第六十五話
目覚めても体力が戻っていない私は、年末年始休暇中は、もののけの世界で過ごす事になった。
瞬は神社の初詣の準備に多忙なようで、美華が私に付き添っている。天鼠部長付きで……
「もう、慧ったら♪」
「可愛い過ぎる美華が悪いのですよ。」
美華と天鼠部長は、お互いをツンツンしている。
な、何だ?このバカップルは……
大目に見よう……ハネムーンが無くなった事だし、大目に見よう……
そう心に決めた時、天鼠部長が美華の肩を抱いた。
「美華、愛しています。」
「私もよ、慧♪」
大目に見れない……ほっといたら、何かが始まりそう……
瞬、お願いだから、早く帰ってきて!
その願いが通じたのか、ひょっこり瞬が顔を出した。
「紫、具合はどうだ?」
「瞬……待ってたよ……」
思わずほっとした顔を向けると、瞬は不思議そうに私の顔をじっと見た。
「何かあったのか?やけに疲れておるようだが……」
「いや……」
何となく口ごもって美華達に目線を向けると、瞬はそれだけで悟ったようだ。そして、美華達に苦笑いを向ける。
「華ちゃん、もうここは良いので、城下町で逢瀬でもしてきてはどうだ?」
「御屋形様のお仕事は、もう宜しいのですか?」
「紫がおる故、皆が引き受けてくれたのでな。」
「分かりました。それでは、良い御年を。」
「二人も良い御年を。」
美華と天鼠部長は私にも挨拶をして、部屋を出て行った。
「ふぅ……瞬が来てくれて、助かったよ……」
思わず本音を溢すと、瞬は肩を竦めた。
「まぁ、何となく想像は出来たが……」
あ、そういえば、瞬に聞きたい事があったんだ。
「ねぇ、瞬。」
「何だ?」
「私、背中を切られた覚えがあるんだけど、全く痛く無いんだよね。傷口も塞がっているみたいだし、どんな治療したの?」
幽霊の時に見た傷跡はかなり大きく、数日で塞がるようなものではない。
私の疑問に答えるべく、瞬は説明してくれた。
「かまいたちに切られても、痛みは感じぬのでな。それと、傷口は治療では無く、我が紫の勾玉を使った故、塞がったのであろう。」
「瞬も不思議な力が使えたの?」
「いいや。だが紫本人である故、勾玉の力が発動するかと思ったのだ。だが、完全に元通りにはならぬものだな。」
「傷口だけは塞がったって事?」
「そうだ。それ故、紫の背中の傷には、今は勾玉が埋め込まれておる状態だ。」
「そうなんだ……」
って事は、鬼塚部長みたいな状態なのかな……死んだら身体から勾玉が出てくるとか……
「それより、紫。話がある。」
瞬が真面目な顔付きで、背筋を伸ばした。
な、何?
吊られて私も、ベッドの上で姿勢を正す。
「紫、我は妖孤族の当主となった。」
知ってる……その先に待っているのは婚約破棄……せっかく生き返ったのに、こんなにも早く現実を突き付けられるなんて……
ぎこちない笑顔を、何とか向ける。
「そっか……おめでとう……」
「もう、紫を狙う者もおるまい。」
「うん……」
「それ故、こちらの世界に住まぬか?」
「う……んん?な、何で?」
危ない、危ない……もう少しで頷くところだった……
「何でと言われても……」
「私は人間界に仕事があるの。無理に決まってるじゃん。」
「無理か……」
瞬の傍にいたいけど、お化けだらけの世界で生活するのは後免だって……
「だが、また見合いが……」
瞬がボソッと何かを呟く。
「えっ?何て言ったの?」
「いいや。何でも無い!」
焦ったように瞬が両手をブンブン振って、否定する。
「本当に?」
「本当だ!そ、そうだ!こちらの世界にも、紫の仕事はあるぞ!」
「えっ?何があるの?」
「我の夜伽係だ!我ながら良い案であるな♪」
よ、夜伽?!
