうしたのだ?」

「な、何でも無い……」

「そうか?」


はぁ……何をやってんだか……


咄嗟に誤魔化しの言葉が出た事に心の中でため息をつきながら、もう一度海へ目を向ける。

瞬は何やらゴソゴソと袂を漁ったかと思うと繋いだ手を離し、私の後ろへ回った。

な、何?って思っている間に、首元にひんやりとした感触がする。そこを覗くと、薄いピンク色の小さな勾玉があった。


「こ、これって……」


振り向こうとしたものの、それよりも前に瞬がふわりと後ろから包み込んでくる。


「受け継がれた代物と分かっておるが、いつまでも紫の中に、鬼から貰った物があると思うとな……」


それって、私の背中に埋め込まれている勾玉の事?


「それ故、我からの物があっても良いであろう。」


少し拗ねている口調なのに、首筋に顔を埋めて甘えて来ているような瞬に、キュンと胸を掴まれてしまう。


これって、ヤキモチだよね……か、可愛い……


「ありがとう……一生大事にするね……」

「人間界では、指輪を贈ると聞いておるが、それは颯達の許可が出てからであるな。」

「そっか……」


つまり、私は一生指輪を貰う事は無い……


私の声が沈んでいたのか、瞬は絶対に離さないと言わんばかりに、包み込む腕に力を入れてきた。


「四天王がどのような結論を出そうとも、我は紫を諦めるつもりは無い。我の嫁は、紫だけだ。」

「瞬……」


この言葉を素直に受け入れられたら、どんなに幸せな事か……


思わず涙ぐみそうになる。


「それ故、我に一生愛される覚悟をしておけよ。」

「……」

「毎晩は紫の身体が持たぬが、そこは……」


……へっ?!一生愛されるって、そっち?!


どんな時でもぶれないエロ狐っぷりに、思わず吹き出してしまう。


「ぷっ!あはっ!あはは!」


そうだった……瞬はいつでも私に対して真っ直ぐに伝えてくれていた……

エロ狐発言もずっと変わらない……心の声に素直なだけだ……


「あはは……も、もう……笑いすぎてお腹痛いよ……」


ひとしきり笑い転げて、瞬の腕の中で身体を反転させる。

そこには、何故か安心して微笑む瞬の顔があった。


「やっと、紫が笑った……ここ最近、表情が固い気がしてな。」


やっぱり不安が顔に出ていたんだ……


「我は紫の笑っておる顔が好きだ。我の言葉に照れておる顔も好きだ。仕事に疲れた時、甘えてくる顔も好きだ。」


瞬は"好きだ"と言う度に、労るような優しい口付けを落としてくる。私を安心させるよう、何度も何度も微笑みながら、チュッ、と音を立てて啄んでくる。

すでに夕日は海へ沈み、夜の訪れと共に月が顔を出す。

刻一刻と迫るタイムアウトに、自分の中から抑えつけていた感情が溢れ出す。


瞬が愛しい……離れたく無い……

これは私の意思で、私の我が儘だ……一度だけでいい……この人に愛されたい……


瞬の首に腕を巻き付けて、口にする事が許されないその想いを自ら絡ませていく。

それを悟ったのか、瞬はすぐに受け入れ、吐息は深く絡み合い、言葉も無く熱く交わされた。





 窓から月明かりが射し込むコテージに戻ると、待ちきれないとばかりに、瞬はドレスのファスナーに手を掛け、ストンと床に落とす。そして自分が身に付けている着物の帯を一気に解き、私をベッドへと運んでいく。

