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第七十四話

 気を取り直して、三人目の治療に当たろうとしていた時だ。いきなりガシッ!と横から腕を引っ張られた。

腕を掴んでいる手を視線で辿り、その人へ顔を向ける。


「……」


そこには、無言でじっと私を見つめる男性がいる。縮れた黒髪に半分しか開かれていない虚ろな目、沢山のもののけがいる中でも、異様な不気味さを漂わせている。


り、律さん……


咄嗟に律さんを探すものの、次の人用に薬を飲む為の飲み水を汲みに行ってしまっていた。


「えっと……すみませんが、重い方から先に診て行きますので、お待ち頂けますか?」


不気味な男性に恐る恐る話し掛ける。だけど、男性は掴んだ手を離そうとしない。

こちらから離そうと腕を捻ってみても、余計に強い力が込められた。


「離して下さい。」


ただならぬ不気味さに、微かに震えてくる身体を抑えながら、努めて冷静にお願いする。

すると男性は、ブツブツと何かを話し始めた。


「……上の……女……」

「えっ?」


男性の言葉が聞き取れずに聞き返すと、今度ははっきりと耳に届いた。


「極上の、人間の女だ……」


男性の言葉が聞き取れたと同時に、男性は巨大な蜘蛛に姿を変える。掴まれていた手の代わりに、シュルシュルと蜘蛛の糸が身体に巻き付かれていく。


「ひっ!!」


長屋の中は、あっという間に逃げまどう人達でパニックになっている。


こ、殺されるっ!!


あまりの恐怖に身体が強ばった瞬間、何処からともなく飛んできた炎が蜘蛛の糸を焼き切り、ふわっとした温もりに包まれた。


「紫!逃げるぞ!!」


私を担ぎ上げ長屋を飛び出していく、風になびく絹糸のようなさらさらとした銀髪に逞しい腕。


……瞬……


恐怖からか安心感からか、よく分からない感情が込み上がり、目の奥がじわりと熱くなる。


「紫を頼む!!」

「は、はいっ!」


長屋を出たところで水汲みから戻ってきた律さんに私を預け、瞬は私達を追って出てきた巨大な蜘蛛に向き直る。


「……お前は殺す!」


瞬の、聞いた事も無い地を這うような怒りの声が聞こえるな否や、瞬は狐火を纏った大妖狐に変幻した。

巨大な蜘蛛が糸を吐き出して、瞬を拘束しようとする。糸は身体に纏っている狐火に焼かれ、すぐに消えて無くなる。

瞬と巨大な蜘蛛の攻防に目を離せずにいると、律さんが頭を下げてきた。


「申し訳ありません。土蜘蛛が紛れていると気付かず……」

「土蜘蛛?」

「ええ。害妖の一種で、数年前に美子様が襲われた際、全滅させたので、確認を怠ってしまいました。」

「全滅していなかったって事ですか?」

「あの手の害妖は、後から勝手に増えて来ますので……」

「そうですか……」


再び瞬と土蜘蛛との攻防に目を向ける。土蜘蛛の足の何本かは、焼かれたらしく、短くなっている。

土蜘蛛は逃げようと、ジリジリと後ずさりを始める。その時、土蜘蛛の後ろ側から、瞬とは違う炎が飛んできた。


「うわぁ~~!!」


断末魔の声が聞こえ、あっという間に土蜘蛛が燃え尽きていく。灰になった土蜘蛛から上がっていた煙が風に流され、その後ろから、肩に重症者らしき人を担ぎ上げ、片手から瞬とは違う火を出している颯さんが顔を出した。


「これは一体……何があったの?何で土蜘蛛が……」


手にあった火を収めてこちらへ近づいてくる颯さんに、人間の姿に戻った瞬が喰ってかかる。


「何故紫を連れて来た!!」

「あっ……じ、重症者には薬が効かなかったから……」

「何故、我に言わぬ!何故紫の顔を無防備に晒した!」

「ご、ごめん……一刻を争う事態だと焦っていて……」


瞬の勢いに、颯さんはたじたじになっている。そんな颯さんに瞬は道端に置いてあった麻袋を押し付けた。


「白蛇族に言って、改良した薬を作って貰っておる。紫はもう連れて帰る故、そっちで勝手にやってくれ。」

「わ、分かった……紫ちゃん、ごめんね。怖かったよね……」


颯さんが気遣わしげに声を掛けてくる。あまりの恐怖に腰が抜けていた私は、カクカクと首を縦に振って答えるしか出来なかった。





 動けない私は、瞬に抱き上げられたまま、妖狐族の屋敷まで戻った。瞬は離れの部屋へ入ると、そっと私をソファへ下ろし、ギュッ!と抱き締めてくる。


「本当に間に合って良かった……心臓が止まるかと思ったぞ……」

「うん……怖かった……」


まだ微かに震える私の身体を落ち着かせるよう、瞬は背中を擦ってくれている。


「さっきの……」


さっきの土蜘蛛って何?

尋ねたいのに、声が震えて言葉が続かない。察してくれた瞬が、私をなだめながら口を開いた。


「あの蜘蛛は土蜘蛛と言ってな。人間界で罪を犯した(おなご)を拐かし、子孫繁栄する悪妖だ。種付けをした後、腹の中で子が育てば、腹を食い千切り産まれる。そして(おなご)は、そのまま子の糧となるのだ。」


お、お腹を……そのまま糧って……現実にそんな事あるんだ……

もし、瞬が来てくれなかったら……


想像だけで、背筋にゾクリと悪寒が走る。


「で、でも、私は罪なんて……警察に捕まるような事はしていないよ!」

「こちらの世界におれぱ、関係無いであろう。他の種族に手付けをされておる気配があれば、手出しはせぬがな。」


瞬は抱き締める腕を少し緩め、私の顔を覗き込んでくる。


「そこで、紫に提案なのだが……」

「何?」


瞬の話を聞き、その提案を受け入れた私は、今までと違う人生を歩む決断をした。



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