第六十二話
「ちょっと!どういう事?!」
自分の置かれた状態に驚きおののいていると、瞬がポツリと呟いた。
「紫……頼む……目を覚ましてくれ……」
えっ?私……まだ死んで無いの……?
なら、急いで身体に戻らなきゃ!
いそいそとベッドへ上がり、自分の身体の上に横たわる。
「……」
って、中に入れないじゃん!通り抜けてるじゃん!
瞬が手を握っているからか、微かに手に暖かみを感じるくらいだ。
そっと瞬の頬に手を伸ばす。やはり触れる事が出来ずに、そのまますり抜けていく。
そこへ、一匹の茶色い子狐が部屋へ入ってきた。その子狐は瞬の傍まで来ると、ポン!と音を立てて、美華に変わった。
えっ?えっ?美華、生きてたんだ♪
ってか、傷が一つも無いんだけど……
「若様……紫を守りきれず、申し訳ありませんでした。」
「……」
「紫は私の人間の器を守るようにして……」
美華が言葉に詰まる。
成る程……美華が死んだと思ったのは人間の器であって、ここでは生きてるんだ……もののけって便利だなぁ……
宙に浮きながら、妙な感心をしてしまう。
瞬が私の身体の手を握ったまま、美華に目線を向けた。
「華ちゃん、ここに来るまで、誰にも見つかっておらぬか?」
「はい。仰せの通り、人の姿は見られておりません。総大将様にだけ事の顛末をお伝えをしておきました。」
「分かった。それで紫を襲ったのは、本当にあの女だったのだな?」
「……私は顔を存じ上げませんが、紫が、正妻と元婚約者だと言っておりました。ですが、実行犯はかまいたちです。」
「華ちゃんの事は、気付かれては……」
「かまいたちには気付かれましたが、正妻と元婚約者は大丈夫かと思います。私の事は人間の友人と思っていたようですから。」
「そうか……」
私の身体の手を握る瞬の手に、ぐっと力が入る。
「華ちゃん……暫く姿を見られぬよう気を付けてくれ。華ちゃんの証言は切り札になる。」
「はい、畏まりました。」
その時、誰かが歩いてくる足音が聞こえ、美華は再び茶色の子狐姿になった。
「若様、宜しいでしょうか。」
陸さんの声が扉の向こう側から聞こえると、瞬が返事をする。
「入れ。」
瞬の言葉を聞いて、扉が開き、陸さんとおじいさんが部屋へ入ってきた。
おじいさんは私をうつ伏せにさせて、背中を大きく開いた。
うわっ!何これ?!
私の身体の背中には、肩から腰にかけて、斜めに大きな傷跡があった。
こ、こんな傷を作って……もうお嫁に行けない……
「先生、どうですか?」
瞬がおじいさんに向かって、問いかける。
このおじいさん、医者なんだ……ってか、もののけの医者って、人間を診れるの?
「ふむ……心の臓は微かに動いておるな。今は仮死状態に近いのじゃろう。」
「仮死……」
へぇ~。私って今、仮死状態なんだ……
「傷は塞がっておるが、人間にこの傷であれば、かなりの出血量じゃろう。血が足りぬのかもしれぬ。」
「ならば、すぐに輸血を!」
瞬がおじいさんにすがるものの、おじいさんはゆっくりと頭を横に振るだけだ。
「ここには、人間に輸血をする道具が無い。人間界へ連れて行っても、不審に思われるだけじゃ。」
そりゃそうだわ……やっぱりもののけ専門だよね……
おじいさんの言葉を聞いた瞬は、力なく項垂れた。おじいさんは労うように、瞬の肩に手を乗せる。
「若様、恐らく今日から三日間が峠じゃろう。後はこの人間が持つ生命力に賭けるだけじゃ。」
「三日以内に目覚めなければ……」
おじいさんは瞬の問いに、黙って頭を横に振った。
え~!明後日までに、身体へ戻らなければ、このまま天国?!それは、嫌過ぎなんだけどっ!
瞬は何も言わずに、そっと目を伏せた。そして、陸さんとおじいさんは部屋を出て行った。
「若様、私に心当たりがあります。暫くお待ちを……」
そう言って、茶色い子狐の美華も部屋を出て行った。
生命力と言われてもね……浮かんでる私が身体に入れれば、それでいいんだろうけど……
そうは言っても、それを伝える事は出来ない。
「瞬……」
私が今、瞬に言葉を掛ける事も、抱き締めてあげる事も出来ない。
ただ、暗く深い海の底へ落ちいくような、苦しそうな悲しみを抱えた瞬を見つめ続けた。
「瞬、入るぞ。」
瞬は一晩中起きたまま、私の身体の手を握っていた。そんな悲愴な状態で朝を迎えた瞬の元に、瞬のお父さんがやってきた。
瞬のお父さんは瞬の返事も聞かず、無縁遠慮に扉を開けて、ベッドに横たわる私の身体を冷たく見下ろした。
「まだ目が覚めておらぬのか?」
「はい……」
「何としてでも、蘇らせるのだ。せっかく見つけた高倉の血が途絶えるではないか。」
む、ムカつくっ!私の心配より、心を痛めている瞬の心配より、血筋かよっ!
「大体お前がさっさと手付けをしておけば、このような事態も避けられたかもしれぬのだ。今からでも良い。意識の無い間に営んでおけ。」
「なっ!」
瞬が初めて顔を上げて、瞬のお父さんに鋭い目を向けた。
「何だ。ワシに逆らうつもりか?」
「いえ……」
瞬は目を伏せて、また私の身体に視線を戻す。
何て人なの?!人の気持ちなんて、完全に無視じゃん!信じられないっ!
「チッ……」
黙り込んだ瞬の様子を見た瞬のお父さんは、舌打ちして部屋を出て行った。
「くそっ!」
瞬のお父さんが部屋を出た後、瞬は怒りを爆発させた。
バン!と壁を殴った瞬の拳は、怒りに震えている。
「我がもう少しあの女を警戒しておけば……」
瞬は再び私の手を握り、祈るように自分の額に押し当てた。
私がこのまま死んじゃったら、瞬はまたお兄さんの夢を見るように、私の悪夢にうなされそうだな……
「……」
私が悪夢って、嫌だわ……




