第六十一話
「死ねっ!」
男の一人が腕を振りかぶった瞬間、美華が手から狐火を出して、それを男に投げつけた!
「うわっ!」
狐火に体を包まれた男は、もがきながら倒れ込む。
い、一体これは何……?
目の前で繰り広げられる惨劇に、それを見ても平然としている私以外の全員に、幻を見ているような錯覚を覚える。
「……お前は妖孤か?」
「ええ。そっちは、かまいたちのようね。」
かまいたち……あの、空気で人を切り付けるという……
「おい!全員でかかれ!まずは妖孤からだ!」
その声を合図に、男達が一斉に美華へ攻撃を仕掛ける。
「くらえ!」
「甘いっ!」
美華が飛び上がると、さっきまでいた場所の土が、シュッ!と瞬時に抉られる。美華は攻撃を交わして、狐火を投げつける。
「み、美華が……どうしよう……」
美華を助けたいのに、どうすれば……私にも何か……
はっ!そういえば!
以前に瞬から貰った鈴を思い出して、バッグを漁る。
あった!
「くっ!」
鈴を掴んで取り出したところで、何かが切り裂かれる嫌ながした。バッグから顔を上げると、攻撃をかわしていた美華の足から血が流れている。
「美華!」
美華が動けなくなった隙に、男達が一斉に攻撃を仕掛ける。
「今だ!」
ズシャッ!
美華に駆け寄ろうとするよりも早く、美華の全身から鮮血が飛び散った!
う、嘘……
糸が切れた人形のように、力無く美華の身体が壊れていく。血まみれで倒れ込んだ美華は、ピクリとも動かない。
「い……嫌ぁ!!」
何の反応も見せない美華を抱き上げ、必死に呼び掛ける。
「美華!美華ぁ!!」
ザクッ!
急に背中に嫌な感覚が走り、それと同時に息苦しくなった。
必死に酸素を求めるよう荒い息を繰り返しても、息苦しさは収まらない。
「うっ……」
な、何……切られた……?
「人間は簡単だな。何の抵抗も無く、すぐに殺せる。」
男達の声がぼんやりと聞こえる。背中の痛みは無いのに、呼吸が段々と浅く苦しくなり、成す術も無くその場に崩れ落ちる。
チリン……
私の手から鈴が零れると、それを見た男達は焦ったように声色を一変させた。
「こ、この鈴は……」
「マズイ!すぐに逃げろ!誰かが来るぞ!」
「人間はすぐ死ぬ!そのままほっとけ!」
し、瞬……
男達が走り去る音を聞きながら、必死に落とした鈴に手を伸ばす。
「ハァ……ハァ……」
い、息が苦しい……肺までやられたかも……私、ここで死ぬんだ……
美華、新婚旅行に行けなくなってごめんね……天国に行ったら、謝るね……
死を覚悟した時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「紫!紫!」
あ……瞬の声にそっくり……最期にもう一度、逢いたかったな……
「紫ぃ!!」
瞬とそっくりの声が段々と近付いてくる。必死に鈴を掴み、もう一度指先で弾いて鳴らす。
チリン……
「ここか!」
誰かが私を抱きかかえた。
「紫!しっかりしろ!」
もう、目がぼやけてきた……でも、間違いなく、瞬だ……もう一度逢えた……
「ハァ……ハァ……」
言葉にならない声で、瞬に応える。
「紫!逝くな!我を置いて逝くな!」
ごめんね、瞬……もう無理そう……
「そうだ!」
ぼんやりと霞む目に見えたのは、瞬に託した勾玉だ。
「頼む!紫を元通りに!」
瞬が叫ぶと同時に、ぼやけた視界でもはっきり分かるくらいの眩しい光に包まれ、背中が焼けるように熱くなった!
「うぅっ!!」
な、何?!熱い!背中が!!
誰か……く、苦しい……
そこで、私の記憶は途絶えた。
……ん……ふわふわする……
次に目が覚めた時は、何故か無重力状態のようにふわふわした感覚に包まれていた。
あれ……?私、何でここに……
背中の痛みは、驚く程感じない。息苦しさも感じられない。不思議に思いながらも、周りの状況を確認する。
ここは……妖孤族の屋敷の離れ……?
見覚えのある畳張りの和室に似つかわしくないロココ調ベッド、その枕元に瞬が座っている。
「お~い!瞬!」
呼び掛けても、瞬はまったく反応しない。
「もうっ!何よっ!……って、誰か居る……?」
瞬は苦しそうに眉間に皺を寄せて、ベッドに寝ている誰かの手を握っているようだ。
誰が寝ているんだろう……まさか、美華?美華は助かったの?!
急いでベッドの脇へ移動し、横たわる人の顔を覗く。
な~んだ、私か。美華はどうなったんだろう……
そして、美華を探そうと扉へ身体を向ける。すると何故か、頭の中でそこへ行きたいと願うだけで、その場所まで行く事が出来て。
「歩かなくてもいいって、私、どういう状態……?」
……ん?ちょっと待って……ベッドに寝ているのは、私……?
もう一度、ベッドの枕元に戻って、寝ている人の顔を確認する。
「……」
って、私じゃん!ちょっ、ちょっと!どういう事?!
もしかして……
そっと手を持ち上げて、両手を見つめる。
って、やっぱり透けて見えるっ!私、幽霊になったの?!死んじゃったの?!
驚愕な驚きに、ムンクの叫びの如く両手で顔を挟み、一歩後ずさった。