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第七十三話

 瞬が改めて四天王の皆に説明すると言ってから一週間が経とうとする頃、オフィスに颯さんが飛び込んできた。


「紫ちゃん!急いで一緒に来て!」

「へっ?!な、何で颯さんが?!」

「いいから、事情は行きながら話すから!」

「いや、私は仕事中で……」


グイグイと私の腕を引っ張る颯さんに戸惑っていると、天鼠部長が仲裁に入ってくれる。


「颯さん、どうされましたか?」

「緊急事態なんだ!紫ちゃんの力がどうしても必要なんだ!」


私の力……?

こんなに颯さんが焦っているんなら、本当に大変な状況なんじゃぁ……


その言葉を聞いた私の能力を知っている天鼠部長も、何かを察したらしく、その場で聞き耳を立てている社員の目を誤魔化すよう、咄嗟に嘘をついた。


「えっ?日向さんの婚約者さんが、大怪我ですか?それは大変だ!すぐに行ってあげなさい。」

「わ、分かりました!」


わざとらしく大きな声で、早退を後押ししてくれる天鼠部長に軽く頭を下げると、急いでパソコンの電源を落とし、バッグを掴んで、颯さんと一緒にオフィスを飛び出した。





 「一体何があったんですか?」


もののけの世界へ行く途中、颯さんに尋ねる。颯さんは回りに聞こえないよう、声を潜める。


「数年に一度、もののけだけがかかる妖結核っていう流行病があって、今、城下町で流行ってるんだ。」

「えっ?それって、どんな病気なんですか?」

「咳が止まらなくなって、症状が酷くなると血を吐いたり……」


成る程……人間の結核と症状は一緒なのに、もののけだけがかかる病があるんだ……


「薬はあるんだけど、病原菌に耐性がついちゃったのか、今回は重症者が多くてね。症状が進んでから薬を飲み出した人達が良くならないんだ。」

「でも、私は病気を治す事なんて……」

「昔の文献には、病気も治せたって書いてあったよ。」


……ん?まてよ……

症状が進んでから薬を飲んでも治らないって、言ったよね……


「颯さん。症状の出始めに薬を飲めば、大丈夫って事ですか?」

「うん。症状が酷くなる前に飲むとか、主要四族みたいに定期的に飲んでる者は、大丈夫なんだ。」


成る程……なら、症状が出る前まで時間を遡って薬を飲んで貰えば、何とかなるかな……


「颯さん。薬は人数分ありますか?」

「今、瞬達妖狐族が白蛇族の村へ追加を取りに行ってるよ。あっ、白蛇族は、薬の調合に秀でてる種族ね。」


私には分からないと思ったのか、颯さんが解説してくれる。


白蛇族ね……蛇……もののけの種族、まだまだ奥が深いな……


そんな話をしている間に、狛犬が迎えてくれる神社に着き、もののけの世界へ連れて行かれた。





 城下町の大きめな長屋に案内されて中へ入ると、そこには床を埋め尽くすもののけ達が、激しい咳をしながら座り込んでいた。


「これは……」


想像以上に多い患者さん達を前に、思わず眉間に皺を寄せてしまう。


酷い……これは、颯さんが私を呼びに来るのも分かるかも……


「紫ちゃん、お願いできる?」

「分かりました。症状が酷い人から順に診せて貰えますか?それと、私が治した後、すぐに薬を飲ませてあげて下さい。」

「了解!」


そして颯さんは患者さんの世話をしていた一人の女性を呼び、私に紹介してきた。


「彼女は犬神の城に勤めている女中頭で(りつ)だよ。必要な物は、彼女に何でも言って。」

「分かりました。律さん、よろしくお願いします。」


颯さんが律さんにさっき私が言った事を説明する。そうしている間にも、長屋の扉が勢いよく開かれて、次々と患者さんが運ばれてくる。


「颯様!歩けない者を連れて参りました!」

「右京、すぐにこっちへ!」


長屋へ入ってきた右京と呼ばれた男性は、背中におばあさんを担いでいた。

右京さんはおばあさんを背中から下ろすと、すぐにまた外へ飛び出していく。そして、颯さんも後に続いて長屋を飛び出していった。


「えっと……今のは……」


あっけにとられていると、律さんがてきぱきと薬の準備の手を休める事無く、説明してくれた。


「今のは、犬神の幹部の者です。定期的に薬を飲んでいる城の者が城下町を一軒ずつ回り、歩けなくなる程の重症者がいないか、確認しております。」

「成る程……」

「ささ、こちらの者から診察をお願いします。」


律さんに促され、まずは運ばれてきたばかりのおばあさんの側に膝をつく。


って、怖っ!このおばあさん、腕に沢山の目がっ!もしかして、"百々目鬼"っていうもののけ?!

いやいや……怖がっている場合では無いよね……


「……」


でも、やっぱ怖っ!


自分を落ち着かせる為に大きく息を吐き出して、恐る恐る話し掛ける。


「おばあさん、症状が出たのはいつ頃ですか?」

「ゴホッ!い……ゴホゴホッ!いっ……ゴホッ!」


おばあさんは咳が止まらないのか、苦し気に答える。


これは……五日前か一週間前か、微妙かも……

十日前まで遡れば大丈夫かな……


「無理に話さなくてもいいですよ。楽にして下さいね。」


声を掛けながら、おばあさんの胸に手を当てて心の中で念じる。


このおばあさんを十日前の状態に……


「ゴホッ!ゴホゴホッ!」


念じ終わっても、おばあさんの咳が止まらない。


あれっ?力が無くなった?

もしかして症状が出たのって、一ヶ月前だった?


もう一度、おばあさんの身体に手を添えて、念じなおす。


おばあさんを一ヶ月前の状態に……


すると、おばあさんの顔からすっと苦しそうな表情が消え、キョトンとしている。


「あれ?急に治った……私は一体……」


良かった……やっぱり期間が間違っていたんだ……


咳が止まったおばあさんに、すかさず律さんが薬を差し出し、それをおばあさんが飲む。

ふぅ……と安堵の息を漏らし、次の患者さんの側へ膝をつく。今度は、普通の人間に見える小さな男の子だ。


「大丈夫かな?咳はいつ頃から出始めたか言える?」

「ゴホゴホッ!」


答える間もなく、小さな男の子は苦し気に咳を繰り返す。


どうしよう……

さっきみたいに、一ヶ月前でもいいかな……


苦しいのに無理に答えさすのも何だかと思い、小さな背中を擦りながら念じてみる。


この子を一ヶ月前の状態に……


すると、ポン!と音を立てて小さな男の子は、つるりとした大きな顔から手足が生えたもののけに変化(へんげ)した。


「うわわっ!な、何?!」


いきなり現れた大きくて不気味なもののけに、腰を抜かしてしまう。


「あぁ。紫さまは"ぬらりひょん"に会うのは初めてでしたか。」

「……大きくなる者は、始めに教えて下さい。」

「ささ、お前さんもこの薬を早く飲んで。」


律さんは私の訴えを、こんな事くらい当たり前に分かるんじゃないの?と言わんばかりに首を傾けた後、ぬらりひょんへ薬を差し出す。


はぁ……小さな子供だと思って、完全に油断してたわ……

もののけの世界、恐るべし……



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