第六十九話
「御隠居様……どういう事なのか、説明をして下さい。」
みんなが言葉を失ったように静かな部屋で、陸さんが戸惑いながらも声を出した。
「これ以上、何の説明が要るのだ?」
「私は物心ついた頃から、父親は居ないと聞かされておりました。」
「父親が居ないと聞かされておったのは、お前の素性を隠す為であろう。周りに知れ渡れば、自身やお前の命が狙われると考えたのであろうからな。」
「……では、母を殺したのは……」
「ああ。それはワシだ。」
何て事を……母親殺しを平然と語るなんて……
「な、何故母を殺さなければ……」
震える声で、陸さんが更に問いかける。
「お前を引き取る申し出を断ったからだ。ワシに逆らうなど、最後まで愚かな女であった。」
何かを堪えるように、陸さんは指が食い込む程、強く手を握り締めている。それに気付かないのか気にしないのか、瞬のお父さんは話を続けた。
「あの女は瞬を捨てて、屋敷の奉公から逃げた奴であるからな。母親としても最低な女であろう。まぁそれも後で、お前を身籠ったからだと知ったがな。」
えっ……?瞬を捨てて?瞬と陸さんは、同じ母親……?
「母は……」
絞り出すように、陸さんが呟く。
「母は、いつも何かに怯えていました……殺された陽様が襲われた時期と母がお屋敷を出た時期を考えれば……御隠居様の話でそれも理解出来ました……」
「やっと理解出来たか。ならば、早く高倉の女を手付けせぬか。」
「……」
俯いて動かない陸さんに、瞬のお父さんが怒鳴り付ける。
「陸!早くせぬか!身寄りが無くなったお前を屋敷に招いてやった恩を忘れたのか!」
何が身寄りが無いよっ!母親を殺して身寄りを失くしたのは、アンタのせいじゃん!このくそジジイがっ!
覚悟を決めたのか、陸さんの顔は無表情に戻り、虚ろな目を私に向けてきた。咄嗟に身構えようとするものの、手足も動かせず痺れで声も出せない状態では、抵抗なんて何も出来ない。
ガバッ!と覆い被さってきた陸さんを、かろうじて動く目で止めるよう必死に訴える。
「御隠居様……恐れ入りますが、終わるまで母屋でお待ち頂けないでしょうか。見られていると、私好みに攻められませんので。」
私を見下ろしたまま陸さんがそう呟き、私の首筋に顔を埋めてきた。
ちょっ!陸さん!本気なの?!
そう思ったものの、ふと陸さんの行動に違和感を感じた。
あれ……?首筋に何も触れていない……
もしかして、振りをしているだけなの?
陸さんの行動を見ていた瞬のお父さんは、うまく勘違いしたのか、仕方ないといったため息を一つ吐き出して、茶室を出て行く。瞬のお父さんに続いて腰を上げたおじいさんは、嘆かわしいものを見るような同情の目を私に向けた後、何かを振り切るように顔を横に振って出ていった。
「まだ、茶室のすぐ側で様子を伺っているようです。暫くはこのままで。」
耳元で陸さんはそう呟き、暫く私を襲う演技を続けた。
どのくらいそうしていたか、外が落ち着いたと判断したのか、陸さんはゆっくりと顔を上げて、ひょいと私を軽々荷物を運ぶように肩へ担ぎ上げ、立ち上がる。
「動けるようになったら、振り落とされないように、私へしがみついて下さい。」
しがみついてって、まだ動けないし……って、うわわっ!
陸さんは私の戸惑いを他所に、勢いよく茶室から飛び出していった。
「このまま屋敷まで走ります。」
そう呟くと、陸さんは広い庭を一気に走り抜け、妖狐族の屋敷へ続く森の中の小道へ入っていく。
「うっ!」
小道へ入って暫くすると、陸さんの微かなうめき声が聞こえたと同時に、ドサッ!地面へと投げ出された。
い、痛たっ……
投げ出された時の衝撃で痛む箇所を擦る事も出来ず、陸さんに目を向ける。すると、倒れた陸さんの後ろに仁王立ちする瞬のお父さんの姿が見えた。
「この程度の隙を与えただけで、逃げ出すとは……この腰抜けが。」
瞬のお父さんは苛立たしそうに、ドカッ!と陸さんを蹴り上げた。地面に倒れたまま、陸さんは苦しそうな声を出す。
「ご、御隠居様……」
もう一度瞬のお父さんが陸さんを蹴ろうとした時、私を迎えに来たおじいさんが、陸さんの前に出て両手を広げた。
「御隠居様、もう政事は若い世代に任せましょうぞ。私は御隠居様の側におります故、何卒……」
瞬のお父さんの怒りが、陸さんを庇ったおじいさんに向けられる。
「煩い!お前まで、ワシに口答えする気か!」
危ないっ!
今度はおじいさんが殴られそうになった瞬間、何処からともなく見覚えのある青白い炎が、勢いよく二人の間に飛び込んできた。
盾のようにボッ!と燃え上がった大きな炎は、一瞬で二人を引き離し、跡形もなく消え去った。
えっ……?まさか、瞬?
そう感じるとすぐに、ふわっと抱き上げられる感覚に包まれる。
「紫、大丈夫か?」
かろうじて動く目を向けると、そこには心配そうに私の顔を覗き込む瞬が見えた。
痺れでぐったりとして声も出せない私、倒れている陸さん、陸さんを庇うように両手を広げたおじいさん、順に見渡した瞬は状況を察したようで、ギュッ、と私を抱き締める腕に力が込められた。
「言伝てを聞いてすぐに来てみれば……父上は一体何をしておるのだ!」
一瞬で殺気立つ瞬に、おじいさんが今度は瞬のお父さんを庇うように身体を向け直す。
「御屋形様、この場は何卒……何卒このじじいに免じて、お引き下さい。」
「だが……」
「お願いします!」
地に頭を擦り付けて許しを乞うおじいさんを見て、瞬も怒りを納めたようだ。私を抱えたまま陸さんの側にしゃがんで声を掛ける。
「陸、大丈夫か?歩けるか?」
「御屋形様……私は大丈夫です。姫様は、人間だけに効く痺れ薬を飲まされております。恐らく二、三時間で回復するかと……」
よろよろと立ち上がりながら、陸さんが答える。
ホッ……良かった……陸さんは重傷では無さそう……
瞬も、微かに安堵の息を漏らしている。だけどすぐに表情を険しくし、瞬のお父さんへ向き直った。
「父上。今回ばかりは隠居だけで済まされると思わぬように。後日、事情聴取の場を設ける故、相応の処分を覚悟なされよ。」
瞬のお父さんは不貞腐れたように横を向いて、瞬の言葉に返事をしなかった。その横で、おじいさんは深々と頭を下げていた。




