第六十八話
週末になり、もののけの世界へ行く為に、陸さんがお迎えに来てくれた。そして、瞬は夕方まで当主の仕事があるらしく、通された妖狐族の離れで、護衛の陸さんと二人きりだ。
私は和室に似つかわしくないソファーへ座り、お茶を入れてくれた陸さんは、私から少し離れた斜め後ろで、相変わらずの無表情で身動き一つせずに、正座をしている。
き、気まずい……落ち着かない……
せめて美華がいてくれれば良かったのに……
「あの……」
「はい。」
うっ……話し掛けてみたものの、話題が無い……
ひとまず当たり障りの無い話を振ってみる。
「陸さんは、ここで働き出してから、もう長いのですか?」
「……私が100歳で成人してからなので、10年程です。」
「そうですか……」
会話終了……
ど、どうしよう……無表情かつ無口とは……このルーツは何処から……
そうだ!
「ご両親はお元気ですか?」
「いえ……私には、両親ともおりません。」
「ご、ごめんなさい……変な事を聞いて……」
あちゃ……陸さんも親が居ないんだ……しかも、両親共……
「気にされないで下さい。ここの世界では珍しい事ではありませんから。」
「そうですか……」
しゅん……と項垂れる私に気を遣ったのか、陸さんが珍しく話を続けてくれた。
「父親は最初からおりません。母親は私が成人になる時まで生きていました。ですから、幼少期に母親を亡くした御屋形様より寂しい思いはしておりません。」
「成人するまで、ですか?」
「はい。母親を辻斬りで亡くした後、今の御隠居様に声を掛けて頂き、お屋敷に上がらせて頂きました。なので、特に苦労もしておりません。」
つ、辻斬り……殺されたって事だよね……
やっぱり前に颯さんが言ってたとおり、人の死を目の当たりにする事が多い世界なのかも……
いくら苦労して無いって言われても、それは……
返事が出来ずに言い淀んでいる時、部屋の外から声を掛けられた。私の代わりに陸さんが対応し、部屋へ入ってきたのは、白髪のおじいさんだった。
この人……確か瞬のお父さんに付いて行った人……
思わず身構えるものの、おじいさんは私の顔を見るなり、シワシワの顔をくしゃっとして、人懐っこい笑顔を浮かべた。
「姫様、元日の頃よりお元気になられましたようで、安心しました。」
「あ、はい。お陰様で。」
「御隠居様が、自分の妻がしでかした姫様への無礼を侘びたいとの事です。宜しければ、お越し頂けないでしょうか。」
「えっ?瞬のお父さんの家にですか?」
「左様にございます。お詫びに茶を立てると、準備しておいでです。」
「でも……」
おじいさんの思わぬ申し出に不安が過り、陸さんの顔を見る。陸さんが私の気持ちを代弁するように、おじいさんへ向き直った。
「……御隠居様は、もう姫様の御命を狙う事はありませんか?」
「もちろんですとも。高倉の血を大層大事に思われておりますから。」
あはは……
おじいさんの即答に、心の中で苦笑いをしてしまった。
おじいさんの返事を聞いた陸さんが、更に言葉を続ける。
「では、御屋形様へ伝言を致しますが、宜しいでしょうか。」
「そうなさって下さい。その方が御屋形様も安心されるでしょう。心配なら陸も護衛で付いて来なされ。」
瞬への伝言も迷い無く勧めるおじいさんに、他意は無さそうだ。
「姫様、いかが致しますか?お出掛けされるのであれば、私もお供致しますが。」
「う~ん……どうせ瞬も夕方まで仕事だし、それまで退屈だもんね……」
陸さんも私も身に危険は無いと判断したのか、女中さんに瞬への伝言を頼み、おじいさんと陸さん、私の三人で、瞬のお父さんが住む家へと向かった。
瞬のお父さんが住む家は、少し広めな古民家だった。着いてすぐに離れの茶室へ案内されると、強面に笑顔を浮かべた瞬のお父さんが待っていた。
「紫さん。よく来てくれた。」
「ご、ご無沙汰しております……」
やっぱり、笑顔の強面には、まだ慣れそうも無いな……
そんな思いはひた隠しにして、何とか笑顔を返す。
「ささ。そこへ座りなさい。今、お茶を立てよう。」
用意されていた座布団の上に、恐る恐る腰を下ろした。
「こちらの世界へは大分慣れたかな?」
瞬のお父さんがお茶を立てながら、私へ話し掛けてくる。
「あ、はい。少しずつですが。」
「そうか、そうか。瞬との祝言も楽しみだろう。」
「ええ……そうですね……」
まだ婚約者設定は保った方がいいんだよね……
瞬のお父さんは純粋に楽しみにしているようだ。少し後ろめたい気分で、返事をする。
そんな話をしているうちに、立て終わったお茶が、私の前へ置かれた。
「どうぞ。」
や、ヤバい……お茶の作法を全く知らないんだけど……
「えっと……」
戸惑ってお茶碗に手を出せない私を見て、何か勘違いしたのか、私の横から陸さんがお茶碗に手を伸ばした。
「御隠居様、念のため私が毒味をしても宜しいでしょうか。」
陸さんの申し出にも嫌な顔をせずに、瞬のお父さんはにこやかだ。
「好きなだけ構わぬ。」
「……それでは。」
お茶碗を手にした陸さんが、くるくるとお茶碗を回して一口飲んだ。
成る程……そうやって飲めばいいのか……
陸さん、お手本をありがとう♪
喉をコクリと一回鳴らした陸さんは、お茶碗を再び私の前へ置いた。
「姫様、大丈夫です。」
「ありがとうございます。」
陸さんへ一言お礼を言って、見よう見まねで手に持ったお茶碗を回し、お茶へ口を付ける。
「うっ!」
コクッと一口飲み込んだ瞬間、食道が痺れるような感覚に襲われた。
「姫様?」
陸さんが私の顔を覗き込んでくるものの、喉が痺れて声が出せない。
な、何これ……さっき陸さんが飲んだ時は、何とも無かったのに……
ゴトッ!
体中に痺れがまわり、私の手からお茶碗が滑り落ちた。
「姫様!」
ただ事では無い状況を察知したのか、おじいさんまでが私の側へ駆け寄ってくる。そんな中、瞬のお父さんだけが、笑顔のままだ。
「御隠居様!一体何を!」
陸さんが珍しく声を荒げ、瞬のお父さんに詰め寄っている。瞬のお父さんは笑顔を崩す事無く、陸さんに言い放った。
「陸、今から高倉の女に手付けをしろ。」
「……は?」
陸さんも訳が分からない様子で、瞬のお父さんへ聞き返す。
「高倉の女には、人間だけに効く痺れ薬を飲ませておいた。今のうちに早く営め。」
「恐れながら、御隠居様の意図が分かりません。」
「お前の父親はこの俺だ。つまり、お前にも妖狐族当主になる権利はある。ワシに逆らう瞬に代わり、お前が当主となれ。」
無表情の陸さんの目に、戸惑いが浮かび上がった。
「私が……御隠居様の……」
えっ……?って事は、陸さんは瞬の弟なの?
突然告げられたカミングアウトに、陸さんも私も驚きを隠せなかった。




