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第七十話

 事態が動いたのは、翌日の朝の事だった。陸さんが、私達の部屋へ、瞬のお父さんの付き人であるおじいさんから預かったという手紙を持ってきた。


「では、私はこれで。」

「陸、待て。お前宛てでもある。」


手紙の包みを開いて宛名を確かめた瞬は、腰を上げて部屋から出ようとしていた陸さんを、すぐに引き留める。

昨日は私の身体を気遣って、すぐに離れの部屋へ引き込もってしまった為、まだ陸さんが瞬の弟だという事は、瞬は知らない。陸さんはその事だと察したのか、無言で私達へ向き直って跪いた。


「正確には、我ら三人宛てのようだ。読むぞ。」


瞬が読み上げる手紙は、私への非礼の謝罪から始まり、瞬のお父さんの生い立ちに関しての話だった。


「───という訳で、犬神に対抗するよう厳しく育てられ、花を愛でておられた優しい御隠居様は、次第に笑顔を失くされていきました。」


成る程……瞬のお父さんも、最初から悪い人では無かったんだ……


それからは、徐々に瞬のお父さんが強い妖狐族を目指した歪んだ考えに傾倒していった事、一番側で見守りながらも暴走を止められなかった事等、過去を悔やむような文面だった。


「───ただ、そんな御隠居様にも、一人だけ心を許した女性がおられました。陽様の乳母で屋敷へ奉公に来た、御屋形様の母上であります。御隠居様は足繁く離れに通い、二人は結ばれました。」


へぇ~。あの瞬のお父さんにも、そんな甘酸っぱい青春があったのね……


「───ですが、御屋形様の妖力が生まれつき強かった為、正妻の怒りを買う事となりました。そして、陽様が亡くなられた御屋形様襲撃事件が起きたのです。その時、すでに懐妊が分かっていた御屋形様の母上は、子供が二人になればまたどちらかが殺されてしまうと考え、二人の子供を守る為に御屋形様を屋敷に置き、御隠居様に黙って屋敷から逃げ出しました……って、えっ?!我に弟か妹がおったのか?」


瞬は目を見開いて、手紙から目を離した。


そりゃ、いきなり知らされたら、誰でも驚くよね……


私は瞬の手紙を持つ腕に手を添えて、軽く頷き、先を読むよう促す。


「───御屋形様の母上は、御隠居様の手の届かない大入道の村の外れで、ひっそりと赤子を産み育てました。御隠居様は裏切られたと怒り狂い、捜索しましたが、見つかる事はありませんでした。そして百年の月日が流れ、居所を知っていた私は、成人しただろう赤子を、屋敷で雇ってはどうかと御隠居様へ提案いたしました。そして後日、御隠居様は陸を連れて、屋敷へ戻ってきました…………陸……なのか……?」


瞬は驚きを隠さず、陸さんに問いかける。


「私も昨日聞かされました。ただ、私は銀髪ではありませんし、御屋形様ほど妖力が強く無いので、半信半疑でしたが……」


相変わらず無表情のまま、陸さんが答えた。


「そうか……我にもまだ血の繋がった家族がおったのだな……」


心なしか少し嬉しそうな瞬は、手紙の続きを読み始める。

だけど、続きには、お母さんがお父さんに殺された事が書いてあった。お母さんに裏切られたとの思いは、愛情を憎しみに変えてしまっていたと……


「───今回、姫様の事で御屋形様のお怒りを買ってしまった事は、重々承知しておりますが、止められなかったこのじじいにすべての責任があります。どうか、御隠居様は罪人としてではなく、御隠居様のまま生涯を終えてやって下さい。すべての罪は、このじじいが…………」


えっ?!


嫌な予感が走る。


「マズイ!陸、すぐに父上の所へ行くぞ!」


瞬は勢いよく立ち上がり、部屋から飛び出していった。それに続いて陸さんも飛び出して行く。


「ちょっ!一体何?!」


訳も分からず、私だけ部屋に取り残されてしまう。


あの二人の足には追い付かないだろうし、部屋から出ない方がいいよね……

はぁ……こんな時に美華がいれば、一緒に追いかけられたのにな……


瞬が落とした手紙を拾い、一人で勝手に読む事を申し訳無いと思いながらも、続きに目を走らせた。


「う、嘘……」


そこには、おじいさんがすべての罪を償い、命を断つという事が書かれてあった。

手紙を持つ手が震えてくる。


「……憎しみは憎しみしか生みません。この連鎖を裁ち切るべく、このじじいが御隠居様を道連れにいたします。どうか、じじいに免じて、これ以上誰も憎む事無く、兄弟が争う事無く力を合わせて、妖狐族を発展させて下さい。そうすれば……母上も浮かばれるでしょう……」