何を言ってんだ?このエロ狐は……
満足気にニコニコする瞬に、思わずジト目を向ける。
「流石はエロ狐……」
思わずそう溢すと、瞬はキリッと真面目な顔をして、私の両肩に手を置いてきた。
「何を言う!男は皆、エロい生き物であるぞ!」
「その顔で、その台詞を言うなって……イケメンの無駄遣いだから……」
でも瞬は、私と添い寝していないと眠れないんだよね……
ぷっ!まるで子供みたい♪
そう思うと、瞬が可愛く見えてくる。
「瞬はもう人間界には来ないの?添い寝だけなら、付き合ってあげるよ。」
「行っても良いのか?いや、だが当主の仕事が……それよりも、紫の事が心配であるし……」
瞬は、顔をパッと明るくさせたかと思うと、今度はぶつぶつと考えながら何かを言っている。
そっか……当主なら気軽にお屋敷を留守に出来ないもんね……
「分かった、分かった。なら、瞬が来れる時は来ればいいし、私が休みの時は、こっちに来るよ。」
「本当か?」
「うん。こっちには美華もいるから、会いたいしね♪」
こうして私は、もののけの世界と人間界の往復生活が決まった。
それから、スマホの電波が入る人間界の神社へ連れて行って貰った。お正月は帰省出来ないと、実家に電話する為だ。
─「紫!何してるの!帰って来ないし電話も繋がらないから、心配したじゃない!もう少しで捜索依頼するところだったわよ!」
お母さんは、開口一番に怒りを爆発させてきた。スマホから漏れる声に、傍にいる瞬も苦笑いだ。
「ごめん、ごめん。急に友達と旅行へ行く事になってさ。山だからスマホの電波が悪くて……」
─「無事ならいいけど、紫にまで何かあったらって、本当に心配したんだからね。」
そうだよね……お父さん、事故で急に亡くなったもんね……
「うん……本当にごめん……」
─「まぁいいわ。それで、何処にいるの?」
「今は、愛好稲荷神社に来てるの。」
─「えっ?あの恋愛成就で有名な?」
「そうそう。」
─「丁度いいじゃない!片思いの人と成就できるように、祈ってきなさいよ♪」
わわっ!お母さん、その話は今は駄目だって!
「片思い……」
お母さんの声が聞こえたのか、瞬が呟いた。
ま、マズイ!
あたふたしている一瞬の間に、持っていたスマホをスッと瞬に抜き取られた。そして瞬は、勝手にお母さんと話し始める。
「初めまして。狐宮瞬と申します。」
わぁ~!な、何を言い出すつもりなの!
「ちょっと!返してよ!」
奪い返そうとするものの、瞬にかわされてしまう。
「大丈夫だ。我に任せておけ。」
だから、任せられないって……
嫌な予感はするけど、一旦瞬が話をしたせいで、私だけでの誤魔化しは難しいかもしれない。
諦めてスマホを瞬に託して、二人の会話に耳を傾けた。
「いつも紫さんには、お世話になっています。」
─「あっ……いえ、こちらこそ……」
お母さんが、急に大人しくなった……
「この度、紫さんと交際させて頂く事になりました。親御さんにも直接ご挨拶させて頂きたいところですが、電話が先になってしまい、申し訳ありません。」
だ、誰?この人……対応がまるっきり違うんですが……
瞬の見事なまでの豹変振りに、開いた口が塞がらない。
─「それはご丁寧にどうも~♪」
「今度機会がありましたら、ご挨拶させて下さい。」
─「まぁ、ありがとうございます!しっかりされている方とお付き合いさせて頂いているようで、安心しましたわ♪」
お母さん……狐に騙されてるよ……
それに、瞬から好きだって言われて無いし……
結局、お母さんに誤解されたまま通話は切られ、瞬がスマホを差し出してきた。
「楽しそうな母上であるな♪」
「まぁね。瞬はずいぶんとご機嫌だね。」
「それは当たり前であろう。これで紫の見合いも二度と無いな♪」
……はい?
もしかして、お見合いした時の怪奇現象って……
思い当たる節を思い出して眉間に皺を寄せると、瞬が私の肩に手を回してきた。
「それよりも、紫。片思いの相手とは誰の事だ?」
「そ、そんなの言える訳無いじゃん!」
「まぁ、これで阻止の手間が省けた故、良しとするか♪」
やっぱり、あのお見合いの怪奇現象って、瞬の仕業だな……
色々と腑に落ちないけど、お見合いを断る苦労が無くなったので、それ以上咎めるのは止めておいた。




