第五十四話
その日の夜も、いつも通りビュヴールから瞬と帰ってくると、部屋の前で国宝級イケメンが待っていた。
「瞬!また来たよ~♪」
明るく手を振る颯さんに、当たり前のように瞬も応えている。
もののけって、ホント時間を考え無いよね……
と思いつつも、イケメン観賞が最高の癒しである私は、拒む事も出来ずに部屋へ招き入れる。
お茶を入れて一息つくと、颯さんが真剣な顔をして瞬に頭を下げてきた。
「瞬!お願いだから、もののけの世界に帰ってきて!」
えっ?いきなり何?
これには瞬もびっくりしている。
「颯、我はまだ戻らぬよう父上に言われておる身だ。一体何があったのだ?」
颯さんに頭を上げて貰い、瞬が改めて事情を聞く。颯さんは大きな溜め息をついて、ポツリと語り始めた。
「ここ数日、妖狐の当主が何を言ってもみんなの意見を聞き入れてくれなくなって……」
「父上がか?」
「うん……連携が取れないだけならまだしも、他の種族に喧嘩を売るんだ。妖狐に逆らうと、将来、後悔する事になるって……」
「そんな事を……」
まさか瞬のお父さんは、高倉の血筋をアテにして喧嘩をしてるの……?
「昨日も城で会合があったんだけど、妖狐と雪妖族と喧嘩になっちゃって、城が氷付けにされてさ……」
こ、氷付け?!どれだけ激しい喧嘩なんだか……
あまりにもスケールの大きいもののけ同士の喧嘩に言葉を失っていると、颯さんは両手を合わせて懇願してきた。
「瞬……何とかならないかなぁ……紫ちゃんの護衛なら、犬神の城で引き受けるし。」
颯さんの提案に、瞬はゆっくりと首を横に動かす。
「紫には紫の生活がある故、それは叶わぬ。だが、紫が父上に狙われる事は無くとも、他の種族に高倉の話が流れておればまだ危険はあるのでな。」
「それは婚姻を認められても、まだ手付けをしていないから?」
やっぱり、そこが重要なんだ……
「そうだ。可能な限り大事にしたいし、我の手で守りたいのだ。」
「そっか……瞬は本当に、紫ちゃんを大事にしてるんだね。」
瞬はお父さんから仲を深めろって言われてるから、仕方なく帰れないだけ……
瞬の気持ちを尊重したいのか、颯さんは少し困ったような笑顔を浮かべて、帰って行った。
颯さんが帰った後も瞬は俯いて、何かを真剣に考え込んでいる。
やっぱり瞬は、もののけの世界へ帰りたいんじゃぁ……
これ以上、私の事で煩わせてはいけない……
「瞬……」
気遣うように話し掛けると、瞬は大きな溜め息をついた。
「はぁ……二頭追う者一頭も得ずか……」
二頭……?一つは、もののけの世界で颯さんに協力する事だよね……もう一つは何だろう……
そう疑問に思ったけど、それには触れずに口を開いた。
「前にさ、瞬には瞬の生きる道があるって言ったけど、それ、取り消すよ。」
「……どういう事だ?」
瞬はやっと顔を上げて、私を見た。
「瞬の生きる場所は、もののけの世界だよ。」
「……」
「勾玉の存在がバレなければ、私は狙われないんだよね?なら、もう護衛は必要無いと思うよ。今まで通り普通の人間として、生きていくから。」
瞬の端正な瞳は、戸惑うように揺れている。
「紫は、それで良いのか?」
「何で私なの?瞬の気持ちはどうなの?」
「我は……」
「みんなを助けたいって思っているよね?私から離れれば、瞬の負担が……」
ガバッ!
私の言葉を遮るよう、いきなり瞬が抱き締めてきた。私の肩に顔を埋めて、動こうとしない。
「紫は……」
「えっ?」
「紫は、まだ鬼の事を好いておるのか?」
それって前に、鬼塚部長と結婚するって言っていた話?どうしてそんな話を今するの……?
訳が分からず返事が出来ずにいると、瞬が私の身体をそっと離した。瞬は何とも言えない、眉間に皺を寄せた苦しそうな表情を浮かべている。
「すまぬ、余計な事を聞いたな……」
どうしてそんな顔を……
「少し頭を整理したい。結界を張っておく故、安心して寝るが良い。」
そう言って瞬は、部屋を出て行った。
あんな顔されたら、さよならが言えなくなるじゃない……瞬にとっては負担が減るだけなのに、何で……
朝になると、瞬は部屋に戻ってきていた。
「おはよう……」
少しの気まずさを残しつつ、ベッドから起き上がる。
「おはよう……」
瞬も少し俯いたまま、返事を返してくる。
出掛ける支度を整えていると、瞬はポツリと語り出した。
「紫……我は向こうの世界へ帰ろうかと……」
「そっか……」
何となく予想はついていたものの、やっぱり寂しさは拭えない。
「紫が言うように、我は皆を助けたい。我は次期当主ではなく、当主になろうと思う。」
「当主に?」
「あぁ。父上がまだ健在である今、それは難しい事だと分かっておる。だが、妖狐族同士の争いも、もののけ同士の争いも避けたい。我が妖狐族の当主となれば、どちらも丸く収まる筈だ。」
本音を言えば、離れるのは寂しい……でも、瞬の足を引っ張る真似はしたくない……
瞬はもののけのみんなから必要とされる人……瞬が生きていくのは人間界では無い……
「うん……瞬ならきっとなれるよ。」
寂しい気持ちを押し殺して私がそう言うと、瞬はやっと顔を上げた。その顔には、背中を押されて少しホッとしたような、引き留めて欲しいような、そんな気持ちが入り乱れているようだ。
「紫も今まで通りの生活が出来るよう、婚約破棄を進める故、それまでは辛抱してくれぬか?」
「お父さんの説得は大丈夫なの?」
「大丈夫も何も、我と紫は……」
瞬が言葉に詰まる。
紅姫が言っていたとおりなら、私と瞬は結ばれない……それ以前に、瞬には好きな人がいる……
私までもが言葉を紡げずにいると、空気を変えるように、瞬が笑顔を見せてきた。
「紫、次の休みは一緒に出掛けぬか?」
「えっ?」
「最後の逢瀬であるぞ♪」
逢瀬……デートって事だよね?
「うん、分かった。」
「よし!紫は絶対に予定を空けておけよ!」
「了解♪」
空元気でも何でもいい……瞬と最後のデートは、笑顔で向かえたい……
敢えて笑顔で、返事をした。