この先は、涙で滲んで、読む事が出来なかった。


「うっ……嘘だよね……ううっ……何も、死ななくても……どうして簡単に死を選ぶの……」


私には、ただただ、おじいさんの深い愛情を持った決断を綴った手紙を握り締めながら、誰一人命の灯火が消えないよう祈る事しか出来なかった。



─────



 陸と二人で森を駆け抜け、父上が隠居する屋敷へと全速力で走った。


「御屋形様、手紙には一体何が!」


走りながら我に付いてくる陸が、問いかけてくる。


「じいやは、死ぬつもりだ!父上と共にな!」

「えっ?!誠にございますか!」

「このような事、冗談なんぞ言わぬ!」


あんな父上でも、嫁取り問題が起こるまでは、妖狐族をまとめ上げ、妖狐族の為に走り回り、立派な当主として尊敬の念を抱いていた時期もあった。


二人とも無事であってくれ!

もう誰一人、跡取りなんぞくだらぬ理由で、命を落とさせぬ!


必死で森を走り抜けると、父上の隠居屋敷が見えた。着いたと同時に、扉に手を掛ける。だけど、扉は開かない。


くそっ!閂をしておるのか!


「父上!じいや!聞こえるか!」


ドン!ドン!と、扉を叩くが、誰も出て来ず、返事さえも聞こえない。


「父上!じいや!扉を壊すぞ!」


体当たりする為に、扉からの距離を取る。


「御屋形様、私がやります!」


陸がそう言って、思いっきり扉に体当たりをした。


ドンッ!ドンッ!


二回目の体当たりで扉が屋敷の土間へと倒れ、砂ぼこりが舞い上がる。

それにも構わず、屋敷の中へ土足で踏み入る。


「父上!じいや!無事か!」


陸と二人、障子を開けながら屋敷の中を捜索する。


「何処だ!」


台所近くの部屋へ入った時だ。願いも虚しく、目に飛び込んできたのは、膳を前に息耐えた二人の姿だった。


「父上!父上!」


倒れている二人を見つけて駆け寄り揺り動かすものの、二人とも口から泡を吹き出し、既に事切れていた。


「御屋形様、こちらが……」


陸が指し示す先には、二人が食していたと思われる膳が残されていた。

膳には、毒草が混ざった小鉢があり、二人ともそれを食べたようだ。

そして、じいやの希望どおり父上を罪人とせず、二人とも誤って毒草を口にしたという事で、事後処理をした。





 父上の葬儀の後、我は陸を誘い、離れの縁側で酒を酌み交わした。


「陸……これからどうしたい?陸が望めば、付き人の職を解いて、我と同じく跡取りと名乗る事も出来るが……」


陸は黙って首を横に振った。


「御屋形様さえ良ければ、このままでお願いします。」

「……理由を聞いても良いか?」

「私は御屋形様の妖力には敵いません。私が御隠居様の子供と名乗り出たところで、現状は何も変わらないでしょう。ですが今後、御屋形様の友和な考えを否定するものが現れれば、私を担ぎ上げる輩も出て来かねません。今までと同じく御屋形様の側で、御屋形様をお支えいたしとうございます。」

「そうか……」


陸らしい判断であるな……賢明で、何よりも妖狐族の事を考えておる……


手に持っていた盃に入った酒を飲み干し、月を見上げながら陸に話し掛ける。


「ならば、条件がある。」

「何でしょうか。」

「時々で良い故、今宵のように酒に付き合ってくれぬか。そして、母上の話を聞かせて欲しい。」


一瞬息を詰まらせたような気配がした後、陸から返事があった。


「……畏まりました。」


いきなり兄弟だと言われても、まだ二人とも実感が湧かないのが実状であろう。少しずつで良いので、兄弟になれればとの提案であったが、拒まれなかった事に安堵し、徳利を手に陸の盃へ並々と酒を注ぐ。

そして陸は、相変わらず無表情ながらも微かに優しい表情を浮かべて、母上の話を始めた。


「母上は教養があり、世話になっている大入道の子供達に、読み書きや算盤を教えて生計を立てておりました。そして、いつも肌身離さずお守りを持っておりました。」

「……お守りを?」

「はい。一度中身を見せて貰った事があるのですが、短く切られた銀髪が入っておりました。その時は何故そんな物をと不思議でしたが、今思えば、御屋形様の髪の毛だったのかもしれません。」

「そうか……」


母上は、我を忘れておらなかったのだな……


母上の話は、微かな記憶にある優しい母上そのものであった。

その日は、夜更けまで二人で語り合った。

二人を優しく見守るように、月の光が縁側を包み込んでいた。



─────






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