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第六十七話

 休み明け、人間界で普通の生活が始まった。仕事から帰り、アパートで一人、意地になって、スマホとにらめっこをしている。


「絶対、キスだけで凌いでやるっ!」


って言っても、そもそも瞬と私では、経験値が違い過ぎる。そこで頼りになるのは、検索エンジンだ。


「えっと……上手なキスの仕方っと……」


初級編って書いてあるのが無難かな?どれどれ……


「まずは唇のケアをしないといけないのね……」


そりゃそうだわ……乾燥したガサガサの唇で、キスされてもねぇ……


「リップ、リップ……何処に置いたかな……」


ゴソゴソと小さなコスメボックスの中から、リップクリームを探す。


「あった!って、透明かぁ……」


これは会社には付けて行けないよね……化粧して唇に色が無いと、顔色悪く見えるし……明日昼休みにでもドラッグストアへ行って、色つきのリップクリームを買うか……


「そうだ、そうだ。続きは……えっと……」


透明なリップクリームを塗りながら、続きをスクロールしていく。


まずは小鳥のように軽く触れてみるのね……そういえば瞬も最初は重ねるだけだったし……

それにしても、瞬とキスするのって力が抜けてくるというか……気持ちいいんだよね……


「……」


って、何を思い出してんのっ!


慌てて頭を振って、丘の上で交わしたキスの光景を掻き消す。


「続き、続きっ!それから、ぬいぐるみで練習ね……そういえば……」


UFOキャッチャーでゲットした良いのが有るじゃん♪"音符の異世界で勇者と恋に落ちました"シリーズ、騎士団長のフォルテッシモ様のぬいぐるみが!髪の毛も銀髪だし、ピッタリかも♪


テレビの脇に置いてあるフォルテッシモ様ぬいぐるみを、テーブルの上に置き替え、瞬に見立てる。


「まずは、リップノイズを立てて、啄んでみるのね。」


よしっ!と気合いを入れてぬいぐるみへ向き直った時、微かな違和感を覚えた。


あれ?ぬいぐるみの顔がにやけてる……こんな表情していなかったよね……ま、まさか……


じぃ~っとぬいぐるみを、疑いの目を持って凝視する。確信を持ってぬいぐるみの脇の下をこちょこちょすると、ポン!と音を立てて白い煙が舞い上がった。


「うわっ!」


驚いて尻餅を着くと、いつの間にか人の姿をした瞬が、私の上に跨がっていた。


「瞬……何やってんの?」


思わず瞬に、ジト目を向ける。瞬は私の視線を気にも止めずに、わざとらしい演技を始めた。


「紫、酷いでは無いか……離れてすぐに浮気とは……」

「浮気?」

「今しがた、我以外の男と口付けしようとしたであろう。」


瞬は、作務衣の袖で涙を拭う素振りをする。


「別にぬいぐるみなんて、浮気でも何でも無いし……」

「口付けの練習ならば、我がいくらでも付き合うというのに……」


ちょっ!な、何でその事を?!


「瞬!いつからここに居たの?!」

「う~ん……紫が"りっぷ"とやらを探しておる時くらいか?」


それって、結構前からじゃん!


「もうっ!勝手に入って来ないでよっ!」

「一生懸命口付けの仕方を我の為に調べておる、健気で可愛い恋人を、邪魔する訳にはいかぬであろう。」


か、可愛いっ?!可愛いって言われたっ!瞬に可愛いって!

って、駄目だ、駄目だ……


ほだされそうになる心を押さえ付け、ジロッと瞬を睨む。


「"親しき仲にも礼儀有り"って言うじゃん!」

「そのような怒った顔をしても、無理であるぞ。先程の姿を見ておれば、その膨れっ面も可愛いく見えてしまうからな♪」


うっ……もう、恥ずかし過ぎ……


そして瞬は、項垂れる私に、更に追い討ちをかけてくる。


「それで、今宵の成果を見せてはくれぬのか?」


瞬は上機嫌で、唇を突き出してくる。


「し、しないわよっ!」

「ほう。我を満足させる約束を破棄するのだな。ならば我も遠慮無く紫に手付けを……」

「ち、違うっ!」

「そう照れるでない。近こう寄れ♪」


近こう寄れって、時代劇の悪代官だよっ!