瞬は私を横たえると、躊躇う事無く覆い被さってきた。


えっ?瞬の姿が……獣に……


暗闇に慣れてきた目に飛び込んできたのは、いつもの瞬とは違う姿だった。


「……我が怖いか?」


月明かりに照らされた絹糸のような銀髪がおぼろげに暗闇に浮き上がり、その隙間から獣のような耳が見え隠れしているのが見えた。

まるで野生に戻った獣のように、目の奥には獰猛な光が宿っている。


なんて綺麗なんだろう……


初めて見る獣姿なのに、そんな事を思う。


「瞬、その耳は……」

「本能が理性を上回った時、一部が獣化する。こうなればもう欲望を抑える事は出来ぬ。」

「……」

「我も獣化するのは初めてだ。そのくらい紫が欲しくてたまらぬ。怖いか?」


もう一度確認するよう同じ問いをする瞬に黙って首を横に振ると、瞬の顔にふっと笑みが浮かんだ。


「紫……愛しておる……」


身体に瞬の重みを感じ、受け入れるよう瞼をそっと閉じると、深く吐息を絡ませ合う。それと同時に、敏感な肌を的確に探り当てられ、頭が痺れる感覚に襲われる。


「ん……」


瞬は優しくゆっくりと私の緊張を解きほぐすよう、理性を蕩けさせていく。

深く、深く、伝えたい愛の深さと同じだけ深く求められる。


「……もう離さぬ……」


隙間なく身体を重ね合うと瞬の鼓動に甘い声が絶え間なく零れ落ちる。瞬の全てを身体に刻みつけるよう瞬の首に腕を巻き付ける。


このまま……このまま夜が明けなければいい……

夜の帳が二人の想いを隠し続ければいい……

このままずっと……


たがが外れた想いは熱い吐息と共に甘く切なく零れ落ちる。余計な言葉なんていらない、瞬の全てが私を愛してると伝えてくる。


ずっと忘れない……二度と触れられない二人だから……

瞬……愛してる……


もう二度と愛される事は無いと分かっているのに、このまま永遠に溶け合いたいと願ってしまう。

切ない程愛し合う二人を無惨にも引き裂くように、外は薄っすらと明るくなっていく。そんな朝焼けを見てみぬふりをして、夢中でお互いを求め続けた。





 「明日も会いに来て良いか?」


翌日、アパートの前まで送り届けてくれた瞬から、そう尋ねられる。


「あ……今週は忙しいかな……ずっと残業だと思う……」


そう誤魔化して、笑顔を向ける。


「そっか……無理はするで無いぞ。」

「うん……」


お互い離れがたいのか、繋いだ手が指を絡ませていく。

瞬はそっと私を抱き寄せ、軽い口付けを落とした。


「一緒に暮らせるまで、もう少しの我慢であるな。また会いに来る。」


そして瞬は陸さんが運転する車に乗り、姿が見えなくなるまで手を振り続ける。

車が見えなくなると、罪悪感にも似た暗く重たい気持ちが押し寄せてきた。


結局言えなかった……

言える訳無いじゃん……こんなにも好きなのに……


絹糸のような髪をなびかせた美しい姿も、仔狐姿も、獰猛な獣を宿した目であっても、どんな姿でも嫌いになる事は無かった。

姿形だけで無く常に私を気遣う優しいところにも、惹かれていった。


「うっ……うぅ…………」


瞬との想い出が、走馬灯のように思い出される。

頼もしくて安心出来る力強い腕の中、労るような優しい口付け……

何度も肌に触れて愛を確かめ合った……最後の夜…………


これでいい……

本来、想いを伝える事さえ許されない仲なんだから……


「瞬……愛してる…………」


次から次へと溢れる涙を拭う事もせずに、そのままアパートに背を向けた。





 「紫……」


トントン、と瞬は紫の部屋のドアをノックする。

翌日、仕事が忙しいと言われたものの、瞬は紫のアパートへやって来た。

腕の中で蕩けるような甘い声の合間に見せる憂いを含む視線が気になり、いても立ってもいられず紫に会いたい一心でやって来てしまった。


「まだ、仕事であるか……」


ノックしても何の返事も無く、会社まで迎えに行くか迷っている。


「すれ違っても良くないな……」


会社からの護衛は、華ちゃんの旦那に頼んである。今のところ人間界で紫を探し出そうなんてする輩の話も聞かないので、まだ危険は無いだろう。

部屋へ入って帰りを待とうとした瞬は、ドアノブに手を掛けた時、ふと違和感を覚えた。


あれ……?鍵が開いておるのか?


嫌な予感が走る。


「紫!!」


勢いよくドアを開けるものの、そこはテレビも無い、紫を抱き締めて眠ったベッドも無い……家財道具が一つも置かれていない殺風景な部屋だった。


「な……何で……どういう事だ……?」


瞬はただ、がらんどうになった部屋の中で呆然と立ち尽くすした。



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