顔を近付けてくる瞬を力いっぱい押して、何とか話を逸らそうとする。


「そ、それよりも、次に逢うのは週末の予定だったじゃん!何か用事があるんじゃぁないの?」

「健気な恋人に逢うのに、理由が必要か?」

「も、もう、その話は忘れてよっ!」

「紫から口付けしてくれたら、忘れるかもな♪」


うっ……絶対に逃さないつもりだ……


観念して、瞬の両肩に手を乗せた。そして、ふぅ……と息を吐き出して、さっき調べた事を思い出す。


えっと……まずは軽く触れて……

は、恥ずかしい……絶対、顔が真っ赤だわ……


意を決して、目を閉じて待っている瞬に、軽く触れるキスを落とす。


チュッ♪


……あれ?無反応……


恐る恐る目を開けて、瞬の反応を見る。すると瞬は、ニヤリと笑って身を乗り出してきた。完全に、何かを企んでいる顔つきだ。


「我が満足する口付けなら、このくらいはしてもらわねばな♪」

「……へっ?」


何の事?と聞く暇も無く、頭の後ろに手を回されると同時に引き寄せられて、あっという間に深く唇を奪われた。


「んんっ!」


は……激しいっ!


息をもつかせて貰えない激しさに翻弄され、頭の芯がクラクラしてくる。


も、もう、駄目……何も考えられない……

瞬とのキス、このまま離れたくなくなる……


息も食いつくされるようなキスに翻弄され、たっぷりと瞬の好みを教え込まれたのだった。





 「うぅ……唇がヒリヒリする……」


瞬からたっぷりとお好みのキスを教え込まれた翌日、休み時間に購入した色付きリップクリームを塗りながら、会社のお手洗いで鏡を覗き込んでいる。


キスし過ぎて、唇が二割増しくらい腫れてる気が……その間ずっと上を向いていたから、首も痛いし……


とは言え、仕事は待ってくれる筈も無く、首に手を当てながらお手洗いを後にする。

そのままオフィスへ戻る廊下を歩いていると、バッタリと天鼠部長と出くわした。


「日向さん、大丈夫ですか?」


首を押さえながら歩いていた私に気付いた天鼠部長が、心配そうに尋ねてくる。


「だ、大丈夫です。ちょっと寝違えちゃって……あはは……」

「そうですか……無理はなさらないで下さいね。」


誤魔化すように苦笑いをする私を、天鼠部長は気遣ってくる。


はぁ……今はこの紳士的な対応が、心に染みる……


ほっこりとした癒しを甘受していると、天鼠部長は言葉を続けた。


「私が噛みついた所は痛まないと思いますが、体調など気になる事があればいつでも仰って下さい。」


そういえば天鼠部長は吸血鬼だったわ……


ほっこりとしと心が引いていくのを感じながらも、気遣いへのお礼をする。


「お気遣いありがとうございます。ですが、会社でこんな話は避けた方が良いのではないでしょうか。何処で誰が聞いているかも判りませんし……」

「大丈夫です。今は日向さんにだけ聞こえるよう、音波を出していますから。」


お、音波で会話していたのね……


「そうですか……なら大丈夫ですね。」

「ところで、来月の節分行事には、日向さんも参加されるのですよね。私も休みを頂いて参加するので、一緒に社員の記憶操作をしておきますね。」


えっ?記憶操作?!


「それは一体……」

「出勤しているように思わせておけば、何かと便利ですから。」

「でも、実際には居ないのに、そんな事が可能なのですか?」

「可能です。いつまでも歳をとらない私を見ても不審がられないよう、転職する度に行っていますよ。」


流石はもののけというべきか……時々、能力が羨ましくなるわ……


「分かりました。よろしくお願いします。」


軽く会釈をして、オフィスへ戻ろうとする。

天鼠部長の側を通り抜けた時、何かを思い出したように、天鼠部長に引き止められた。


「そうそう。日向さんにお伝えしたい事が……」


足を止めて、もう一度天鼠部長へ向き直る。すると天鼠部長は意味深な笑みを浮かべていた。


「キスは飴玉を転がしながら食べると、上手になるらしいですよ。」

「そうです……か?!」


はっ?!な、何で?!


目を見開いて驚くと、天鼠部長は更に続けてくる。


「すみません。聞くつもりは無かったのですが、花火を見る為に丘へ行った時、丁度日向さんと瞬さんの喧嘩が聞こえてしまいまして……」

「そ、それは……」


うわっ!は、恥ずかしい……


「では、頑張って下さい。」


そう言って、天鼠部長はその場を去って行く。


はぁ……美華にも知られてるよね……今度会ったら、絶対からかわれる……鬼のようにからかわれる……


天鼠部長の背中を見送りながら、コソッとため息をついた。




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